524.オラルディの女神様との面談。
召喚補助機構が何やら妙な事を……
その晩はそれ以上の突っ込んだ話はしないまま終わった。
いやだって今現在、どういう方向性で行くのか決められるだけの、敵国本土の情報がないんだもの。
ライゼル国は、鎖国中だ。その癖メリサイト国には兵を放ち、何年もちょっかいをかけて来てるそうなんだけど。
これはもう、最早他にライゼル国と国境を接する国がないから、これに尽きる。
で、これが神罰対象にならないのは、本国側が、襲撃している兵士が基本的に全て属国の民で、属国が勝手にやっている事だ、という姿勢を崩していない事。
そして何よりも、相手が創世神の後継を自称し、かつ、それに対する反証を揃える事ができていないから、という事になっている。
と、言いますか……いくらメリエン様でも、創世神のやる事に抵抗はできても、罰を与えることは流石にできないのだそう。
逆説的にいえば、ライゼル国に神罰を与えられない時点で、ライゼル国を動かすモノが、創世神またはその言い分の通りの完全な後継者の二択であることは、間違いない事実なのですよ。
反証を用意できる訳がないんですわ……
そんな訳で、ライゼル国本国の情報など、殆どない。
あたしの元の身体が首を切られた場所も、あれ属国の端っこだったらしいしね。
その辺りまでは、ごく稀に生きたまま捕えられる捕虜から、それなりの情報が得られているから、あんまり意味がない。
そもそも首切り事案そのものが、現在の所、機密事項でして。
だからといって、このままこの状況を維持することも宜しくないんだけどもね。
そこらへんは、上もあれこれ試行錯誤はしている様子。
何でそうなったのか謎なんだけど、あたしの知識にあった監視衛星を魔術的に再現して、情報の入手を試みている段階だったりするんだな、これが。
順序を追った開発にはあれこれトラップが仕掛けられていて、工業化方面への文明の進化を結構的確に阻んでいるのだけど、手順を全部すっ飛ばしたら、妙なものが作れてしまった、のだそうだ。マジか。
まあ魔術的に、とか言ってるから、元世界のそれとは多分別物なんだろうけども。
そもそも召喚補助機構自体が、この世界的には割とオーパーツ的なイメージではあるよね。
外観とか見たことないから、この世界を包むバカでかさだ、って事以外、どんなものかもよく判らんけど。
《完全に覆っているというよりは、アクセス経路を制御している、の方が近いようですよ。
そもそも現在のこの世界と同じ空間にあるという訳でもないようですし。
便宜的に上、とは言っていますし、大きさ自体も実際、相当なものだという話ですけど》
まあそうよね。異世界を渡るのに、リアル世界の空とかあんまり関係ないよね、普通は。
ともあれ、現状は修行をしつつ情報待ち、なのだ。
自分達で情報収集に行けるような場所じゃないからね……
そんな感じでやや消化不良感があるなあ、という自覚を持ちつつ、翌日は早速トリィこと聖女様と、ミオラ・ルディア女神との面談です。
本日もこちらの女神様は幻影体だ。権能の都合で分体化は余分なリソース食っちゃうからしょうがない。
衣装は古代風、複数枚の布をドレープたっぷりに巻いてベルトと飾りピンで留めるスタイルね。
「お初にお目にかかります。今代の聖女を申し付かりました、ベアトリスでございます」
ここでも挨拶から始まるのは最早当たり前、だってそういう儀式ですからね、聖女巡行。
前回のマティア・サラス女神の時は、サーシャちゃんのツッコミから始まったけど、ミオラ・ルディア女神の方は、サーシャちゃんとは既に知己といえば知己なので、お互いツッコミどころが当面なさそうなのか、特になにもない。
〈ようこそ、オラルディ国へ。此度は随分と旅路を急かしてしまいましたね。
迎えを出したのは、ミシェーラの独断ではあったのですが、わたくしもそれもまた良いか、と思ってしまいまして〉
「いえ、実際の旅程で、少し陸路の見込みが甘かったように感じましたので、大変ありがたかったですわ」
うん、オラルディ国内の移動、割とイレギュラー案件が多かったから、あたしもちゃんと把握しきれてなかったんだよね。
乗合系利用だと二泊増えるって計算しなおしてうわあ、ってなったのは、本当についさっきだよ!
「観劇の時間を削らないといけないかと思って、ちょっとヒヤッとしましたね……」
〈ああ、予定は立てておられるのですか。明日からミシェーラの作品の追悼公演がありますから、観る物がまだ決まっていないなら、そちらのお席を手配しましょうか?〉
観劇予定がね、とぽろりしたら、女神様から想定外のお話が。
「演目によりますね……流石にゴシップ劇はやらないと思いたいけど」
〈あれは筋立てを少し変えた改作版を、来月掛ける手筈ですわ。
本物が無事だったんだから、全滅エンドはやっぱりだめよねーって、本格的に寝込む直前まで改稿したそうなので〉
ミシェーラ夫人、引退したと言いつつ、最後の最期まで劇作家としての立場を貫き通したんですね……
「……劇作家の鏡……」
サーシャちゃんがぼそっと呟く。
確かに小説家で売れた作品の全面改稿とかあんまり聞かないけど、劇だと脚本改稿って結構やるものね。
「流石に来月のものは無理ですね……女神様のお勧めはどの作品でしょう」
〈わたくし、余り作品単位で贔屓を連想させる発言は本当はだめなんですけど、そうですね、ミシェーラの作品だと、明日から王立大劇場で始まる『可愛いフリッシュキッシュ』辺りがお勧めでしょうか。中期の作品で、身分の差恋愛のハッピーエンドものですね。
ええ、チケットが手元にあるのもちょうどそれなのですけど〉
そして女神様は、本当はだめとか言いつつも、さらっとオススメを教えてくれる。
なんでも神殿長様達に、とチケットが奉納されたんだけど、丁度別件で初日は無理だ、となった所らしいのです。
「他に観に行かれる方がいらっしゃらないならそれをお願いします」
〈そこは大丈夫でしてよ。明日は神殿総出の儀式が入ってしまいましてね、急な事だったのでリセールしている暇もないので、丁度良いのですわ〉
どうやらあちらも普通に持て余す状況のチケットだったらしい。
「そんな急な儀式って、何があったのです?」
あたしとしてはそっちの方が気になりますねえ?
〈王太子妃が産気づきそう、と判定されてから既に三日経過しておりましてね。ってそうだわ、貴方、出産立ち合いの経験もありますわよね?〉
そして、女神様は説明しかけた所で、あたしの経歴に気が付いてしまわれた。
やーめーてー!あたしも観劇は!楽しみに!しているの!!
「……それ今から行っていいですか。流石にあたしだけ別件でお仕事はちょっと」
時間も時間だから断られるかしら?
でも、多分だけど、今行かないと、ダメな気がするんだよね、いろんな意味で。
〈それは予見ですの?〉
「あたしは予知予見の類はてんでダメですけど、この世界の場合、一旦診断が入ってからの三日はちょっと急いだほうがいい奴ですよね?」
あくまでも、診断技能の方の判定であって、巫覡系の技能判定じゃない事は強調しておく。
だって、あたし、現王太子妃様って戴冠式の時にチラ見しただけで、ほぼ名前しか知らないし。流石にその状態でこれ以上の技能判定は無理っぽい。
〈……確かにそんな気も致します。王宮には連絡鳥を飛ばしますわ〉
わたくしは人の子の出産などには余り詳しくないのですけれど、と、補足しつつ女神様から許可が下りる。
というかこれ女神様からの派遣扱いだな?まあそれはそれで問題ない。
流石に時間も時間なので、聖女様にはお留守番して貰うかな、と思ったけど、なんだかんだで全員で赴く事になった。
カナデ君は治癒師なので緊急時の待機枠で連れて行くよ!なので自動でワカバちゃんとサーシャちゃんも連行だ!
例外は治癒系スキルがなんにもない男子、アスカ君だ。
「んじゃオレは今日は寝ておく……出産だと流石に戻りの時間不明だろうし」
人生経験が長いので、うっかり出産の立ち合いをしたことも数度あるらしいけど、アスカ君は素直に寝る方を選んだ。
なんか感動するけど怖い、そうだ。なんとなく、判らなくもない?
またお産の話するんですか?(