60.今度こそ本体とご対面!
何時の間にやら60話ですね。
急いで王宮本宮に戻ったけれど、幸い、他の人たちは特に妙な目にすら遭っていなかった。
バトルがあったのはあたしたちだけ。なんたる。
……まあ、全員空振りだった、ということでもあるんですがね。
そんな訳で、今度は第二妃の居住エリアに足を踏み入れる事になりました。
といっても事情聴取やアリエノール殿下の部屋の現場検証やらで、一般の侍女さんとかは皆一旦軟禁状態で、人の気配はないんですが。
一応踏み込む前に、侍女さんがた全員と、もう一人の王女、アリエノール殿下の同母妹になるジョアナ殿下もチェックさせてもらったけど、全員現状では異常なし。ジョアナ殿下はなるほど色合いと髪型はアリエノール殿下とよく似ているけど、姉の死は悲しいけれど、全てが終わるまでは泣かない、と言い切る健気なお嬢さんでした。
「隈なく調べたはずなのですがねえ」
不承不承といった様子で、それでも案内役を買って出てくれた第二妃側の侍女長さんが首を捻りながら、第二妃の部屋へと案内してくれる。
同行者はサクシュカさんと聖女様とマリーアンジュさん。基本的に居住エリアは第一妃の所と構造そのものは同じ、だというので付いてきてもらうことにしたのだけど。
ええ、王太子殿下は公務の引継ぎやあれこれで忙しくて無理だし、後宮エリアなんで、他の男性は入れないんですよ流石に。なのでカルホウンさんはお留守番。
「侍女長殿、一部屋飛ばしておいでですよ。基本的に妃様の御部屋はこちらでしょう?」
早速マリーアンジュさんの指摘。明らかにサイズと装飾が他と違う、ある扉を、何故かスルーしたんですよね侍女長さん。
「え?いや、そこに部屋は、あれ?」
扉を改めて検分して、やっとその存在を確認した、というように不思議そうな顔で扉に手を置く侍女長さん。
「ああ、扉そのものに幻惑の魔法陣が書いてありますね。随分と新しいものですけど」
マリーアンジュさんが魔法陣の存在を見抜いて、ささっと消してしまう。
あれ、扉の重厚感が増した。あたしにもちょっとだけ効果を及ぼしてたっぽいわね、その魔法陣。
《あなたに影響を及ぼすってちょっと洒落にならない気がするのですが》
そうよね、こういうものの抵抗って精神と魔力よね?そりゃ一晩まるっと結界維持してて寝てないし、珍しく魔力フルじゃない状態ではあるけどさ。
《いやそれ現在魔力で抵抗じゃないですからね?最大魔力ですからね?貴方、人間の放つ魔法なら、理論上は基本的にほぼレジスト可能ですからね?》
えっそんな人外魔境なのか今のあたし。いや、魔力絡みに関しては今更だった。
なお理論上かつ基本的、な理由は、レジストに魔力が噛まない魔法も結構あるからだ。
というか当の幻影系の魔法が基本的に精神だけで抵抗だった。知識と精進が足りない、ですね、反省。
重厚で派手な装飾の扉を開く。
中も豪奢な家具や絨毯、シャンデリア、と、扉の装飾に負けず劣らずの派手具合、ただ、重そうな緞子織のカーテンが閉じられているので、部屋の内部は随分と薄暗い。
「〈灯〉」
中へ踏み込む前に、ちょっと魔力多めの灯の魔法を投じる。この薄暗さが、何となくよくない感じがしたので。
ざざざ、と、床を何かが走るような音。
いや大丈夫、虫ではない。鼠でもない。そもそも走るという表現が、正しくない。
床を這うのは無数の糸。いや、無数の、紫色の、髪の毛。あたしの魔法で隠蔽が解けたようです。ただの灯の魔法なんだけどな、おかしいな?
《光極大の副作用じゃないですかね。人類の持てるギリギリを攻めすぎてますもの、極大って時点で》
いやいやいやいや、自分で選んでここまで極端な属性を取得したわけじゃないからね?!
色からすると、これも第二妃のものじゃないかとは思うんだけど、これまた、なんか魂のない感じの物体だなあ。本人の気配もしてるから、存在はしてるはずなんだけ……ど……
くるりと見回した室内の、天井。うっかり、目が合った。
鬼のような形相で、シャンデリアの影から逆さにぶら下がり、こちらを睨みつける、第二妃の顔。
「貴様か……貴様が、全テの、邪、魔、ヲ」
がちがちと歯を鳴らすような音とともに、そんな怨嗟の声を上げる第二妃イーライア。
今度はちゃんと魂がそこにある。確実に、中身入りだ。
だけど、その姿は。身体は。
それは、アラクネー。
胸から上は、第二妃そのもの。だが、胸から下は、巨大な、痩せた八本の脚を持つ、蜘蛛。
人間だったんじゃないんですか第二妃。いやそもそもアラクネーとか種族として存在するの?今目の前にいるっちゃいるけども。
《それは、最早人ではありません。殲滅対象。妖魔、いえ、デーモンです》
何時もと違う、冷たい声でシエラが告げる。
そういや魔物の、人型に近いタイプとして人食い鬼と悪魔っぽいのがいるとか聞いた気がしないでもないけど、まさかこんな場所でお目にかかるとか完全に想定外ですね?というか人型部分半分以下じゃないですかねこれ!
あ、これもしかして、呪詛に浸食された結果妖魔化した?確か以前、人のほうが堕ちやすい、みたいな話は聞いた気がしますね?
「ひええええええええええ?!」
声の方を見てしまった侍女長さんが悲鳴を上げてへたり込む。
その襟首を無言でさっと掴んで廊下に放り出すサクシュカさん。女性でも龍の王族、短い距離とはいえ、片手で女性一人簡単に投げるというね。
「カーラちゃん、これもう人間辞めてるよね?」
とあたしに確認するサクシュカさんは完全に戦闘態勢だけど、人より丈夫で力持ちとはいえ、サクシュカさんって治癒師だから、化身できる龍の王族のなかでは特に、戦闘に向いていなかったりもする。
「ええ、デーモンだそうですよ」
うっかり返事を伝聞形にしてしまったけど、まあ今はいいか。あとでなんとか誤魔化そうっと。
デーモン化したせいか、推定もと第二妃、魔力が大幅に増している。どういう理屈だこれ。
《存在が変化するときに精神や質量の一部が魔力に変換されるという説がありますが、本当かどうかは謎ですね。そもそも彼らの力の源は魔力ではなく瘴気のはずですし》
シエラの解説もキレが悪い。まあ解明すること自体が国によっては禁忌に当たるとかで、瘴気や魔物に関しては、研究自体が殆どされていないそうだしなあ。
ただまあ、あたしがこの世界に落ちてきたときも、当時のあたしに内蔵されていた機械装具の類が全部魔力に変換されていたから、似たようなことは案外できるような、気はする。
下半身とか、実は骨の半分以上を金属置換してたんだけど、そこまで変換されちゃってたっぽいからなあ。シエラ、あの身体押し付けられた時大変だったでしょうね……
《今それを言うんですね……いきなり動けなくなるし呼吸も苦しいし、当時は何の試練か嫌がらせかと思いましたわね、確かに。お陰で誘拐犯にもまるで抵抗できませんでしたし》
いやほんとにごめん。やらかしたのはあたしではないにせよ、ごめん。
《まあそれはとっくの昔に終わったことなので、置いておきましょう。今はデーモンの殲滅ですわ》
あっはい、気合入れます。早速魔力を練りましょう。ってこれ〈消去〉じゃなくて〈ライトレーザー〉案件だよね……?
「デーモンですか、文献でも滅多に記述がない種族ですねえ、初めて見ました。なかなか残念なことになるものですね」
マリーアンジュさんは冷静そのもので、デーモンと化した第二妃を観察している。
その手には自作らしき護符が数枚と、恐らく祝福された水の入った小瓶がふたつ、みっつ。
あれ、もしかして、マリーアンジュさん、意外と武闘派?
ってそういえば本来の、実は第一妃だったりするこの人って攻撃魔法の名手とか言われていた、ような?
「うーん、風魔法だと相性が微妙な気もしないではないですが……〈ウィンドエッジ〉」
案の定、流れるように風魔法を放つマリーアンジュさん。ウィンドエッジはあたしが使える(使ったことはまだないけど)ウィンドカッターの上位魔法ですね!
カッターがそれこそカッターナイフを振り回す程度の威力だとしたら、エッジは刀の刃だ。
普通の人には見えない魔力の刃がデーモンに迫る。あたしは魔力視があるので刃の存在もはっきり見えてるけど。
蜘蛛の脚を狙ったそれは、ざざざ、と音立てて動いた大量の髪の毛をちぎっただけで威力を喪ってしまった。成程この髪の毛が蜘蛛の糸であり、盾であり――
「〈結界〉」
しゅるしゅると勢いよく、鋭い槍のような形の武器となって飛んできた髪の毛を一時的な結界で弾き飛ばす。結界の使い方としては間違ってるけど、今ちょっとそれどころじゃ!ないんで!
実はカーラさん異世界転移前はほぼ概念としてはサイボーグだった疑惑。