540.生き残りの想定外。
予想外に状態が悪いって話。
ようやく、半分くらい構造物が残っている建物に辿り着く。
へー、ここ、三階部分くらいまで外壁がコンクリートと石で出来てるんだ。
それで上部構造がまあまあ残ってるのね。
とはいえ、コンクリート部分には盛大にヒビが入っているし、鉄筋が入っているという感じでもないから、いつ倒壊してもおかしくはなさそうね?
「あー、当時の試作の新工法だねえ、異世界人から、作れるなら鉄筋でよくね?って言われてやらなくなったやり方だけど。
トレント魔種の材木を筋交いに入れてるから、筋交いの方はコンクリの寿命以上に保つけど、最終的にフラマリアの方の研究で、耐久性でコンクリと同等で、更に比較的安価な鉄筋のが普及には無難って結論が出た奴だね」
アスカ君が建築関係の造詣もある程度あるのか、そんな解説をしてくれる。
「トレント魔種なんて加工がクソ面倒な上にレア種じゃないか。そんなものを常用できる国はないよねえ」
フェアネスシュリーク様もそう言って、そりゃそうなるよねと納得している。
そっか、昔は使い道も検討されてたんだ、トレント魔獣。
「こないだ一体焼き尽くしたわね、トレントの魔獣」
「真龍様が使い道がないと断言されておられましたから……」
ワカバちゃんがあたしと同じことを思い出したようで兎事件のトレントに言及し、焼き尽くした本人であるカスミさんが、ランディさんに責任転嫁している。
「うん、今は誰も使わない、で合っているから、そこは大丈夫だよ」
フェアネスシュリーク様が軽い調子で問題ないと請け合ってくれたので、一同納得顔になる。
「そもそもトレント魔種なんて、一本一本全部性質が違うからな。それこそファルカタから鉄刀木まで、さ。希少なくせに品質面でバラバラすぎて、総論としては使い物にならない、が正解なんだよアレ」
そしてアスカ君から新情報。なるほど?
恐らく当時の行政府関連の建物で、有事の避難場所でもあったのではないか、というその建物に接近したら、ぽっかりと四角く開いた上の方の窓から、サーシャちゃんが手を振った。
「来たか!階段が途中で崩落しちまってるから、ここから降ろす手段が欲しい!」
「いや、お嬢様がたに上がってきていただく方が先でございます。重傷者はもう動かせる状態ではございませんぞ」
サーシャちゃんの発言に、秒で執事モードのマルジンさんが突っ込む。かなりまずいな?
「た、たすけてくれ、ここで死んだら、みんな魔物になっちまうんだ!」
後ろの方から、一応まともそうな、知らない人の声。目の前に魔物化を見ちゃったのは流石に可哀そうだなって思う。
「ではそうですね……〈召喚:鷲獅子フェルトゥーシュ〉」
【おう、どうした主よ、珍しい所に呼ぶではないか】
そして少し考えた末にフェアネスシュリーク様が呼んだのは、グリフィン族だった。
うん、なんかハイウィンさんにちょっと似てる。
「うん、こちらの治癒師のお嬢さんたちをあの三段目まで一度連れて行って、その後全員を何回かに分けて降ろして欲しいんだ」
【治癒師……黒髪……さては、そちらのお嬢さんは母上が名を預けたという御令嬢かね?】
そして、説明されてあたしの方を見たグリフィンさんが、首を傾げる。
ってははうえ?あー、もしかして、ハイウィンさんの息子?
(そうですそうです。母が最近無沙汰にしていると気にしていたので、多分その内城塞に遊びに行くと思うのだけど、都合のいい日を城塞の旦那に教えておいてもらえると助かります)
そして丁寧語での念話が飛んで来る。どうやら厳めし気な口調はビジネス口調的な奴らしい。
「ハイウィンさんの事なら、そうね。
正直、呼び出すところまで技能が育つ気があんまりしなくなってきたけど……城塞と王都を移動するときはすっごくお世話になっているわ。
じゃあ今日はよろしくね」
挨拶すると、前膝を折って、乗りやすいように調整してくれたので、まずはあたしとトリィが載って、建物の上に運んでもらう。
建物の三階部分は、思いのほか床がしっかりと残っている。二階の床は全部抜けてるのにね。
あ、そうか。これ二階部分は他所の建物の二階より大分低いから、多分後から追加してるんだ。本来ここが二階の床だったのね。
室内には、十数人の、隅っこに寄り集まって震えている人と、さっき声をあげたらしい、どうにか立ってはいる若い男性、ってこの人はハルマナート人ね。
そして、隅っこの反対側でぐったりしている男女各一名。うん、重体だ。
「じゃあ猶予もないんで早速」
無詠唱で上位治癒をぶん投げる。トリィももう一人に同様に無詠唱で上位治癒を投げる。
……前から思っていたけど、トリィもファストキャスト系の技能、持ってるな?
「むぅ、カーラさん、こちらの女性の方は、上位治癒だけだと時間が経ち過ぎていて整復が効きませんわ」
トリィの判定に、頷く。男性の方は上位治癒一発で、取りあえずの危機は脱したのだけど、女性の方が先に負傷したものらしく、上位治癒でも止血と造血作用の強化がせいぜいだ。
というか、あたしの方も上位治癒は時間稼ぎだ。
男性の方は、まだ身体の内部に、何かがいる。恐らくは傷口から潜り込んだ小型の魔物で、今の上位治癒で勢いを削がれているから、今の内にきっちりカタつけないと、もっと悪いことになるよね。
手段を検討している間に、カスミさんとカナデ君が上がってきて、カナデ君がなんだか嫌そうな顔をしながら、重傷者以外の要救助者全員にマルチロックで初級治癒をぶん投げた。
「今ので治った人から降ろすよ。但し、降りたらその場で動かない事」
言葉も、いつものカナデ君よりも、ちょっときつい。どうしたんだろう。
って、あー、だめだなあ、この人たち。
称号欄には[難民]以外何もない。なさすぎる。
この称号は、正に難民として認定を受けていると表示されるのだけど、何らかの職業に就いて、それが安定したら消える、一時身分証明称号と呼ばれるものだ。
あれから二年近く経つのに、未だに難民でしかないんだ、この人たち。
ここに来る前に会ったシャカール族の人達なんて、既に[善良な移民]なんて称号付けてるひとまでいるのに!ちなみにタブリスさんとヴィズヤさんの姉妹だよ。
あたし達の元の世界でならともかく、この世界の、平均が五十年とちょっとの庶民の寿命において、二年を無駄に過ごす、ってのは、かなりいただけない。
これは、あたしの私的な感想ではなく、神々による基準の一つだ。
そして、元が割と優秀な人が多いシャカール族と比較するまでもなく、神罰を受けた、つまり、能力と努力の反映が半減された状態で、それでも怠惰からの脱却の為、職業訓練にいそしんでいたサンファンの民と比べても、完全に出遅れている。
彼らで、未だに手に職が就いていない人、ほぼゼロだよもう?
その例外はほぼ、元から病弱だったり、動乱時に身体的欠損レベルの大怪我をしていた傷病者だ。
例の元ヒキニート転生者君ですら、既に警備の仕事に就いている。
……聞いた時にはびっくりしたし、こっそり仕事の様子を見せてもらったら、なんか見違えるくらい身体の締まった、しっかりした人物に変貌していたよ……
結局どうも、転生者にもそれなりに異世界人補正が付くんじゃないか、という話ではあったけど、些か、解せぬ。
話は戻って、ここの人たちも、最初に救出された段階では重度の飢餓に陥っている人が多かったので、最初の一年は大目に見るとしても、だ。
流石に、食料もそれ以外もふんだんに援助されていたはずのこの人達に、学習や就労の支援がされていないはずもない。
彼らは支援を受けた上で、およそ一年を無駄に過ごしていた、と判定できてしまうのよ。
そして、今回のカスミさん達との念話ネットワークの構築の結果、三人組は何故か第三者の称号を確認できるようになった。
多分それは、彼らのネットワークがこの世界に更に馴染んだ結果なんだろうけど。
カナデ君達にも視察団の時に、見えてないにしても、と、一応称号周りの特殊仕様は勉強して貰ったから、見えた称号に失望したんだろうな。
一人だけ憔悴顔ながらも立っていた人は、政府から派遣されてきた事務官のテリオンさん、と名乗った。
就労支援はともかく、学習支援の方が遅れに遅れている理由を調べに来て、事件に巻き込まれたんだそうだ。
取りあえず、大怪我をしていない人間はテリオンさん以外全員下に降ろしたので、サーシャちゃんが刃物を構える。
「君が執刀してくれるんだ?」
「魔物をほじりだすだけなら、河豚を捌くよりは楽さ、視えるからな」
そう述べると、転がったままうんうん唸っている男性の、服が破れて丸見えになっている腹に、一見無造作にナイフを滑らせるサーシャちゃん。
うわ、マジか。完全に体組織見切って刃物入れてるぞこのチート娘。
そして、あっという間につまみ出されて、でろんとサーシャちゃんの指先で垂れさがる魔物。
あとは上位治癒をカナデ君がかければ、この男性は治療完了だ。
いきなり状態が完全に改善されて、きょとんとした顔のおじさんがちょっと面白いと思ってしまって、ごめんね?
潜り込んだ魔物は元から廃墟にいた超小型の奴。