53.情報の擦り合わせは大事。
答え合わせ回、続き。
「実は第二王女に関しては、こちらにも情報がありまして」
そう前置いて、あたしはゲンティウスさんに例の邪悪な魂の話を全部ぶちまけた。
今神殿を覆う結界がそいつ対策であって、軍が入れないのはおまけだとも言い添えて。
まあ我々に害意や侵攻の意図がないなら入れるんですけどね、ゲンティウスさんや、その副官の人みたいに(副官さんは神殿の拝殿に入ったところで待機してくれているそうな)。
「確かに、転生者じみた事を言い始めたとは聞き及んでおります。てっきり娯楽本の読み過ぎでそういった小芝居を始めたものかと思っておりましたが……確かにアリエノール殿下にあなたのおっしゃるような火属性、ましてや闇属性はなかったはず。双子でいらっしゃいましたから、王太子殿下と強さこそ違え、ほぼ同じだったはずです」
ゲンティウスさんが深刻な顔でそう言う。
王族の皆さんの属性は、お仕えする人たちはだいたい知っている。影武者がいる場合はそこも合わせないといけないからだそうだけど。国によっては一般国民も結構知ってたりする。
そもそも人の持つ属性力は、おおっぴらにすることはあれど、隠すことは基本しないそうだ。
できる事はできる、できないことはできないって判りやすいようにだそうだけど。
充電池的魔法陣で使う道具に必要なのは魔力であって、属性力は関係ないしね。
「全部言っちゃってよかったの?」
サクシュカさんがまだ懐疑的だ。
「いいんですよ。この方は王命と称して軍を連れてこざるを得なかっただけで、初めから王太子殿下の命だけで動いておられますから」
さっくり断言しておくあたし。最初の遭遇自体も、間違いなく王太子殿下の仕込みのはずだ。今なら断言できる。恐らく、王太子殿下は直接諫めても無駄だと知っていて、だからこそあの行動だったのだろう。
まあでもサクシュカさんみたいに疑問を呈する役がいてくれるのは有難い。説明がしやすい。
懐疑的な様子も多分にポーズを含んでいるのは、目を見れば判るからね。
「それにしても、そこまで悪事を繰り返して、なお生者の魂と認められるとは、世界の法則からしてどうなっておるのか」
神官長様が首を傾げる。確かにやってることは傍から見れば邪悪真っ黒けだもんなあ。
「多分ですけど、本人は乗り移りで他人の人生を壊している、って意識なんかないんじゃないですかね?
小芝居ではなく、本気で自分は途中で目覚めるタイプの転生者だと信じているんでしょう。そして、多分ですけど、彼女は自分がループ物の主人公だと思い込んでいるような、気がします」
さて、ループ物はあたしの世界ではそこそこ一般的なジャンルだったけど、この世界ではどうかな?
あ、娯楽本をよく読んでいそうなタイプの人が一斉に「あ」って顔になった。主に女性陣だ。
「普通ならやり直すたびにキャラが変わるとか変だと思うんでしょうけど、思い込みが激しすぎて気が付かない。正直説得は無駄だと思いますので、最終的には滅するしかないんじゃないかな……」
思い込みが激しすぎて、と表現したけど、多分彼女は繰り返し過ぎて、もう狂っているんじゃないかな。呪詛は狂気の領分でもあるそうだから。
「で、今彼女が狙っているのは聖女様の身体。多分これ本命は王太子殿下とくっつきたいとかそういうアレじゃないですかね……」
あたしに初対面でちゃちな罵詈雑言かました辺りでは、てっきりカルセスト王子が本命だと思ってたんですよ。実際、本物のアリエノール殿下はカルセスト王子に一途にお熱だったそうなので、ずっとその流れだと思い込んでいたんだけど。
あれ、今思い出すと最後の方だけ語彙が本格的に悪い言葉になってた。取り憑いた奴に入れ替わってた、というか、多分、一時的に混ざってしまったんだと思う。違う相手に向けているけど、同じ感情を抱いていたから、かなあ。ここはあまり、自信が持てない。違う気もする。
そして王女の目標は中身の完全な入れ替わりと共にカルセスト王子から実兄にすり替わり、存在の主導権は取り憑いた方に。
王宮の人に連れていかれる時に妙におとなしかったのは、入れ替わったほうが事態の把握を試みるターンだったからじゃないかな。
そう、最初にちらっとだけ、水の属性が見えた気がしていた、あれが本来のアリエノール殿下だったんだろう。でももう一つが土じゃなくて風だったような気がしないでもない。あれ?
「ところでこれ、朝まで防ぎ切った場合、その邪悪な魂とやらはどうなるんだい?」
カルホウンさんの素朴な疑問。
「どうもしません。アンデッドとかになってる訳ではないので。ただ魂状態だと行動不能になるんじゃなかったかな。どこかに、いえ、誰か無関係の人の中に無理やりにでも隠れ潜んでしまうと思います。
なので、決着をつけるなら、今夜中です」
朝までに決着をつけないと、犠牲者が増える。それは避けなくてはならない。
結界を叩く力は少しずつ弱まってきてはいるけれど、存在の限界まで魔力を使い切るほど頭に血が上った状態だ、なんて思わない方がいいだろう。
「入れ替わられたアリエノール殿下の魂のほうは、どうなってしまったのですか?」
聖女様が心配そうにそう口にする。流石聖女様ね、本気で彼女を心配しているのね?
「自分の身体が死んでしまっているので、恐らくは亡くなられて、然るべき処に逝かれているはずなのですけど……なんでしょう、自分で言っていてそうじゃない気が」
悪い予感とかはないんだけど、そうはなってない感じが、そこはかとなく。
アンナさんのように天に昇っていくイメージは、それはそれで、まるでないんだけども。
「昔の方の語録に、魂は千里を駆けると申しますし、本当に好きな方の元に飛んでいたりして?」
マリーアンジュさんがそんなことを言い出して、うへえ、という顔になる龍のふたり。
ないとは言い切れない。カルセスト王子への想い自体は、多分本気だったようだし。
ああでもこれもなんか違和感あるな。今は、それよりも大事な事がありますの!とかいう声が聞こえた気がして、首を傾げるあたし。
いや大丈夫、実際に聞こえてはいない。ただ、妙にしっくりきたから、どうも、彼女、まだその辺に居る感じじゃないかしら?
「うーん、殿下、まだそこら……この近くに居られる気がするんですよね……」
そこらへん、とか言ったらなんか怒り出しそうな気がして、言い換える。
今の彼女を、わざわざ怒らせる必要はない。そんな確信がある。
「居られる?本当に?」
マリーアンジュさんが懐疑的な顔。まあ普通の魂は速やかに現世から退去するそうですしね。
「ここには国神様の神力が強くて近寄れなさそうですけれど」
ただ、多分あたしの結界は抜けて来れると思う。その程度に、今の彼女にあたしたちへの害意はないと、何故か確信できる。
「問題は、アリエノール殿下を操って最後に彼女自身を供物として発動したであろう呪詛がどこに向いたかです。それがまだ、判らない」
人ひとりぶんの供物を得た呪詛とか、聖女様に掛かってた内容だけ可愛らしい呪詛とはスケール自体が違う。聖女様への呪いには、そんな重い供物は使われていなかったのよね。
「そういえば、呪詛の式を知っていたのも、その邪悪な魂、とやらでいいのだろうか?」
カルホウンさんが疑問を呈する。
「それも現状不明です。ただ、今結界に攻撃を加えている、仮称邪悪な魂が直接主導して呪詛を仕掛けたのなら、あんなかわいい内容にはならない気がしてきたので、あの内容自体は本来のアリエノール殿下ご本人が指定した気配ですね?」
結界を無駄にどつき続けている邪悪な魂さん、魔物に近いレベルでどす黒いんですよ、存在が。
それでもギリギリ、魔物側に堕ちないのは、恐らく彼女があたし同様、異界の魂だからだ。
どうやら、異界から来た者の魂は、この世界の法則からはみ出す部分があるらしい。
なんとなくだけど、あたしと同じように、魔法のない世界から来た雰囲気?いやでも今は魔法使ってるなあ。っていうか魔法はなくても呪詛はあるって、やな世界だな?
答え合わせ回と言いつつ地味に謎が増えている気配。
あとカーラさんの推測が全部合っているかというと……