568.至聖所のその奥へ。
本編にあまり関係ないメモ:護法(強化魔法)超級は、風属性と水属性。
人類だと自分に使えないのが難点。
食後に一旦身支度を整えてから、ヘリトシェケル総神官長様の案内で奥院、更にその奥の至聖所に向かう。
なお今回の我々、奥院に入る為の資質が足りなくて留守番決定のディスティスさん以外のメンバーは、全員蜘蛛絹の一張羅を着こんでおります。
アスカ君も昔、ハルマナート国の当時の王族に貰ったものが収納に死蔵されてるというので、引っ張り出してきて貰ってる。
気休めだけどね。
流石に荒れ狂う神威相手に、蜘蛛絹程度で耐えられる訳はないんだけど……ないよりはマシだから、ね。
防御のメインはあたしとワカバちゃん、それにアスカ君の結界術だ。ランディさんは真龍なので、結界術は特に学んでない、そうでね……
そりゃそうだ、真龍に傷をつけられるのなんて、異世界人絡みのスキルでもなければ神々だけだし、その神々とだって、多少の反目はしていても敵対までは基本的にしていないんだから、本来なら必要ないよね。
まあ真龍でも、趣味で護法極めてる方が二人ほどおられるそうだけども……護法の中の強化カテゴリだけらしいし、ランディさんの召喚術同様、所詮趣味なので……
メリエン様の奥院は、意外な事に南国らしい雰囲気の、植物園状態だった。
これは、どうも以前この国から出た聖女様の趣味だったものが、そのまま引き継がれて今に至るものらしい。
「メリエン様ご自身もこの植物群はお気に入りだそうでして、今も増やし過ぎない程度に管理させていただいております」
ヘリトシェケル総神官長様も、お若い、下積みの頃はここの植物の手入れにも携わっていたらしい。
「観葉植物が多いんだな、実の成るものがないというか」
「ここで実っても食べる者がいないのでは勿体ない、という当時の聖女様の御意向ですね。
聖女様がご存命の頃は、今大路に植わっている椰子や、無花果などもここに置かれていて、時折ご賞味されておられたそうですが、果樹はご遺言で王家の植物園に遺贈されているのです」
プラントハンターの顔で周囲を確認するサーシャちゃんに、ヘリトシェケル総神官長様も丁寧に事情を答えてくださる。
それにしても、暑い。
こないだの想定外の猛暑のハルマナート国も大概暑かったけど、既にその温度を越えている気がしますね?
《越えてますね……炎熱神の神威がコントロールを失いかけていて、過剰に放出されて、徐々に溢れている状態だそうです。
メリエン様がご自分の至聖所の領域を使って一時的に吸収しているため、まだ地上には大きな影響は出ていないのですが、砂漠に放出するのも、もう限界だそうで》
神祇伯が同行していないせいか、ここではシエラが出てきて、情報を提示してくれる。
なんでも、砂漠地帯は中央部の温度が、既に水が沸騰して干上がる温度であるらしい。
そりゃ植物も撤収できるものは撤収するよね……
今の砂漠地帯は、文字通りの死の砂漠だそう。
「うーん、ちょっとこのまま進むのは良くないね。こうかな?」
カナデ君がそう告げると、結界を張る。一瞬、温度が下がるけど、彼は結界を維持せずに霧散させた。
「おっけー、やってみる。こうね?」
どうやら、ワカバちゃんに見せるのが目的だったようで、今度はワカバちゃんが同様の結界を張り、温度が数度下がる。なるほど、対魔法結界に氷属性を織り込んでるのか。
「其方ら、器用な事をするな……」
【……機転と才能に満ち溢れてるね、君達】
ランディさんと自称勇者様のコンビが呆れ顔、呆れ声だ。
「お、おー?構成が難しいな……」
そしてアスカ君の方は自分もそれを覚えるつもりらしく、魔法構成を読み取ろうとしている気配。
「有難うございます。随分と涼しく感じますね」
ヘリトシェケル総神官長様も安心した顔でお礼を述べている。
この暑い国に生まれ育った人達でも、今のこの場を蝕む暑さは堪えるものらしい。
至聖所の中は、広々とした空間。地上の神殿の如く、だけどそれよりシンプルで太い列柱が立ち並び、その最奥にはこれもシンプルな石造りの、メリエン様の座すべき椅子。
ただ、そこにその姿はない。
どうやら、夫君ゲマルサイト神の所においでのようなのだけど……?
「名目上、ゲマルサイト様とメリエン様はご夫婦という形になっておられますので、この至聖所の奥から、ゲマルサイト神殿の至聖所に、直接繋がる通路がございます。
実際にご利用になられた事は、今回の件までなかったようですけれども……」
ああ、神殿の上層部は実態を知っているのねえ。
「名目上、なんだ?」
「メリエン様はそれなりに好意を抱いておいでなのですが、ゲマルサイト様が不思議なくらいその辺りは強硬でございまして」
アスカ君の問いに、予想以上にぶっちゃけた答えを寄越す総神官長様。
そればらしちゃっていいんですか?我々一応部外者では?
【……炎熱のは、創世神の影響を意外と受けているタイプだから、そうだろうなあ】
どうせなら太陽のに似ておけばいいのに、と、自称勇者様の謎のぼやき。
「そもそもこの世界の神は夫婦といったところで、子を成せる訳でもないのだろう?我等真龍が一応恰好だけは男女に分かれてはいるが、見た目だけの事であるのと大差あるまい」
ランディさんはそういう大雑把ながらもそれはそうかも、的な話をして自称勇者様を窘めている。
【……うーん、境の姫ならやりかねんが】
そして自称勇者様の更なる回答も、確かにメリエン様ならやれそう感とやりかねない感を、なんとなく感じてしまうあたしであります。
《そうですねえ、以前の貴方の推測、いえ、連想の通りであれば、あり得るといえばあり得ますかね……
流石にメリエン様の性格上、実行はなさらないと思うのですが》
確かにシエラの言う通り、肉感的美女という見た目と、尊大な言葉遣いに反して、メリエン様は基本的に大層奥ゆかしい性格なのよね……
夫君たるゲマルサイト神の意向と体面を立てて、大人しく裏方に徹する妻を演じているのは、ご本神の性格にそれが合っているから、というのもあるそうなのよ。
そのメリエン様が、自制を破棄してまでこの隠れた地下通路を使った。
それだけの緊急事態だったわけだ。
むしろ良く間に合ったな、というのが、総神官長様の手により開かれた、大きくて広く、長い通路を見たあたしの感想だ。
まあ今現在も、男神の苦痛の念が届いてるんですけどね、神威の発露である熱波と共に。
メリエン様の境界の力である程度抑え込んではいるようなのだけど、余りきっちり抑え込んでしまうと、圧が掛かってそれも宜しくないらしいんだなあ。
改めて通路の奥を確認する。
広大な通路は、奥に向かって一度下ってから、平坦な路面が続く構造で、先を完全に見通すことはできない。
広大といっても、神々の本体がそのままのサイズで走り抜けられる程の高さではない。
神々も、ある程度本体のサイズは変動可能らしいから、この大きさが彼らの本体を縮められる限界なのかな?
通路の中はほんのりと明るい。
天井に張られた板自体が発光してるけど、照明器具、なのかしら?神器らしいけども。
壁は岩盤を掘り抜いたそのままの姿のようだ。薄暗いけど、シンプルな薄茶色、といった感じじゃないかな。
この通路には列柱は配されていない。
床はこれも掘り抜いた表面を平らに整えただけ、のようですね。
「素直な通路だな」
サーシャちゃんの感想はこれ。
いやここダンジョンじゃないからね?神様が使う為の通路だからね?トラップはないと思うよ?
「それでは、私はここで待機致します。流石に足手まといでございますから」
総神官長様の発言に頷き、事前に作ってあった耐暑護符を三枚ほど渡しておく。
うん、サンファンで避暑中に、要るかなって気がしたから、二十枚くらい量産したのよね。
「これは……凄まじい効果ですね。大変助かります」
「知り合いに氷属性魔力詰める実験して貰ったから、効果は折り紙付き。流石にここに結界張っておくわけにもいかないので、これで耐えてください」
サクシュカさん、属性乗せた魔力解放はできないのに、何故か属性力をアイテムに込めるのはできるんだよね。
最近は冷蔵系の魔法陣作る内職してるから、って言ってたので納得は行くんだけど。
「それじゃ、行ってきますね。暑いんで早めに戻ります」
「ご武運、いえ、メリエン様のご加護を」
【……まあ、どうにかしてくるよ】
総神官長様の言葉には、自称勇者様のくまぬいが代表してそう述べて、我々は通路に足を踏み入れます。
まあ正直、現状素直にゲマルサイト神殿側に抜けられるとは思ってないんだけどね!
とはいえあたし達だって無策ではない。それなりに、手は打っている。
人間だけではどうにもならないなら、あれこれ巻き込めばいいのよ!
耐寒があるなら耐暑もあるに決まってますねん。




