512.糸瓜とゴーヤと鬼南瓜。
それでは第十五部、開幕です!
今回も国境城塞からのスタートですね。
エルフっ子達が学院に入学してしまったうえに、あっちの国へこっちの国へ、とドタバタしていたらすっかり夏野菜の植え付けが終わっていたので、のんびりめに国境城塞で召喚術の練習をしています。カーラです。
今年はメリサイト国からの商人は来なかったそうだ。
春から押しかけて来るんじゃないかと身構えていたサーシャちゃんが、予想を外して首を傾げている。
トマトとししとうと、貰って来たオクラと糸瓜、それに茄子やお芋も植えて、国境城塞近くの畑はすっかり家庭菜園のような有様だ。
「ゴーヤは貰って来なかったのね」
「あれカナデが食えないらしくてさ。俺もわざわざ自分で育てたい程好きじゃないし」
確かゴーヤもあるって言ってたような、と、城塞に戻ってから確認したら、まさかの回答。
「ヘチマも食べるの?」
「あっちの村では若どりして食べるらしいけど、今回は大きくして、いわゆるヘチマタワシにしようかと思ってるんだ。後処理がちょっと面倒だけど、あれをスリッパの中敷きにするのが夏場にいい感じでさあ」
おおう、ヘチマの使い方が割と予想外だった。スリッパ?
そして、城塞の中庭の隅っこの方の空きスペースに、何故か結構でっかいウリ科の葉っぱが繁茂しているのに気づく。カボチャ、だろうか?
「あれも君たちが植えたの?」
「ん?ああ、オニカボチャか。あれは庭師のにーちゃんがどっかから種を貰って来たんだ」
そこで出て来るガトランドさん?いや、ここの庭師筆頭なんだから、ここに植える可能性が一番高いのは確かだわね。
ちなみにサーシャちゃんが庭師のにーちゃん、と言う時にはガトランドさんだ。
ベッケンスさんの方は既婚者子持ちのせいか、庭師のおっさんと呼ばれている。年齢、五歳くらいしか違わないんだけどねえ。
「オニカボチャ……飼料用品種だっけ?」
「そうそう、すっげえでかくなる奴。ほら、最近バロメッツの羊が増えたろ?だから収量が高くて保存性のいいものを植えるんだって言ってた」
サーシャちゃんの説明に納得する。
冬も温暖なハルマナート国では冬の飼料に困る事自体はあんまりない。
だけど嵐の続く時期があって、そういう時に保存性のいい飼料を確保しておかないといけないのよね。
オニカボチャはその一環の新規導入であるらしい。
うん、りこぽん君の群れ、普通の野生バロメッツの数倍、継代飼育バロメッツと比べても三倍くらいの巨大すぎる群れらしいからね……
ところが、散歩ついでに城塞の南側に回り込んだら、明らかにゴーヤの匂いがする。
たまーに、本当にたまーに出される食事に混ざっててね。辛さはあっても、基本薄味調理のものが多かった分、強烈な苦味と匂いが記憶に残って……
いや、待って?これあたしの記憶じゃないわ?
薄切りのゴーヤが浮いたスープはさておき、カラフルなテーブルマットなんて、元世界の記憶にない。
《……すみません、私です。ゴーヤ、苦手なんです……》
まさかの:シエラからの混信。今までそんな事、なかったわよね?
《そうですね。ただ、嗅覚というのは特に身体の記憶との結びつきが強いものなので、それが原因ではないでしょうか》
そう説明されると、それはそれで納得がいく。そんなことも、あるかー。
というかゴーヤ、メリサイトにあるんだ。
《ヘチマとヒョウタンもありますよ。後者は貴方の世界の物とは違って、大量の水を果実内にため込むので、砂漠に行くときの水資源として重宝されているんです》
へえ、スイカを砂漠の水筒代わりにする話は知っているけど、ヒョウタンもなんだ。
ところ変われば、だわねえ。
「あれ?誰だゴーヤ植えたの。ってかこれ多分だけど、アスカベ村のとは違う品種な気がする」
壁面を豪快に覆うゴーヤの前で立ち尽くしていたあたしに気付いて寄ってきたサーシャちゃんも、ゴーヤを見て首を傾げる。
「あー、それ、去年の商人が、僕らがヘッセン国でバイトしてる時に送ってきたんだよ。
僕らがいない時だったせいもあって、ガトランドさんが、自分が取り寄せたオニカボチャの種と間違えて受け取っちゃったらしくてさ、責任もって育ててって押し付けた」
そして事情を語るのは、近くで鶏たちを挟んでアルルーナさんと情報交換していたらしいカナデ君だ。
(これがおいしいという子もいるのでー)
アルルーナさんも植えるのに賛同した、つまり需要自体はある、という話なので、じゃあまあいっか、育てるの我々じゃないし。となったあたし達です。
【うん?ごーや?あの苦味が好きなんだよね。食べ過ぎると身体に悪いみたいだからたまにおやつにするくらいだけど】
そして、まさかのゴーヤ好き、ジャッキーだった。なんたる。
そういやこの子、セロリの葉っぱの所とか、パセリとか、人参も葉の方が好みだったりして、味というか、香りの強いものが好きなんだった……
そんな感じでのんびり庭を散策していたら、空からぴやー、と声がして、連絡鳥のピアちゃんがサーシャちゃんの頭の上に舞い降りる。
「こら、頭はやめろ、通信筒が取れないだろう?」
軽く嗜めながら、両手でピアちゃんを頭から下ろし、背中の通信筒をあたしに向けるサーシャちゃん。
というか、利便性の問題でだめなだけで、頭に乗るの自体はだめじゃないんですか?
「はいはい、頭に乗っちゃったピアちゃんが悪いんだからねー、ちょっと我慢してねー」
ぴやぁ、と不服そうな声をあげるピアちゃんの背中の筒から、手紙を取り出す。
「……聖女巡行?そういえばそんな行事、記録にあったわねえ」
手紙の中身は、聖女巡行という行事をやっと挙行できるようになったので、その件についてちょっと直接会って相談がしたい、というものだった。
「聖女、巡行?なに?聖女のねーちゃん、世界巡りでもしなくちゃいかんの?」
サーシャちゃんの疑問は割とどストレート、かつ正解だ。
「ええ、本来なら聖女就任から三年くらいの間に行うものだそうだけど、聖女様って、王太子殿下の婚約者、って立場だったから、今まで国から出す事に反対する国内勢力が多くてね。
で、無事御成婚に至ったから、子供ができちゃう前に、一年程かけて各国を巡る形で挙行するんじゃないか、とは予測していたのよ、どの国も」
これに関しては、あたしも去年こっちの王都に出た時に、いつぐらいになりそうか想定できるか、という事などを聞かれていたので、その時に纏めた内容をほぼそのまま話す。
あたしが頻繁に聖女様と手紙のやり取りをしてるのはばれてるからねえ。
「それって国を出てぐるっと回って戻ってくる感じなのかな」
「異世界人の最初の聖女と、エルフの聖女はそうしたらしいけど、一般的には一回に一か所か二か所ずつ回って、一年くらいかけてぐるっと世界を回る事が大半だそうよ。
なおトゥーレは含みますが、ライゼル国はここ六百年程は含みません」
流石に、この世界の人間は、原則として、一年で世界一周なんて無茶はしない。
なので、大体一か月に一か所ずつくらいのペースで消化して、およそ一年かけて世界を巡るのだ。
最初の頃は十数国あったけれど、現代ではライゼルによる併合で数国減り、更にアスガイアは国ではなくなり、併呑政策を取り始めてからのライゼル国は鎖国しっぱなしなので、トゥーレを入れて十、出身国を除くから九つの国と島を訪問する、それでも結構な長丁場だ。
「やらないって選択肢はないんだな?」
「ないわね。国を巡るというより、国神様への御挨拶をして回る、って奴だから。
トゥーレだけは、ケートスさんとか霊鶴さんに挨拶するのか、西の海神様なのか、その辺は見た事のある資料ではちょっと判らなかったんだけど」
なおも詳細を尋ねて来るサーシャちゃんに、細かい所の説明もある程度することにする。
うん、どうせ護衛のバイト、入るだろうし。
「ここまで詳細に確認を開始したって事は、護衛のバイト、するつもりよね?」
「おう!聖女のねーちゃんも関係者も程々にいいひとだし、実入りも悪くないし俺ら的にはぬるい仕事だし、名誉って奴にも効果的だからな!できたら俺らに回して欲しい!」
そして念のため確認したら、完全に想定通りの回答だった。でーすよねー!
「そうねえ、三年ルール、君達も今年までだしね。礼法のおさらいでもしながら待機しとくといいんじゃないかな。あちらの要望次第ではあるけど、できるだけ回せるように持ってくから」
あたしとしても、三人組がいてくれると警戒対象が減るから楽なんですよねえ!
という訳で、今部は聖女様のお供で世界巡りです。




