番外編 エンメルケル家の兄弟。
さて番外編はエンメルケル家のお話。マレリアンデ氏に語らせてみましょうか。
時系列は次の章冒頭、594話より暫く後です。
本日は称号回も同時更新しておりますのでご注意ください。
「……〈発雷〉……っ……」
おっと、そろそろ止め時だったな。
「テンク、一旦休憩しな。魔力が殆ど底だと吐き気がするだろう?魔力や属性力の修行は、そうなる前に軽食を取るもんだよ」
弟に声を掛けて、まずは座らせる。
明かに顔色が悪いのは、魔力切れだけのせいじゃないけどな。
この弟、テンクタクトは二年ちょいと前に転生者として覚醒し、属性が混沌化した。
ただ、ちょうどその頃、こいつは王家に関わる仕事に就いたところだったので、混沌属性の発現は一旦家族以外には伏せられた。
だが先日、その任は正式に解かれる事が決まった。
転生者として覚醒した日以降の記憶を完全に喪ってしまったうえに、回復する可能性はほぼないと診断されてしまったからだ。
流石に覚えていない仕事に復帰はできない。
本人も精神的に安定しない所がある自覚があるせいか、職務復帰には積極的ではなかったし。
それに、我が家の方針としても、王位に急に近付いてしまった第四王子に近しいのは憚られる、なんて事情があった為、退任自体は診断が付くよりもかなり早い段階で確定していたんだ。
だもんで、手が空いたなら、世界的に急激に需要が増している雷属性をちょいと鍛えてみよ、と、軽い調子で命じたのは俺たちの父、神祇伯クレドランテ・エンメルケルその人だ。
「……いい大人になってから、属性力修行なんてするものではありませんね」
薄荷を浸し、檸檬を絞った炭酸水を口にして、吐き気を紛らわせることには成功したようで、弟は溜息を吐く。
「そうか?俺もまだ時折やってるが。もうちょっとで中級の壁超えそうなんだけどなあ」
俺はこの世界では一般的な風属性と火属性を持っている。中級を越えそうなのは火の方だ。
エンメルケル家は、土と火の組み合わせが多いこの国では珍しい、風系の家系だ。
火より水の方が潰しは利くんだが、こればっかりは選んで生まれて来れるもんでもないからなぁ。
そんなウチの家系では、突然光属性を持つ者が生まれることも多い。
俺の兄弟では、末の妹だけだったが。
そして弟は、この末の妹の事は、何一つ覚えていないのだという。
というか、俺や母が何度言い聞かせても、記憶から消えてしまうのだという。
なるほど、それがこの、下の妹を地味に溺愛していたはずの弟への罰なのか。
そう、弟の記憶喪失は、罪に対する罰である、と女神様直々の説明が為されている。
俺たち家族も、その罪の内容まで知ってしまっている以上、この罰を、大袈裟な事、とも言い難い。
この世界での事ではないにせよ、多くの人命が本来の寿命に至ることなく死ぬ原因、所謂妖異の類とつるんでいた、というのだから。
女神様は言及しなかったが、己が魂にそんなものを隠してこの世界にやってきた事自体も、境界を司り、異界からの悪しき侵入者を防ぐ仕事もされていると言われている我らが女神様には、アウトなはずだしなあ。
だから、処罰自体は、必要な事だったのだと、俺も納得はしている。
今のこいつの状態だって、妖異共々、真の魔物と化して討伐されてしまう、なんて事態に比べれば、どれ程マシな事か。
なにせ、末の妹が行方知れずになった事にしても、遠因はその、テンクの魂が連れ込んだという、『寿命を奪う妖異』にあったわけで。
ただなあ……
妹の存在を、説明されてもよく判らん――というか、俺たちの理解そのものが追い付かない感じで――、その身に引き受けている、という話をしてくれた、妹と同じ顔で黒髪の、裁定者だという娘の後ろで、なんであんなドヤ顔してたんだろうなぁ、あいつ……
それを思い出してしまうと、どうしても、ちょっとだけ、テンクの奴が不憫に思えてしまうのだ。
なんで親父や兄ならまだしも、巫覡としての素養が劣る俺にまでそんなものが見えたのかと思ったら、なんでも親父と兄貴は、家族限定で技能の共有化をするという、地元生まれの人類にしては破格のチート技能を持っているらしい。
更にそれに付随する二つくらいの技能もあって、それらを引き継げたものが家を継ぐシステムなんだとさ、このエンメルケル家は。
八割長男が継いでるし、俺は身体を動かしたい方で元から文官職であるエンメルケル家の後継ぎに興味はなかったから、知らされるまで全く気が付かなかったけど。
ともあれ、親父がその技能でテンクが、というか実際に技能を使ってたのは妖異の方だったらしいんだが、それをも共有化して、俺にも判るようにしてくれた、のだそうだ。
なお親父はドヤ顔のアルシエラを見ても平常モードの狸親父っぷりだったが、トレル兄貴はこっちが思わずリアクションを忘れるレベルでキョドってた。
前から自分でも寿命の件は知ってたくせに、随分とお気楽な奴に育ったもんだなぁと思っていたけど、魂の居場所を変えた今でも全然、何にも変わっちゃいないんだな、あいつ。
と、それで完全に理解してしまった俺の方が動揺は少なかったっぽい。
家の書庫の本も、俺を含む家族が読んでた本も、全部読みつくして、新しいのはないか!って催促されたのは、俺と兄貴の嫁さんが主だったから、兄貴は知らんもんな、あいつの活字中毒。
うん、あいつのは読書好きじゃなくて、活字中毒って奴だ。
読めるものなら説明書や食品成分表、果ては辞書でも読むタイプだからな。
だから、まあ、生死云々は置いておけば、書庫の番人とやらは、確実にあいつの天職、なんだろうさ。
「リアン兄上、痛みは本当にもうないのですか」
「ないぜ。天から癒しが飛んで来るなんて奇跡体験付きだったんだからな」
痛ましげに俺の左肩の辺りを見つめるテンクに、事も無げに答えてみせる。
俺の左腕は、今の所……喪失中、だ。
裁定者の令嬢を含む異世界人連中を、任務のついでに国境の街まで送ったあと、久しぶりの前線に出たら、死人モドキだらけの烏合の衆のはずだった敵勢に酷いしてやられ方をして、危うく部隊ごとあの世送りになりかけた。
ただ、どういう偶然か、その少し前、旅程の暇つぶしに異世界人達と遊んだボードゲームで、同じシチュエーションを喰らって負けていた俺は、辛うじて奇襲を受け止め、被害を俺の腕一本程度で済ませることに成功しちまった。
まあ足じゃなくてよかった。
足を持っていかれてたら、流石に無理だったよなぁ、と今も思い出してしまう。
少なくとも、俺が死ぬか、俺を連れて逃げようとする部隊員の誰かが死ぬか、していたろう。
それでも出血が結構ヤバいし痛いしで、ちょっとだめかもな、と思ったところで、天から光り輝く治癒魔法がすっ飛んできたんだ。
一発で出血は止まったが、腐りかけた魔獣の死体に齧り取られた腕は、流石に復活はしてくれなかった。
幸い傷口の消毒は部下の誰かがしてくれていたので、感染症にも罹らずに済んだので良しとすべきだろう。
あの魔力はなんとなくだが、治癒師でもある、あの裁定者だろうと確信している。
遠隔で治癒魔法を飛ばすとかどうやったらできるのか、どう考えてもよく判らんが。
軍の治癒師連中にも聞いてみたけど、遠隔で治癒魔法?冗談でしょう、と言われたよな。
大体その後俺の傷を見せたら皆首を傾げるんだ。意味が分からんらしい。
そんな訳で、俺も休職中で暇だろうし、片腕がなくてもテンクの修行の面倒くらいは見られるだろう、と、実家に放り込まれたという次第だ。
俺の嫁?
貴様の腕の仇を取る、って俺と入れ替わりに出陣していったよ。あいつもまだ現役なんだ。
腕の仇ってなんなんだよ。本体、無事だぞ?ちったぁ傍にいてくれよ。
と、ゴネたら、せっかく大聖女様が誕生した目出度い年なんだから、稼げるだけ稼げば治癒費に充てられるぞ!と言われて、思わず納得してしまったっていうね。
そういやぁ、軍でも扱いは除隊じゃなくて休職なんだよな。
大聖女様は後天的な欠損を癒せる魔法をお持ちなんだそうだが、そんな大魔法の恩恵を小貴族の子息に過ぎない俺が受ける日なんて、本当に来るのかねえ?
とはいえ、奇襲を死者を出さずに捌けたのは俺の武勲として奏上され、勲章が増えることが決まっている。
そして、俺が独立して新たな貴族家を興す裁可も出ている、らしい。
でも大聖女様ってお金で動くような存在じゃないよなぁ?
だって実際にテンクの騒動の時に同席して、お顔も存じ上げてるけど、あの方ヘッセン国の王妃様だぞ?
「……兄上?」
考え込んでしまっていたらしく、更にテンクに心配顔をさせてしまった。いかんいかん。
こいつは、魂に欠けが残ったままの状態だから、余り心配をかけさせると、ガチで寿命が縮む、って親父に脅かされてるからなぁ。
「いや、アミュミナが張り切ってたなあと思い出してたんだ」
嫁を出汁にして話を逸らす。実際考えてなかった訳じゃないし。
国境の向こうに旅立った異世界人達がどんな結果をこの世界に齎すのかなんて、俺には判らないからな。
今できることを、できるだけやるだけだ。
だからまずは、修行の手伝いを地味に進めていこう。な?弟よ。
バックグラウンドで割とにいちゃんたち大変なことになってた(
なお勲章が増える=つまり既に複数の勲章を所持してる。兄貴割と優秀。
明日からは第十七部です。最終章だよ!




