51.フォルヘッセナーレ神。
ヘッセン国の守護神様、声だけ登場。
食後のひと時として、改めて聖女様との会談の場が設けられた。
神殿側は聖女様とマリーアンジュさん以外に、もう一人、この神殿の神官長様も同席することになったけど。
こちらの神官長様は白髪に白い髭を長く伸ばした、如何にも高位神官です、といった風情の御爺様。但し口を開くと案外とお茶目な人である、とは紹介してくれたマリーアンジュさん。
「成程、これは凄まじい魔力……これなら初級治癒を上位に転換するなどお手の物で御座いましょうな」
白髯を指先で撫でながらそんな風にあたしを評する神官長様。
「適うなら是非我が神殿に、と言いたい処で御座いますが、既に奉じる神は決まって居られるのですかな?」
おおう、いきなり直球ぶっこんできたな。聖女様がいても人手不足なの?
「ああ、あたしはここの神様とは多分相性が宜しくないので……」
ちょっと視線を横に逃がしながら答える。
この神殿の奉じる国神様は音楽の神様。
神殿の前にもいろんな楽器を持った人たちや歌い手達がいて、混乱の中でも順番に音楽を奉納していた。で、神殿の中でも、常時どこかから音楽が流れて来るのよ、ここ。
……試してないけど、ほぼ確であたし音感がないのよ、多分音痴なのよ、言わせるな!
あたしの回答を聞いた全員が、あー、って顔するの、やめて欲しい。居たたまれない。
「まあ、確かにこの神殿の日課には聖歌詠唱も御座いますからね……」
マリーアンジュさんがぽそっと呟き、なぜか聖女様が顔を赤くして俯く。あれ?
「これマリーアンジュ、あまりはっきり言うでない」
神官長様、そのタイミングでその発言もだめなんじゃないですかね。
というか、聖女様、まさか、歌が苦手でらっしゃる?
「聖女様の場合は歌唱が苦手なのではなく、声がちょっと通り辛いだけですから、鍛錬でどうにかなる範囲なのですけどねえ」
マリーアンジュさんは神官長様の言葉もどこ吹く風でそんな風に続けた。
ああなんだ、肺活量とか発声練習でどうにかなるやつか。
「なかなかその鍛錬の時間が取れなくて。聖歌に関しては本当に足を引っ張るばかりで。いつも御免なさいね」
聖女様が開き直ったようにそう述べて、その話は強制終了。
まあ他に確認すべき事とかもあるしね。
「先ほどの捕虜はどうしていますか」
神官長様にこれも直球で聞くカルホウンさん。
「叩き起こして尋問中だが、どうも王宮の手の者だと自称して居るようじゃ、嘆かわしい。
この半年程、誰とは言わぬが、妙に神殿に圧を掛ける動きが散見されるのじゃが、陛下は如何に判じて居られるのやら」
よりにもよって聖女様に刺客などとは、最早知らぬでは済まされぬ所まで来ておるのですがのう、とぼやく神官長様。
これはあれか、明言はしないけど、第二妃のやらかしなの、神殿側も認知してるのか。
「……そうなると、センティノス殿下方が少し心配ですわ」
聖女様がそうぽつりと呟く。
第二妃の実子である王太子殿下は、流石に大丈夫だろうと思っている、のかな。
そんな風に、ぽつぽつとながら、双方の情報を揃えていく。
食事にダメな感じの薬が入っていた話をしたら、聖女様が眉を寄せ、マリーアンジュさんがいきなり怒りを爆発させた。食べ物を粗末に扱うなんて!って。
そしてうんうんと頷く全員。あたしと話が合いそうだな、此処の人たち。
大体の状況を確認し終わったところで、激しいノックの音。
「なんですか、騒々しい」
扉を開けて入ってきた神官さんを、神官長様が窘める。
「申し訳ございません。ただ、至急の大事でございまして。
王宮で火災が発生し、第二王女アリエノール殿下が重傷を負われたため、至急聖女様に罷り越し頂きたいと王宮からの使いが参っております」
早口でそう告げる神官さん。
ってアリエノール王女が重傷?
確かに推定第二妃の住まいの側で火災が発生したのはあたしたちも見たけれど。
「アリエノール殿下がですか?第一妃様ではなく?」
マリーアンジュさんが尋ねる。
直球でそう尋ねるということは、神殿への圧力やらあれこれのやらかしやら、大体神殿内部の、一定より上の層では、誰の仕業か知れ渡っているようね。
「はい、アリエノール殿下です。間違いなくそう伺っております」
神官さんが頷きそう答える。
「……実は我々にも火災が第二妃の住まい側で発生したらしいのは、見えた。
こちらも身の安全を確保したかったので、スルーしてしまったが」
カルホウンさんがそう補足する。
「王宮の使いは何方からだと確認しましたか?」
マリーアンジュさんはなおも慎重だ。
「陛下からです、これも恐らく間違いないかと。使いの者が陛下直属の侍従殿でございます」
思ったより大物が使者だった。
これは流石に行かざるを得ないんじゃないかな。
〈否。今宵聖女がこの神殿を離れること、罷りならぬ〉
突然響き渡る人ならぬ者の声。
うわこれ神気バリバリだ、神殿の人が皆平伏してしまった。
フォルヘッセナーレ神ですねこれ。
うむ、あたしとは、確定で波長が合わんね。
「何故でございましょうか。人を救えるならば、救わねばなりませぬ。
それが、我が聖女の誓い」
きり、と顔を上げて聖女様がそうフォルヘッセナーレ神に問う。
願いが大胆、そして、思いのほか、強気だ。
〈まず第一に、間に合わぬ。そこな龍女に乗っても、最早手遅れ。
そして第二に、これは因果の巡りであり、死に瀕する者も、手を掛けし者も、己が罪の結果であり、罰であるが故に。
そして何よりコレは罠。邪悪なる魂は、そなたの身体を狙っておるが故に〉
明快に答えを返してくださる国神様。
そして、邪悪なる魂?それって転生者の噂のアレが、実は転生じゃなくて人格乗っ取りだってことでいいのかしら?
〈む、そなた異界の巫女か。成程、これは心強い。
そなたの考えで、概ね間違っておらぬ。
何かが不完全であるようだが、此度の邪悪なる魂は人から人へと乗り移る術を持っておる〉
ぐぬぅ、考えてることを読まれた。
まあここはアウェー、彼の神の領域内なので致し方なし。
「そういうことならば、ここで防備を固めるべきですか」
結界再度かなー。強度と対応策変更しないとか?
〈然り。時間は残り少ない。我も出来る限り対処はするが、人の魂は細かくて判りづらいが故、我では網から漏らすこと請け合い故、頼む〉
その言葉を最後にフォルヘッセナーレ神は沈黙した。
神力が増したからなんか結界かなにか張ったっぽいな。
しかし正直な、そしてフットワークの軽い神様ねえ。
《この世界に現存する神様がたは、割合そういう方が多いですよ。
打算は案外許されますが、誤魔化しはお嫌いな方が多いそうです》
シエラがちょっと気になることを言ってきた。
現存しない神様なんてのもいたんだ?
まあ時間がないそうだから、その件は後で、ね。
「……わあ、カーラちゃん、奉じてない神様に直接頼み事されてるぅ……」
サクシュカさんがひきつった笑顔でそんな風に軽口を叩く。
「されましたね……では〈拡張:検知+排除=敵意〉/〈光結界〉:神殿」
頼まれたからにはしょうがない。
エクステンドで検知と排除を構成、ターゲットはあたしが会った事のあるアリエノール殿下の波動に一定時間以上触れた者で、明確にこの結界の中の者に悪意を抱いている者。
悪意判定はあたしの主観。でないと所謂サイコパスタイプとか、正気じゃない相手にはすり抜けられるからね。
一般的には他人の身体を奪い取るなんて確実に悪の所業だけど、自己愛とか狂気が極まってる相手だと、自分がそうするのが正しい!で押し切ってくるのよ。洒落にならないわ。
というわけで神殿全体を結界で覆いました。
相手の憑依だか乗っ取りだかがどういう頻度で発動するか判らないから、今神殿内部にいる人も保護しておきたい所存。
アデライード様はあたしたちとの会合の後神殿に戻っているそうだけど、そういえば、何故今ここにいないのかしら?と思ったら役職が見合わないので自室にいるそうな。
そうか、神殿内だと王女の肩書は役に立たないのか。
そもそもそういうものを振り回す方ではないようだけどね。
カーラさんこんなこと言ってるけど、実際に音痴かどうかは試しても居ません。




