番外編 王妃二人は笑い合う。
アデライード様結婚式当日の王妃二人、というかなんでこの状況が容認されたかの解説回。
第十四部本編よりちょっと先の出来事まで書いてます。
「ようやっと同じ舞台に立てたわね」
「あら、既に一歩先んじていらっしゃるでしょう?」
仲良く結婚式の会場である旧大広間から退出して、王と一旦別れ、着替えの為に控えの間に戻った二人の王妃、リミナリスとアデライードは、そう言い合ってくすくすと笑い合う。
それは、共犯者の笑みか、それともやっと正式に王妃並立という状況に至れた安心からか。
サンファン国の王家の存続は、本来なら無関係といえる他国にとっても喫緊の課題であった。
この世界の国家は、国神と王家の存在によって規定されている。
怠惰による堕落が主たる原因で、多くの民や王族を巻き添えに国神を喪失したサンファン国において、王家をも喪うのは、国としての崩壊を意味するからだ。
これが逆であれば、国神が新しい王家を認証すれば終わる話なのだが、認証を与える国神が存在しない状態で王家を挿げ替えるのは、原則として不可能だ。
国が崩壊すれば、その地は荒れる。ただでさえ旧国神の乱心と、動乱の頃までに限界まで収奪された大地は、すっかり荒れ果てている。そのうえ国そのものの崩壊ともなれば、雑草すら滅びる荒野の出来上がり、だ。
実際、サンファン動乱の同年に完全に滅亡が確認された旧アスガイアは、一部の湿地帯部分以外は、ほぼ全域で、僅かな雑草が生き延びているばかり、という荒地ぶりだ。
昔から地味も水利も余り農業に向いていなかったうえ、政治的な理由で、魔法陣魔法の普及が殆どされていなかった旧アスガイアの土地には、悪疫の元となり得る物質の埋設問題どころか、飢餓や悪疫で死んだ民の骨が、未だに野晒しで転がっている有様だ。
その様は正に死の大地と呼ばれても致し方ない、というのが僅かな難民を救出するために入った他国の民の、偽らざる感想だ。
一方、もともと農産にあまり積極的ではない国であった旧アスガイアと違い、サンファン国は以前は農産国でもあった。運河を運用できる水の利と、平地の多さが、自然とそういった方向性を定めていた。
そしてサンファン国の不幸中の幸いとして、生き残った二人の王族は、非常に真っ当な感性と優秀な為政能力の持ち主で、各国は、これならばどうにか、時間をかければ真っ当な国として復興できるであろう、という判断を下した。
だが、残った王族が老齢の前王と、当代であるが独身の王のたった二人では、万一何かあってからでは、どうにもならない。
ならば、早急に王に妃を定めさせ、なんなら側室も置いて、ある程度王族の数を増やすべきであろう、という結論に至った国が多かったのは、ある意味致し方のない所ではある。
ただ、誰を送り込むか、という人選となると、話は別だ。
疲弊し、借財まみれ、辛うじて糊口をしのぐといった食糧事情のサンファン国に、無能な女、浪費癖のある女など宛がう訳にはいかない。
ある程度優秀で、かつ他に強い引き合いのない、そして今後をも考えれば、ちゃんと高貴な血筋の女性、となると……年齢の問題もある、早々幾人も候補はいない。
そこでフラマリア国が、支援物資の監査もしたいから、視察団を作って顔見せだけでもしてみよう、と言い出したのは、周辺各国には僥倖であった。
実は、隣接各国に限って、出せる姫がいないのだ。ある国では年少、ある国では国側の事情で出すに出せない、東隣のメリサイト国に至っては占有地が発生しているため、それ以上の干渉自体が禁じ手の状態だ。
だから、言い出しっぺのフラマリア国が第二王女を視察団の団長に据えた段階で、これで王妃は確定だな、と思われていた。
ところが、蓋を開けてみれば、ヘッセン国も第一王女を副団長として送り込む構えだった。
確かにこの王女、アデライードは元々サンファン国の、当時の王太子に嫁ぐ予定ではあったので、国同士の結びつきという点で、おかしな話ではないのではあるが。
王女二人は、この視察団の結団式で初めて顔を合わせたのだが、気が付いたらすっかり仲良くなっていた。
団長と副団長であるから、連絡は密にしないと、という建前で、四六時中一緒にいるのだ。
最初の頃こそ、お互いを牽制しているのでは?と思っていた他の一行であったのだが……
オラルディ分団の不穏分子が脱走した件で、リミナリスは即座に走鳥を呼び出して追跡に当たったのに対し、アデライードはそのまま残った団員に対する指示役として、卒なく人員を纏めてみせる。
勿論脱走した連中を捕縛して戻った時の情報交換は迅速に正確に行われていて、成程この二人、確かに優秀なのだな、と納得する参加者たち。
そして到着後の園遊会では、二人揃ってサンファン王の元でにこやかに、和やかに共同戦線を張って見せる。
この段階で、この二人は、あくまでも二人揃ってこの国に嫁ぐ事を既に決意していたのだろうと、結婚が本決まりになったと聞いた他国の参加者たちは回想している。
ただ、実際どうだったかというと……実のところ、リミナリスが何がなんでもこの王に嫁ぐ、と心に決めたのはその後のボードゲームの試合の時であったし、アデライードはというと、母にすらその心中を語っていないので、どの段階でそうと決めたのか、今も判らぬままだ。
否、恐らく、お互いだけは、その時期を、その心を、伝え合っていたようなのだが。
これも書簡こそあれど、当時未婚の乙女たちの文通の内容など、余人に見せる物ではないのは当然のなので、内容を知るのは本人たちばかりである。
茶目っ気たっぷり、かつ、ややアグレッシブに前のめりな所のあるリミナリスと、一見おっとりとしていて、実際何事かあると一歩引いてしまう癖のある、それでも母譲りの判断力と、いざという時の落ち着きをも持つアデライードは、お互いがお互いにないものを補い合う、という意味では、恐らく完璧な組み合わせであったのだ。
だから、出会ってから、あっという間に親交は深まり、そして二人は揃ってサンファン国に嫁ぐ事を選び、たまたま、国内の事情で半年近くその日がずれこそしたものの、王と三人でそれぞれの瞳の色の指輪を交わし合ったのだ。
この頃王には、諸般の事情で、認知はするが王族籍には入れる事がないと書類で確約までした庶子が生まれたのだが、この庶子の母は元々リミナリスの知己であり、この子供たちをも、二人の王妃は大変可愛がった。
ところが、アデライード妃の結婚の段階で既に懐妊していたリミナリス妃の出産は、大変な難産となった。
それでも医療従事者や世界有数の優秀な産婆のバックアップもあって、母子は無事生還を遂げる。
その頃には既に自分もお腹が目立つようになってきていたアデライード妃も、その場に付き添い、親友にして戦友を励まし続けたという。
一方、そこからおよそ半年遅れてのアデライード妃の方の出産は、比較的すんなりと安産、と言えるものであった。
ただ、ここまで生まれた子供たちは、全て女子であり、これは早々に次の子を考えないとだめですねえ、と、また笑い合う母たち。
「サンファン王家の仕様のようなものですね。最初の一人か二人はまず大体女子なんだそうですよ。家系図を見た時にはちょっと驚きましたが」
その法則の、近年では唯一の例外である現王グレンマールはそういって穏やかに笑う。
「うちもそうなのですよね。ヘッセン王家自体はそうでもないのですが、母の実家の方が、大体一番上は女子なのです」
生まれたての赤子を愛おし気に胸に抱いて、アデライードもそう述べる。
「うちは逆ですねえ。ここ四世代くらいで最初が女子になったのは私くらいです」
リミナリスの方も、まだ乳離れには遠い我が子をあやしつつ答える。
この子供たちの姉に当たる、庶子の双子の母であるエレンディアは今日は此処には居ない。
というのも、双子の子供たちが周囲の想定以上に育ちが遅く、乳離れには程遠い状況で、妃たちの手伝いどころではなくなってしまっているのだ。
これは想定できてなかった、としょぼくれるエレンディアを、貴方は充分大事な仕事をしたのだから大丈夫、と慰める事も多い妃二人である。
なにせ彼女が突撃して王の子を身籠る、なんてことがなかったら、二人の王妃のアプローチの再開は、もっと遅いものになっていただろうと、二人とも確信しているからだ。
リミナリスに至っては、もう彼女も正式に側室にしてしまいましょうよ!と言い出す有様だ。
流石に当該の二人がどちらも首を縦に振らないので、話は流れてしまったのだが。
第一王女にはミュリエーナ、第二王女にはアリエーラという名が授けられ、世界の動乱から意外と遠いサンファン王室は、健やかに穏やかに、その数を増やそうとしていくのだった。
実は国力と神罰の関係でこの後の国外のあれこれには一切関わる予定がない平和なサンファン王家。
主人公の気配がないのは仕様です。
世間にはこんな感じで名前が出てこない、せいぜいが謎の医療従事者扱い。




