494.捜索と異変と猫情報網。
猫の台詞の文字数がこのパート最大の敵。
「畏れながらお嬢様、キャスケット殿。オラルディ国と言えば舞台の国、そして、そこから派生する化粧技術でも世を抜きんでた国でございます。
不肖あたくしめの技術も、彼の国で学んだものが多うございます。
見た目の年齢疑惑だけで他種族の可能性を問うには、まだ証拠が足らないのではと愚考いたしますわ」
考えていたら、カスミさんからかなり的確なツッコミが入った。
言われてみれば確かにそう。っていうか、あのスペシャルお化粧技術、オラルディ国で習ったんだ……
「ほうほう!舞狐族の麗しき御方、それは確かにそうでございますな!
ご主人様の語られた偽物の風体も、誤魔化しきれない加齢を隠すため、の可能性も出てまいりましたし、まだ人族を捜索対象から除外するのは確かに時期尚早でございましょう!
なにせ、嘘を吐くのは人族各位と、我等ケット・シーくらいなものでございますし!
いや、我らの嘘はひとを騙す為のものではございませんがね!人生に彩りと笑いを添える、ちょっとしたお茶目ポイントという奴でございますれば!」
そしてその回答に、自慢にならない事案を混ぜ込んで、どや顔でふんぞり返るケット・シー。
確かにこの子達の嘘って、記録にあるものも、実際聞いた物も、所謂民明書房系がせいぜいだからな……うっかり本気にしそうな相手にはそもそも嘘は言わないように自重してるって話もどっかで聞いたし。
「じゃあちょっと捜索範囲は広くなるけど……そうね、偽商人としての履歴があることもそうだけど、恐らく神殿関係者に繋ぎを取るためにも、商人としての立場を利用した可能性は高いわ。神殿というものの構造上、それ以外に昨日の襲撃者たちに影響できる所まで入り込める手段がある気が、あんまりしないし」
そもそも神殿という組織は、可能な限り自給自足、をベースとした運営理念で動いている。
当然、完全な自給自足なんて、地方の小神殿はもとより、大神殿になればなるほど不可能なので、その分はお布施や喜捨、所属治癒師の治療報酬やなんかで補填されるから、金銭のやり取りも当然発生する。
そして、神殿は災害時の救難機関たるべく、国とは別に余剰の金品、食料や衣類などを備蓄もしている。これは異世界人の提言で始まった制度で、各国とも、ある程度制度が整ってからは、結構それなりに活用し続けている。
普段は少しずつ日常の慈善活動なんかで消費して、使った分だけ補充するローリングストック式も採用しているそうよ。
そして、金銭を主体として貯めこむと、貨幣流通に偏りが出る事を理由に、宝石などの貴重品もある程度押さえているのが神殿の備蓄枠だ。
ただ、偽商人は、この備蓄枠の融通そのものには関わっていない、ここまでは調査済み記録に載っていた。
昨日の第二襲撃犯である女神官二人は、実はこの備蓄管理枠の下っ端から、半年ほど前に体術の才能があるといって警備に引き抜かれた人達だった。実際、動きは俊敏だったし、ナイフの狙いどころも悪くはなかったよ、あたしの結界を突き通すような力はなかったけどね。
接点があるとしたら、恐らくそこら辺、のはずだけど……
この決定をした人間は、何故かその直後にこの大神殿から、地方都市の神殿に異動している。
ああ、多分こいつだろうなあ……うん、技能がね。
「基本的に怪しいのは、昨日の犯人たちの異動を決めた人事係の神官が、その直後に地方の神殿……ネリッケンという北部の港町に異動しているんだけど、この人物の周辺ね」
「ほうほう、ネリッケン……!宜しくございませんなあ!」
そして、あたしの提示した情報に、ケット・シー君は謎の回答をした。宜しくない?
「先ほど小生、会議を致しておったと申しましたでしょう!実はネリッケンで我等にもやや関わりのある事案がございました事への対応会議でございまして。
なんでも、今朝がた、嵐でもないのに神殿の建物が崩落して、数名の死者が出たという事でございましてな!
連絡鳥とやらが生き残っていたとしても、使う神官の方が死んでしまったとの報告でございました故、まだこちらの本殿には情報が来ておらぬかもしれませんぞ」
ちょっと待ちなさい、なんでそういう情報が後出しで、いやこっちが聞いてないんだから出て来るわけないわ!当たり前!
ネリッケンの神殿は規模が小さくて、神官数名とアルバイトの掃除係なんかの雑用係数人だけで回していたらしい。小さな港町だそうだしね。
ケット・シー、どこから情報を得てるんだろうと思ったら、普通の猫や猫又族と遠隔で意思疎通が図れるらしい。何その反則種族!?
なお猫耳獣人は対象外。だってあれは人族ですから、だそうだ。
「我等そもそも、異界の生まれでございまして。空間属性だの特殊な独自魔法だの、ラノベで言うところのチートという奴が結構豊富でございますのですよ。空間といえばの収納魔法も完備でございますから!」
チェシャ猫みたいなにやにや笑いでそう述べるケット・シー君。
こいつ、煽りよる……あたしに空間属性がないの、気が付いているな?
で、なんで対応会議なんかが必要だったかというと、その街はケット・シー達が魚を仕入れに行く拠点の一つだったんだそうだ。
仕入れた魚は、自分達が食べるのは勿論、魚醤や干物を作るゴブリン族に売ったりしているんだそう。
そういえば、サーシャちゃんが気に入って継続仕入れしているヘッセンの魚醤、ラベルに黒猫マークが付いていたから、もしかするとケット・シー達の取引先なのかもしれないな。
「冗談はさておき、この拠点は特定の魚の仕入れに大変都合が宜しゅうございましたので、これ以上混乱されるのは我が種族的にも非常に困るのでございます。
若しご主人様がよろしければ、この件是非神殿上層部にお伝え願えればと愚考する次第にございます。
では、ちょいとばかりご依頼の件の情報を集めて参りますので、一旦これにて!」
そして煽りを冗談と言い切りつつ自分の希望を述べると、するりと消えるケット・シー。
「転移、とは違う術でございますねえ?ケット・シー種族は謎が多いと聞いてはございますが」
消え方を目撃したカスミさんも不思議顔だ。
【うむ、空間の隙間に入りこむような消え方であったの。姿はちと違いますが、ワシの元世界のケット・シー族もあんな移動の仕方をしておりましたな。
もし、ワシの知るあやつらと近い種族なのであれば、彼らの王国はこの地上とは別の場所にあるのやもしれません。世界とは位相のずれた場所に存在できるのではなかろうかと】
そしてマルジンさんからもコメントがあった。なるほど、連絡鳥とは違う意味で空間属性全振り種族の可能性?
取りあえずケット・シーのくれた情報を神官長様に伝えたら、当然のように大騒動になった。
幸い、連絡鳥が全滅せずに生き残っていたそうで、彼らを召喚する事で、神殿建物の崩壊はともかく、死者が出た事は確定情報になり、神官長様主導で、まずは近隣の別の神殿から先遣隊を出すように連絡鳥が飛ばされ、その後あっという間に救援部隊が編成されて、派遣されていった。
「いやはや、何が幸いするか判りませんな……ありがとうございます、カーラ様」
神官長さんが一通り指示を終えたあと、大きなため息と共にそう述べる。
「それにしても、ちょっとタイミングが良すぎますけどね。連絡鳥の利用記録を少し調べた方がいいかもしれません」
多分、昨日の失敗を連絡鳥で伝えた結果の、今朝の証拠隠滅だと思うんだよねー……
「ええ、そちらは朝までに調査済みで、既に実行者は捕縛されています。
ただ、口を割りそうにないのですよねえ……あくまでも愛国者であるという立場を崩さない発言を繰り返すばかりでして。お陰で鳥の行く先を追い損ねてこのざまです」
こちらも疲れた顔のマリーアンジュさんが、実態を教えてくれる。
「最初に訪問した時と違って、あたしは完全にハルマナート国の勢力下にある者として認識されつつありますから、そういう反感が出るの自体はないこともないだろうなあ、とは思っていましたけど……
正直、他国の国益とかさして考慮してないのも確かですしね。
あたしは、この世界の存続の為にしか、働いてないつもりなので」
ちょうどいい機会なので、あたしの基本理念だけは伝えておくことにする。
あたしは、あたしが住むことになったこの世界を、破滅させないためにだけ、動いているのだ。
「世界、でございますか」
「思ったより大物を相手にしてたわね」
真面目にびっくり顔の神官長様、マリーアンジュさんの方はちょっと茶化す感じだけど、多分それは、薄々その辺は感じ取っていたせいだろう。結構付き合い長いしね。
そして、小一時間ほどして戻ってきたケット・シー君は、あたしが予測した通り、神殿に異動した男が、本来の神官とは別人であり、これまた逃亡済みであるとだけ証言し、何故か書類を書いていたあたしの足元で猫らしく丸くなった。
うーむ、また逃げられたのか?
連絡鳥、使用記録は申請書類で残るけど、行先記録は当該鳥が生きていないと正確なところは取得できない不具合。
なお死者が判明したのは連絡鳥との契約が切れていることから。なので建物の崩落の方は現地確認が必要という。