582.呪詛の経過と消失について。
うしさん名物、話が判りにくい回(まて
アルフューシア夫人の話は続く。ほぼ独演会だね!
「そもそも、先に少し触れました通り、わたくしの代に至った頃には、呪詛は恐らく随分と変質してしまっていたのですわね。
だって、わたくしが生まれ、子供の頃から過ごした家はぱっとしないままでしたし、わたくしが嫁いでからのエンメルケル家も、それまでとそんなに変わってなどいませんでしたもの。
それでも、わたくしは最後に生まれた子に、アルシエラと名付けました。
恐らくこれは呪詛の強制力なのですが、最後の娘にあたる子は、それと判ってしまうのです。
勿論、宗家を含むセムケルの家も、これまで呪詛に対応するためのいろんな努力をしておりました。
その結果、巫覡の才が強ければ、境界神様の守護で、呪詛の悪い影響を多少弱めることができるだろう、という結論に至ったために、わたくしの嫁ぎ先は恐らくそういった家系から、エンメルケル家が選ばれたのでしょう。
炎熱神様の巫覡の家系の方が、強力な方が多いのですけど、流石にそんな縁遠い家系の方に、呪詛の事など、決して知られる訳にはいかない、という事情もありまして」
なお王家にはセムケル家、現在のセムケレン家からも妃を何人も出している。
現王の王妃もセムケレン家の人ですものね。
ただ、それは全て、常に一番上の娘から出されているのだと夫人は言い、あたしの知っている限りの家系図も、それが事実だと示している。
「わたくしも、そこそこの巫覡の才を持っております。
なので、アルシエラが生まれた時点で、判ってしまったのです。
この子は十八、そう、呪詛の年限に満たぬ歳までしか生きられない子だと」
周辺要素を復習していたら、夫人から衝撃的な発言が飛び出した。
え?最初から、生まれた時点で確定してしまっている死の運命、なんてあるの?
《あるらしいんですよね……メリエン様にも肯定されましたし……流石に最初に気付いた時は泣き喚きましたね!修行もまだまだの頃でしたし!》
シエラの方も、まずうっかり自前の技能でそれに気付いてしまい、その後、巫女就任の話が来た時に、その詳細も知らされていたらしい。
そりゃあ泣いても暴れても許される話だわよ。
だって、存在履歴が入れ替わったと知った今なら、あたしにも判る。
シエラ、あの事件までずっと健康で、病気も碌にしたことなかったんでしょう?
「……」
「えっ」
どうやらその話が初耳だったのは、三兄弟の上の二人も同様らしい。
無言で母の姿を見る長男、あからさまに動揺する次男。
ただ、三男は酷く悔し気な、辛そうな顔をするに留まっている。
あー。
三男も呪詛持ちだったのか。
彼の魂に刻まれているのは、『末の妹を若くして失う』という呪詛だ。
異世界から持ち込まれた呪詛が、アルシエラの寿命をきっちり切り取ってしまったのね。
だけど、エンメルケル家、なんでそんな呪詛の煮凝りみたいなことになってるんだ。
「少し私からも話していいかな。フューシャ、長く話して少し疲れてはいないかい?」
「大丈夫ですわ、あなた。ですが、お話しになりたいことがあるのでしたら、どうぞ」
そこでクレドランテ卿が妻を労わり、夫人もそれを受ける。
「ありがとう。補佐殿はお気づきのようですが、我が家の者には、呪詛持ちが他にもいます。
これは、本来の我が家が、呪詛持ちを取り込み、浄化に導くための家でもあるためです。
今回は、複数の、しかも一つは異世界由来の、強い呪詛が同時に現れた為、対応しきれなかった、つまり私の力の及ばなかった事が、事態を大きく狂わせる結果になってしまったのですが」
クレドランテ卿はあたしを補佐殿と呼ぶ。大聖女補佐見習い、だからね……
「父上のせいではありません。無論、呪詛を受けた者のせいでもない、いいね、テンク」
トレルバイド氏が父の言葉を遮り、そして、三男の握りしめた手を軽く掴み、開かせる。
爪が食い込んで血が流れるのが見えたので、そっと初級治癒を飛ばす。
なるほど、エンメルケル家は浄魔の家系なのか。
そりゃ上に上がる気はないはずね。実務そのものに重大な責任が既にある家だから、栄達も貴族づきあいも邪魔なだけか。
《どうも、そもそもテンクお兄様の魂は、末子相続の呪詛の、末子という部分に引き寄せられてこの家に来てしまったようなのです。なので、仕様ですねえ》
落ち着いた様子のシエラの解説。
まあ今のシエラは呪詛絡みの話の大半の裏を、既にメリエン様に教えられているからね。
「では話を戻しますわね。呪詛は呪詛を呼び込むことがあり、その結果、今を生きる誰の意思とも関わりなく、わたくしのアルシエラは、古き呪詛を抱えたまま死ぬ運命であると定まってしまいました。
流石にこれはわたくしどもの手に余る事態です。
如何に栄華と『アルの娘』の存在位置が離れていたにせよ、最初に呪詛を受けたセムケル本家が、その完遂に巻き込まれないなどという事は、呪詛というものの性質上、断じてあり得ませんもの。
栄華の呪詛は、その頂点で最後の一撃を与え、数多の悲憤と絶望を与えるためのものなのですから。
わたくしも夫も、可能な限りの調査をし、文献を漁り、対抗策を考えたものの……
せいぜいが、ちょっと強めに修行を課して、呪詛の対抗属性として優秀な光属性を上げる、程度の事しかできませんでした。
ですが、その結果、アルシエラは、我らが境界神様のお目に留まることができたのです」
アルシエラの巫女への就任は、神殿側からの勧誘だったのだ、と述べるアルフューシア夫人。
《では、ここからはこちらで作成した文書をもとに話してくださいね。流石にわたしが表に出る事は〈書庫〉の仕様上、できませんから》
え、シエラ、それってつまりあたしに演技をしろと?自慢じゃないけど大根よ?
《読めばいいんですよ読めば》
あ、ハナっからアテにされてない。把握。
「その後の話はあたしから。
境界神メリエン様は、最初の目通りの時にアルシエラ嬢に幾つかの選択肢を示したそうです。
人の死は神にも曲げられない運命ではあるものの、その命の行く末の候補は幾つかあるのだ、と」
さらっと語る事にはしたけど、あたしも今初めて聞いた話なんですがね?
呪詛そのものは、神の力が消し去る事も、当然ある。
ただ、『呪詛によって起こった結果』には、不可逆性のモノが多いため力が及ばない、のだという。
『アルの娘』の呪いは、栄華という利益の為に、隠匿されてしまったが故に、ひっそりと時間によって強化されてしまった。
神々がわざわざ個人の家の呪いにまで、手出ししなかったというのも理由だけど。
だって、それを選び受け入れたのは、彼ら自身だったのだから。
「そうですね、娘が受けたその提案は、ぼんやりとした概要でしか聞いておりませんし、わたくしも、貴方の思うようになさい、としか言えませんでしたから」
「え、私は聞いていませんよ」
「娘が相談事をするのはだいたい母、そういうものでしてよ?貴方も息子たちの、わたくしが知らない相談を受けておられるのでしょう?」
思わずといった様子で声を上げるクレドランテ卿を、夫人が微笑みながら窘める。
いいなー、仲いいなー。
「続けますね。ともあれ、アルシエラは選択肢の一つを、自らの意思で選び取りました。
……そのお陰で、この世界に召喚された時に死にかけていたあたしは、今、生きてここにいます。
今のあたしの姿が彼女の引き写しになってしまったのは、あたしを召喚元から隠蔽するためにも必要だったことだそうなので、皆さんを混乱させてしまっているかもしれません。
ですが、彼女の選択の結果、『アルの娘』の呪詛そのものが、完全に消失しました。
その前から強制力自体は弱まっていたようですけど。
ですから、セムケレン家にも、エンメルケル家にも、負の影響は今後も出ません。
個人の努力を欠いて没落するなどはごく普通にありますから、慢心してはなりませんが」
ハハハ、途中から原稿を巫女技能が改変しよるわ!でも改変部分、正論!
「……つかぬことを伺いますが、ラノベ読み放題、という言葉にお心当たりは?」
そして、突然アルフューシア夫人から、想定外の質問が来た。
え、シエラ、どういう相談の仕方をしたの?
《え、いえ、その……知識の書庫の番人ならラノベも難しい資料も読み放題、はメリエン様ご自身に伺ったので、そのまま……》
(一番効果的ではなかろうか、と思ったので、つい……)
キョドるシエラ、ぼそりと言い訳念話を飛ばすメリエン様。あーうー、反応しづらい。
「あたしが元の世界で読み漁ったもののこと、でしょうね……
かつてのアルシエラとあたしは、神の保護の元、契約を結び……今の彼女は、あたしの魔法書庫の番人として、名と存在位相を変えています。
魔法書庫はあたしがこれまで見聞した、元世界のモノを含む全てのデータを保持していますから、確かにラノベも漫画も読み放題、ですね……」
しょうがないので正直に告白したら、夫人は額を押さえ、三兄弟は目を丸くした。
いやでもこれ言っちゃってよかったんだろうか、いや口に出せてるからいいんだろうけど。
「……え、なに、ラノベ読みたくて命捨てる輩がいた?」
「それじゃ話の前後が入れ替わってるわ。只の残念な子になってるわよ……」
ここまで沈黙を保っていたサーシャちゃんが恐る恐るながらも突っ込むのを、秒で訂正する。
流石にそこまで残念な話じゃないわよ!
得られる利益の中で、真っ先にラノベ読み放題に飛びついた時点で充分残念なんだな……




