546.難産と第三次巡行。
流石にお産話でまた1話使うのもどうかと思ったので抱き合わせ回である。
久しぶりのサンファン国は、本当に久しぶりにあたしとカスミさんとマルジンさん、それに転移で送迎してくれるランディさんだけ、というシンプルメンバーになった。
いや流石に、出産絡みだと三人組に出番がない判定でして。
学院は夏休みって八月だけだから、エルフっ子達はまだ連れてこれないし。
「ああ、カーラさん、お久しぶりです!いやもうこの子、いつ出て来るのやらさっぱ……あいたたたた?!」
後宮、と呼ぶにもやや簡素すぎる状態の、それでも一応後宮指定の辺りにお邪魔したら、お腹の大きなリミナリス妃殿下が自ら速足で挨拶しに来て、その場で産気付くという、お約束にしたっていきなりすぎる展開ですよ!!
「クロエさーん!始まりそうです!どちらに!?」
「こちらでございます!」
きっと声が聞こえる範囲にいるはずだから、と、取りあえず大声で産婆のクロエさんを呼んだら、すぐ近くの部屋から顔を出したので、カスミさんと大急ぎで化身したマルジンさんの二人でその部屋に運び込んでもらう。
そこからがまあ、確かに予測はしていたけど、予想以上に大変だった。
……オラルディ国で、船の上でのお産取り上げを経験していて、本当に良かった。
エレンちゃんの時は安産過ぎて何が何やらだったんだ、ってあの時にきっちり思い知らされていたから、今回は何とかクロエさんの邪魔にならないように立ち回れたよ!
とはいうものの、エレンちゃんどころか、あの船の妊婦さんだって、あれはものすっごい安産だったんだ、ってのも思い知る結果ではあった。
いや、勿論、母子共に生還させましたけどね?
そう、生還させた、だ。
割とガチめに上位治癒の出番が複数回あったよ……
朝ご飯のあとすぐにサンファン王宮入りして速攻で陣痛入った訳だけど、今!もう真夜中通り越して夜明け前だよ!!!
「……いやはや、精魂尽き果てましたわ……カーラ様、本当に、ありがとうございます。
貴方が居なかったら、わたくしどもだけでは、どうにもならなかったかもしれません」
大仕事を無事完遂したクロエさんが、肩で息をしているので、初級治癒を軽く投げておく。
如何せん、あたしとクロエさんには代わりがいないから、ずっとこの部屋に詰めっぱなしだったから、ね……
「せめて、もう少し早くこちらに来れれば良かったんですけど、ちょっと予定が立て込んでしまっていて。でも母子共に無事で、本当に良かった……」
最初の案なら、二回目の巡行はフラマリア国のみの予定で、この時期にはもうトリィも帰国して、あたしは月末までフリーのはずだったんだけどね……
とはいえ予定変更の原因はそのフラマリア国なので、あたしやトリィに責任はないよ、多分。
あとで自称勇者様んとこに文句言いに行こうかな、くらいは思ってるけど。
あ、ごはんはランディさんが簡単に食べられるものを届けてくれたので、交代で食べました。
リミナリス妃殿下はそれどころじゃなかったので、赤子に最初のお乳をあげ終わったところ、つまり今、食べて貰ってるけど。
「うう……美味しい……多分そうなる、と言われてはきたものの、ここまで大変だとは思わなった……」
「それでも、今こうして美味しいものを食べることができているし、赤ちゃんを抱くこともできているのですから、今は喜びましょう?」
丸一日絶食状態だったリミナリス妃殿下が涙目で、細かく切ったパンをミルクで煮た即席粥を食べるのを手助けしながら、こちらもだいぶんとお腹が目立ってきたアデライード妃殿下が励ましている。
「うん……そうね、私たちは生還できたのですもの、喜ばないとね。次の事はまた後で考えればいいことよね……」
そして先走り癖の強いリミナリス妃殿下は、何ともう次回の事を考えていた、と言外に白状しましたよ!
「一度身体がやり方を覚えましたからね、次回はもうちょっと楽になると思いますよ」
慰める訳でもないけど、技能判定で出た事をそのまま語る。
「それでも、朝から夜明けまで、が朝から夜まで、程度にしかならないでしょうけどね」
リミナリス妃殿下にしては先程から微妙に発言が後ろ向きなのは、家系的に難産が確定しているから、だそうだ。
父の母、つまり祖母方がそういう家系で、もうクロエさんクラスの優秀な産婆勢抜きでの出産はありえない!というレベルらしい。
「姉上も初産は大変だったらしいし、こればかりはね」
「今思えば、オーガスタ様はまだ楽な方でらっしゃいましたよ。体格自体が御兄弟でも珍しく、王妃様側に似ておられましたからねえ」
フラマリアの現王妃様、つまりリミナリス妃殿下の母は、マッサイト王家の出だ。
あそこは兄弟は少ない事が多いけれど、大変安産な家系らしい。
これがフラマリア王家側になると、現王の母、つまりリミナリス妃殿下の祖母という方が、難産の結果、第三子共々身罷られるという大事故が起こっている。
その結果、その代の子供が少なく、今回リミナリス妃殿下がサンファンに嫁いだのが、二世代ぶりくらいの外国への婚姻例だという話ですね。
生まれた子供は、明るい髪色の女の子だ。
なんでも、サンファン王家がとにかく第一子は悉く女の子、という家系なんだって。
その後はやっぱり一週間程、様子見でサンファンに滞在する事になった。
恐らく大丈夫だろう、程度の判定だと、急変が怖いので……
幸いにして、母子共にさっくり安定したので、その位で帰ってこれた。
途中で一回治癒魔法をクロエさんの方にかける羽目にはなったけど。ええ、過労で。
そして、戻り先はハルマナート国じゃなくて、ヘッセン国の方だ。
うん、第三回の巡行の行先、決められてなかったからね。
ぶっちゃけ他メンもまだヘッセン国にいるんですよ。
「文句言いに行きたい……」
「いやでも流石に、そろそろレガリアーナ国行かないと天候的にまずいだろ?」
そしてあたしのフラマリアで某氏に文句を述べたいという要望は、アスカ君に秒で却下された。
いいんです、言ってみただけだから。その順番じゃだめなのは、あたし自身も判ってる。
そんな訳で、次の訪問国はレガリアーナ国だ。
今回も船ですね。流石に定期航路は時間がかかるので、オプティマル号で行く事になった。
うん、全く、何事もなかった。流石に海路で持ち船だとトラブルの要素がないね!
「ようこそ、カーラ様。お待ちしておりました」
但し、港にはなんかお出迎えの一団がおりましたけども。
「神殿長様自らにお出迎え頂くのは想定外ですが……」
そう、迎えに来ていたのは、易姓の折に神殿入りし、総神殿長にして神官長の座に収まった旧王家の元第一王子、セルティラス様だ。
世俗離脱済みだから、元の家系の話は単なるバックストーリーみたいなもんだけど。
「公に致しかねる部分が多いとはいえ、カーラ様は我が国には大恩ある御方。このくらいの出迎えはさせてください」
まあ確かに神殿勢で固められているし、その神殿勢も半数は私服だから、セルティラス様が居なければ、そこまで目立つ集団じゃないんだけどね……
元王子様、目立つんですよ!貴方が!
我々一応お忍びなんですよ!?いやまあ名指しされて悪目立ちってるのはトリィじゃなくてあたしだけども!
とはいえ、行き先が王宮ではなく神殿なのは確定なので、そのまま神殿長共々、幻獣車に乗りこむあたしとトリィ、それにアスカ君とカスミさん。三人組は別の車だ。
「……申し訳ございません。やはり初期の掃除が不十分であったようで、貴族家の一部に聖女巡行の情報が漏れておりまして。敢えてカーラ様の名を先に出すことで牽制させて頂きました」
そして、車が動き出した途端、頭を下げるセルティラス神殿長。
車両の窓にはレースのカーテンが引かれているから、外から中の様子はまず見えないとはいえ、いきなり謝罪スタートかぁ……
旧王家の元第三王子絡みを発端とする、あの冬の一連の事件では、一族纏めて抹消刑を喰らった旧ヴァルスンド家をはじめとして、瘴気汚染やあれこれで、神滅刑を喰らった貴族家が多く出た。
流石にだいぶんと貴族の総数が減ってしまったので、あまり悪質な罪科がない家は警告や訓戒などの軽い処分、一番きついところで降爵処分辺りまでで留めたという話は、戴冠式に出た辺りで聞いてはいる。
要するに、その中にやっぱりダメな連中がいた、って訳だ。
ただ、こちらを襲ってどうこう、とかいうあくどい話があったわけではない。
どうにかして繋ぎを付けて、元の爵位や職に戻る口添えをしてほしい、とかその程度の話を持って近付こうとしている連中がいたのが発覚しただけですね。
実際には、押しかけて来られても、聖女は政治には加担しませんので、で帰ってもらうだけなんだけどね。
トリィの場合、ヘッセンの王妃でもあるけど、聖女の業務と王妃の業務は完全に分けていて、聖女側に王妃の立場や業務を持ち込むことは、絶対にないそうだ。
王妃としての業務中に怪我人が運び込まれて治癒魔法を使う、ってパターンの方はなくもない、らしいけど、他国にも王妃や王が治癒師の才能を持っているケースはないでもないから、そこはノーカンでいい、らしい。
トリィの立場って割と大変だよねえ……
むしろ本来の神殿序列に組み込むなら聖女も世俗離脱しないといかんのだけど、例外規定でそれはなしになっているという。
あと今回前半、外科手術が視野に入ってないのは自称勇者様の指示です。切開で出しちゃうと以後も毎回医者を派遣してもらう羽目になるのでというスパルタ。