62.ゴリ押し×手管=?
バトル回終結。
〈灯〉を利用して部屋から追い出すのは、どうも無理そうだ。
というか、あたしたちが入り口に陣取っていて、カーテンが閉められている、にありーいこーる窓も閉まっている、ので、不用意に追い出そうとすると窓をぶち破られる可能性が高い。
元の世界の耐衝撃ガラスほどの性能はないだろうし、この世界でもガラスはまあまあお値段が張るんですよ。一応板ガラスの製法は一般化してるそうで、価格は下がりつつあるそうなんだけど、それでも移送に手間のかかる重い割れ物は値が張るのよ。格納魔法がもっと便利なものなら、もう少し輸送コストは下がるでしょうけど、現状研究も頭打ちだって聞いてるし。
光で攻撃魔法は貫通持ちの〈ライトレーザー〉のみ、他属性はそもそも通りが悪い上に風は髪の毛防御でほぼ無効化、サクシュカさんの氷は小寄りの極小なので、ちょっと物体を凍らせることはできても、生きてるものには効果が出ないし、攻撃魔法も使えない。
あたしも水はちょっと水撒きができる程度でこれまた極小です。というか水も中級で貫通持ちの〈ウォーターカッター〉と超級の〈メイルシュトローム〉しか攻撃魔法がないそうな。
……〈ウォーターカッター〉考えたの、絶対異世界人でしょ。
《はい、自称勇者のケンタロウさんという異世界の方が開発者だと記録されていますね》
でしょうね!お約束だわ!って自称勇者とかなんかもう痛々しいというか、やらかし具合が見当つき過ぎて笑うからやめて?
《いやそれが、この方数百年前の人で、やってたことは堅実に魔物退治とか誰でも実行できそうな衛生啓蒙と新規魔法開発、っていう、今から見てもすごく真っ当な偉人なんですが、何故か遺言で自分の名前に自称勇者って付けろ、って仰ったそうなんですよ。当時は異世界人の謎のひとつとされていたそうですわ》
……なんか一転して自称に重みが出たんですが、それが狙いかケンタロウ氏?
大昔の人の事は置いておいて、今は目の前の蜘蛛、いやアラクネーだ。
如何にも家財を盾にします、といった風情で、シャンデリアの影から顔だけ出してこちらを伺いつつ、シンプルに髪の毛を槍状にして突っ込ませる攻撃を繰り返しているアラクネー。
それを目くらましに、ドアの隙間あたりからこちら側を絡めとろうとしてくる髪の毛は結界で撃退中なので、いい加減諦めてもらいたい処なんだけど。
「マリーアンジュさん、それひと瓶貰っていいです?」
サクシュカさんが何を思いついたものか、祝福された水をひと瓶、マリーアンジュさんから受け取っている。
何をするのかと思って見ていたら、瓶の中身をざばっと振りまいた瞬間、凍らせた。
そうして風魔法で礫のように撃ち飛ばす。
残念ながら、本体に届く前に髪の毛に全て阻まれた。まあ髪の毛にはダメージ入ってたけど。
「うーん、やっぱだめかー。離宮でカーラちゃんが水を霧っぽくしてたでしょ。なんなら凍らせてみたら威力出るかなと思ったけど」
なるほど、あたしの離宮戦の時の思考錯誤を見て思いついたのか。まああれも失敗だったからなあ。
「水に属性力が載らなかったんですよねえ。祝福された水をミスト化するのはどうも魔法法則的にだめっぽいですし。凍結はいけるのになんでだろう、属性力不足かな」
サクシュカさんの元々の氷属性は極小だけど、なんだかんだで便利に使っているせいか、限りなく小に近い極小まで育ってはいるのだ。あたしの水属性は全然使ってなかったので、ガチの極小のまま。鍛錬で他の属性が縮んだりはしないんだから、魔力魔法陣の水頼りとかしないで自力で水出す練習とかも、しとけばよかったのね。ライトゲーマーの限界、みたいな。いや今の状況はゲームじゃないけども。
「……ええとカーラ様、巫女候補ってお話でしたよね?ご自分で祝福された水、作れないですかね?あれは候補でも作れなくはなかったような」
マリーアンジュさんがそんなことを言い出したけど、実は今それをやると、仮契約が強まるから、やりたくないのよ。
《どういう訳か候補のついてない称号がありますし、その称号効果があるから、多分そこは大丈夫ですよ。ただ、効果が見合うものになるとはとても思えませんが》
シエラから地味にツッコミが入る。そうよね。決定打にはなりそうもない。
「多分それでやっても再生持ちには威力が足りないのよ。この状況でゴリ押しして、かつ部屋のダメージを減らす……」
何か根本的な事を忘れてる気がしつつ、飛んできた髪の毛槍を弾く。
ん?さっきからほぼ無意識レベルで詠唱もしないで結界組んでるけど、これ無詠唱できてる?
《ああ、できてますね。カーラは魔法の習熟度の上がり方も異世界人基準なのですね、習熟度マスター状態の魔法だと解禁されるんですよ、守護魔法の無詠唱》
シエラが呆れたように教えてくれる。なお攻撃魔法の無詠唱も似たような仕組みだそうだが、正しいトリガーが地味に不明だそうだ。経験か回数か判らない、そうな。
まあ、ゲームめいた習熟度なんてマスクデータぽいものがあっても、ゲームじゃないこの世界で経験を測るのは難しそうだしね、しょうがない。
《それを測る手段が称号なのですけど、異世界の人のほうがこれも付きやすくて、現地の人間だと付きづらい傾向があるんだそうですよ》
そりゃまあ他所から同意なしに拉致ってくるんだし、最低限の福利厚生というか、多少の優遇はあってもバチは当たらない気がするわよ?
ともかく結界魔法だ。そう、離宮のトラップは覆いこむことができたのよね。ならば、アラクネー本体はどうだろう?
《レジストされる確率が他の魔法より高いという記録はありますね。同じ戦法を考えた異世界人の記録があります。例の自称勇者さんですけど》
おおう、自称の人、ガチで優秀なんじゃないか?色んな事してるじゃないか。
《時代的にこの世界のあれこれに改良の余地が多かったこともあるんでしょうけどね。カーラがその時代にいたら、一世を風靡出来……いやそれは今でもできなくはない気がしますね……》
やめてよー、目立つ予定はないんだから。もふもふと城塞でひっそり過ごしながら修行だけしていたいのよ、正直いえば。人生ほぼ引きこもりだったんだからあたし。
《えぇ……?》
シエラが呆れた、いや、嘘だろって明確に意図してドン引きしている。いや無双とか!マジでする予定なかったんだから!ほんとよ?!
「じゃあ一旦閉じ込めようか……〈反射付与〉/〈結界:アラクネー〉」
魔法強度の限界近くまで魔力を込めて結界魔法を発動させる。ターゲットはアラクネー本体。レジストしようとした気配はあるけど、あたしの圧倒的な魔力量がそれを許さない。
あたしが認識した名称でターゲット指定ができるのは便利。なんかイーライア王妃の名だとすり抜けそうだったんだよね、多分変質しちゃったせいだろうけど。
しかるのち、がっつり囲い込んで身動き取れず、髪の毛槍がばらばらに動き回るようになったのを、サクシュカさんが〈灯〉の魔法で軽く払ってれる事を有難く思いつつ――
「〈ライトレーザー:アラクネー〉」
着弾地点を指定することで、結界内の極近接部分から出現するライトレーザー。結界は反射付与をしてあるので、ライトレーザーは貫通しないで反射されて、一度貫いたアラクネーに再度着弾する。これが抵抗による魔力減衰で消失するまで繰り返しっていかん!
「おおっと〈結界〉」
ライトレーザーが消失する前にターゲットが崩壊して、反射結界が解除されたので慌てて結界で覆ってから、魔力を霧散させる。あっぶな、シャンデリアに傷つけるとこだった!
無詠唱よりキーワード詠唱したほうが魔力効率も性能も良くなるので、緊急時以外では基本は詠唱アリが鉄則、カーラさん覚えた。
「……器用なことするわね、カーラちゃん」
サクシュカさんが目を丸くして感想を述べる。
「ん、んー?もしかして、『自称勇者ケンタロウの冒険』の反射結界戦術……?あれ、本当に実行可能だったんですか……」
マリーアンジュさんは自称勇者の娯楽小説か伝記を読んだことがあるらしく、あたしの使った戦法の元ネタに思い至ったようです。
《自称勇者シリーズはライゼルは知りませんが、世界のあちらこちらで出版されている人気テーマですからねえ。基本は伝記なのですが、娯楽小説もそれなりに出ているそうですよ。わたしも愛読してましたので、覚えている範囲で〈書庫〉に入れておきましょうか》
シエラさんそんなこともできるんですね。答えははい一択よ!
役目を終えた二つ目の結界を消すと、髪の毛も蜘蛛も、どこにもない、ただ豪華な王妃の部屋、それだけが残されていた。
デーモンはスタンピードの魔物より瘴気汚染度が高いとされていて、死ぬことイコール消失だ。 瘴気の残滓が残っているといけないから、と、マリーアンジュさんが祝福された水を軽く振りまいている。
主を失った部屋は、豪華なのにどこか空虚で、ここに長居したくはないな、と思った。
いや、別に悪いものが残っているとか、そういうことではないんだけどね。純粋に、空しいなって。
シエラさんもできることがちょっとずつ……何故か、増えている。




