564.王都マルエンサカスへ。
忘れられてそうな設定:レンビュールさんは鳥類専門召喚師。
居心地のいい高級旅館で一泊した後は、王都への移動だ。
これは流石にテイスパス君で飛ぶのは許可されなかったので、幻獣車での移動になる。
今回はこちらもレンビュールさん提供の大型車での移動になった。
そういえば上位召喚師の業務って移動・輸送系が大半でしたね……
あたしも騎乗の為に召喚術を上級にすべく頑張ってるわけですし?
【呼ばれて飛び出てー!あっおねーさんますたー!おっひさっしぶりでーっす!修行すすんでるー?】
【御用ですかー!今日は車ですねっ?】
今回呼び出されたのは、聖獣ディアトリマの二羽、あたしも既知のフライステップ君とガストルニ君だ。
この人数が乗る車を二羽で牽けるんだねえ。
「今回は速度重視で行きますよ。ケンタウロイ馬車程は揺れないはずですが、カスミ嬢は本体で乗る方がいいかもしれません」
レンビュールさんの忠告に、そそくさと本体の狐姿に戻るカスミさんに、周囲の人から僅かにどよめきが漏れる。
うん、なんか大集団に囲まれてましてね、我々?
なんでも、この辺りの人達は異世界人を見慣れていない、らしくて、我々が旅館に入るところを見かけた、目端の利く商人たちが寄ってきてしまったのだそうだ。
あたし達が特殊で悪目立ちしたのかー、と思っていたら、第一王子殿下の一行も囲まれていた。
北の果ての田舎に王族が現われるのもレア事案だそうだ。ははは……
無論、あちらは兵士さん、こちらでは主に旅館の方たちが、勝手な事をするな!とばかりに、野次馬を遠ざけてくれているけど。
そんな感じで、いささか悪目立ちしつつも幻獣車での旅だ。
氷の山を遠ざかるにつれて、気温が体感でも上がっていくのが判る。
レガリアーナの真冬にも通じる厳寒であったものが、みるみるうちに小春日和に、そして収穫期を終えた麦の刈り跡が見える辺りに来ると、もう完全に秋に戻った、そんな感じね。
「本当に氷雪エリアの影響地域って少ないんだな」
「そりゃもう国神様の御力の方が優先されますからね。今はバランスが崩れていて、一部で天候が不安定だという情報も流れていますが、現状では不作を齎すほどではないそうですよ」
レンビュールさんがそこらへんの事情も調べてくれていて、簡単に説明してくれる。
デミノトロス殿下一行の方は、殿下を含めて全員が走竜か走鳥での騎乗スタイルだ。
なので、こちらも遅れじとついて行くためにはディアトリマ級の俊足かつパワータイプが必要だったという訳ですね。
騎乗?あたしとトリィとカナデ君ができないんだよねえ。
正直トリィができないのは想定外だったけど。
「わたくしも騎乗訓練を受けたほうがいいのですかねえ……」
トリィが騎兵の集団を見て溜息を吐いている。
「いえ、お嬢様には、無理をされない方が宜しいかと……」
ディスティスさんの言葉がなんだか遠回しだなあ、と思っていたら、どうもトリィ、動物の上に乗る、のがだめなんだそうだ。
子供の頃に振り落とされて怪我をしたのがトラウマになっている、らしい。
今はトラウマなんて属性力が跳ね飛ばすけど、属性力が育っていない子供の頃だと、そういう訳にもいかなかった、って事みたい。
なにげに、陛下と同乗なら大丈夫なのですが、とも言っていたので、そのうちしれっと克服しそうな気はしないでもないわね。
そんな風に地味にのろけられたり、周囲の風景の変化を眺めていたり、昼の休憩を取ったりなんてことはあったけど、途中一泊を経て、トラブルは特にないまま、秋も深いというのに、まだまだ夏の暑さを感じる王都マルエンサカスに到着だ。
ただ、湿度があんまりないので、過ごしやすい。ハルマナート国でも割とそういう傾向はあったけど。
夏のハルマナート国と違って、日差しの強さを感じないのがちょっと不思議な感じね。
「思ってたよりだいぶんと近いね」
「この国の南部は砂漠で、人口も非常に少ない、ということで、中部と北部の中間点、国土としては中央より相当北寄りに王都があるのですよ」
カナデ君の感想に、レンビュールさんが回答している。
ついでに言うと、この王都の位置は、東西でみても、だいぶんと西寄りにある。
地形上の問題らしい、とシエラに聞いた覚えがあるけど、詳細までは流石に知らない。
「なんつーか、この世界で今までで一番、異国情緒って奴を刺激される風景だなあ」
サーシャちゃんの言葉に頷く。
幻獣車が片側だけでも三列に並べる程度に広い、白っぽい石で舗装された街路の中央分離帯には椰子の木が二列に並び、その間を水路が走っている。
大通り同士の交差点では中央に噴水が設えられ、その周囲をラウンドアバウトで移動する形式になっている。
水路は交差点でだけ暗渠になって、噴水と繋がっている様子。
小さい街路は基本的に大通りに合流する形で、所々に分離帯の水路を跨ぐための橋が架かっている。
ラウンドアバウトがあるのは新市街だけで、旧市街はもっと雑然と、道路と水路が駆け巡る構造になっているらしいけど。
白い石でできた列柱を備えた建物がその広い街路に沿って並んでいる。
屋根は灰色なので粘板岩かな?古代建築をそのまま現代に現出したみたいな風景ね。
列柱からある程度スペースを開けて、やや暗い色の壁があるので、屋内が素通しで見える訳ではないけど、美しい意匠の飾り格子の嵌った窓は大きくて、多い。
これは暑いからある程度風を通すような構造ね。この国には嵐は殆ど来ないし。
そもそも、この大通りに面した建物は、官公庁や公共施設が殆どで、個人の民家はないんだけども。商会の本部が三軒ほど混ざってるそうだけど、店舗ではないから店頭営業はしていない。
お店は一本裏に回った通りにいっぱいあるんだそうだ。見に行く時間があるといいな。
真っすぐに王宮方面へと街路を進むと、真正面に王宮、その両脇に大神殿が二つ、という独特の構成の建物群のある岩山が見えて来る。
「ここの王宮と神殿も山の上だねえ」
「少しでも涼しいように、だったかな?神殿の位置が王宮より低いなんてこの国だけだね」
会話の通り、神殿の立地はほぼ街路と同じ高さなのに、王宮は岩山の一番上に乗っている。
但し、その大きさは、神殿の方がはるかに大きい。
こんなちんまりした王宮あるんだ?と最初は思ったんだけど、近付いてみると、神殿が極端に大きいんですね、これ。遠近感狂う奴。
……これ、本体の姿で神々が歩ける高さでは?
と思ったけど、流石にそこまでではないか。
因みに、岩山の下深くに地下通路が通っていて、二つの神殿はひっそりと繋がっていて、行き来できるようになっている。
ふた柱は夫婦神ってことになってるからね。実際には、所謂レスだそうだけど。
……そんな情報要らなかった。
幻獣車は、二つの神殿の片方を目指して進む。
メリエンカーラ神殿の方ですね。ええ、なんかそっちに先に入れって指示があったんですよ。
神殿前までは、特に何事もなく到着しました。
メリエンカーラ神殿もゲマルサイト神殿も、造りは全く同一だという。王宮側から見て右がゲマルサイト神殿、左がメリエンカーラ神殿だそうです。
王宮の建物も、神殿も、白い列柱が立ち並ぶスタイルだ。
ただ、列柱の頭の装飾がゲマルサイト神殿の方が羽根の意匠、メリエンカーラ神殿の方はシンプルな円と直線の組み合わせ。
王宮はあたしにはそこまで見えなかったけど、多分それらとも別だとサーシャちゃん。
「こっちの神殿はイオニア式っぽいが、あっちはコリント式とは微妙に違うんだな、ゲマルサイト神殿。羽根の意匠ってなんでだろう」
「カーニバルの衣装らしいですよ。異世界人がデータを持ってきて、ゲマルサイト神が大層気に入ったのだとかで、後から神力で改変したのだそうです」
サーシャちゃんの疑問に、割と想定外の返事が来る。かーにばる?
「何か国ごとの新年行事を纏めた本に、お祭り度合いが一番激しいって書いてあったのは覚えてるけど……」
「羽根飾りやスパンコールギラギラの際どい衣装の踊り子と楽団が新年明けの鐘と同時にこの大通り一杯に練り歩く奴なー。
正直一度は見ておきたいけど、二回目はお腹いっぱいで当分いいやってなる奴……」
カナデ君が首を傾げ、どうやら見た事があるらしいアスカ君が解説している。
「うわ、よりにもよってサンバで練り歩きバージョンかよ」
「誰ですかそんな文化持ち込んじゃったの……」
サーシャちゃんが天を仰ぎ、ワカバちゃんが複雑怪奇な顔になる。
【あー、ハファエル・ダ・シルバっておっさん。
……うん、名前からしてブラジリアンだな……】
そして、なんと自称勇者様がワカバちゃんの疑問ドンピシャの答えを知っていた。
……ははは、これも判ってもあんまり嬉しくないわね。
……あれ、これ主人公の世界にリオのカーニバルタイプの祭りねえな?
(……あ、あの世界アメリカ大陸自体がちょっぱやで滅びたから存在しねえわ……)




