489.夜の中捕り物。
大捕り物とはとてもじゃないが言えなくて。
準備万端で、神殿を後にする。アデライード様を送り届けたらあたし達は神殿に戻るけどね。
先頭に神殿の女神官さんとあたし、後ろにアデライード様とカスミさん。そのまた後ろにも護衛の女神官さん、そしてサーシャちゃんが最後尾だ。
神殿には当然警備部があるし、警備部門は男女とも訓練しつつ在籍しているから、この護衛達も、腕にそこそこ程度以上に覚えのある人たち、のはずだ。
結局、カスミさんはそのまま姿を見せた状態で付いてくる事になった。
いくら徒歩五分とはいえ、王女様の移動に付き添う人数が少なすぎじゃね?とサーシャちゃんに突っ込まれて、そういやそうだ、となった一同です。
というか、これでもまだ大分人数が少ないと言わざるを得ない。そもそも王女様が徒歩て。
いくら本人がいるったって、こんな雑な陽動に本当に引っかかるとか、余程のアンポンタンでは……?
並び順、ほんとはサーシャちゃんが先頭の方が警戒しやすいんだけど、ヘッセン国ははじめてで、流石に道も何も判らん!って言われたので遊撃で最後尾ですよ。
晩秋の早い日暮れもあって、人通りはもうほとんどないんだけど、正直に言えば、この時間にこのレベルで人が通らないのは、神殿の表側ではない裏通りとはいえ、ちょっとこの時点で胡散臭い。
そして、その時は案外早くやってきた。
「……ああ、アデライードちゃん!!ようやくこのボクの腕ぶへらっ!?」
勢いよく両手を広げて駆け寄り、あたしが無詠唱で張った物理結界にマトモにぶつかって奇声を発したのは、なんていうか、如何にも成金です!としか言いようのない、高価そうな割にけばけばしく安っぽい、無駄に派手な衣装に身を包んだ、中途半端な年齢の男だった。
あたしの元世界でいうところの三十代後半かなあ……えーと、この世界的には二十代後半くらいだろうか、換算難しいけど。茶髪に茶色い眼、この世界ならどこにでもいる色合いと顔立ちって感じかな、知性がどっかにすっ飛んでる顔してるけど。
取りあえず自国の王女様をちゃん付けで呼ぶ時点で、不敬でアウト確定だろうから、容赦なくハードタイプの結界を張った。鼻の一つも折れてりゃいいわ。
(ブンデン男爵子息、先代が一代男爵から一昨年陞爵したばかりの家の長男、一人息子ですね。自称第二王子派です。そんな派閥存在しないのですけれども)
アデライード様が何か言うより早く、カスミさんから情報が飛んで来る。はあ、マジで成り上がりのドラ息子なんだ?
周囲には、十人程の黒づくめの男、そして、執事っぽい恰好だけど、明らかにマトモな仕事をしてなさそうな、剣呑な顔つきで、不機嫌そうなおっさん。
「坊ちゃま、急いてはなりませぬ。神殿の輩は結界術などお手の物ですよ」
口調だけは丁寧だけど、うん、こいつ割と本気でろくでもない輩だ。ええ、称号欄、隠蔽掛けてる上に真っ黒っていうか殺人常習犯だってよ。こいつにはライゼル関係者の気配もないのに!
このクラスの本格的な悪人って、この世界にも普通にいたんだなあ、と要らんところに感心していたら、後ろからぐえ、と変な声がした。
「……キショイ」
珍しく、サーシャちゃんがとてつもなく嫌そうな声で、黒づくめの内の一人の頭を踏みつけている。
「どしたの、急に」
「俺の見た目に興奮する異常性癖者だった」
踏み続けるのも嫌だ、と言わんばかりに男が完全に気絶したのを確かめると即座に男を蹴り飛ばして離れるサーシャちゃん。
「……子供だと侮ってはなりませんか、では……ッ?!」
執事風悪党が言葉を途中で途切れさせる。
何もなかった宙から、雷の属性を纏った術が結界の外に降り注ぐ。人族の使うところの〈スタン〉に、更に麻痺効果も付加された、マルジンさんオリジナルの魔法だ。
聖獣格だと魔法の編成もアレンジも結構自由にできるらしいよ。こないだカナデ君がタイセイ君に自慢されてぐぬぬってた。
そして、あたしの肩にふわりと着地する白い蝙蝠。
【ちと、早すぎましたかのう?】
「ああ、その男たちの称号欄だけで充分証拠になるから、問題ないわ」
光魔法〈消去〉を、こっそり発動させる。どうやら闇魔法であるらしい隠蔽術を吹き飛ばすためだ。〈消去〉は、こういう使い方も、一応できる。
執事風の男本人程じゃないけど、こいつらも照合履歴に殺人強姦強盗と選り取り見取りなんですよ。普通に全員極刑コースなんじゃないかな。
こんな推定盗賊団、この世界にもいたんだなあ、と、再び感心する。ラノベや演劇での架空事象扱いだと思ってたよ!
あたしの光魔法を合図にしたかのように、神殿と、王宮から、わらわらと人が出てきて、男たちは速やかに拘束された。
「何をする!ボクは未来のブンデン男爵だぞ!!今宵!!愛しのアデライードちゃんの婿になる男だぞ!!」
わー、この期に及んでまだそんな寝言言ってるのか。ってか今宵?こんにゃろ、誘拐して手籠めにするつもりだったのか!屑極まってんなおい!
「ああ言ってますが」
一応本人の言質を取る意味で、気は乗らないけど話は振る。
「ありえませんわね」
即答。ミリの間もなく。心底、嫌そうな顔と声音で。こんな顔するアデライード様、初めて見たわ。
【では黙らせますかの】
そしてマルジンさんが、なおもわめきたてるブンデン男爵子息と、こちらは悔し気な顔の執事風に何らかの魔法をかける。今度は静寂と、もいっちょ麻痺の追加らしい。
身動き取れなくなった首謀者二人と、その協力者たちは速やかに拘束されて、王宮方面、多分牢屋に連行されていった。
そして王宮から来た方の兵士達に付き添われて、王宮までの残りルートは平穏に進んだのだけれど。
なんかもう一部隊、門前に並んでるのはどういうことかな?
って、先頭にセンティノス殿下がいる、これが本命の、ちゃんとしたお出迎えね。
流石に王太子のカムラス殿下が直接出て来るわけにはいかないし、センティノス殿下はアデライード様同様、エメルディア王妃の子だものね。まあここの一家、そこら辺あまり関係なく仲良しきょうだいだけど。
「姉上、神殿長から連絡を受けてお待ちしていました。
彼は大丈夫だと言い切っていましたが、本当に無茶をなさる……うっかりがあっては洒落では済まされないのですよ」
開口一番、挨拶と同時に愚痴めいた心配の言葉。なんかこっちまで済まない気持ちになるな。
「ごめんなさいね。現時点で最強の護衛が付いていますから、わたくし自身はちっとも心配はしていなかったのですけど、貴方たちからすれば、恐ろしかったかもしれなかったですね」
アデライード様は姉としての慈愛の笑みで、そう答えている。
「最強、ですか」
そう首を傾げるセンティノス殿下。
そういえば、前回この国に来た時には、マルジンさんはおろか、カスミさんもサーシャちゃんも居なかったんだから、彼が知ってるわけがないわね。
「聖獣様がお二方もいらっしゃるし、カーラ様の結界術は、前回我が国にいらした時より更に洗練されてらっしゃいますし、それに、こちらのカーラ様のお連れ様のお嬢さんもとってもお強いのですよ」
そこにアデライード様も気が付いたようで、改めてあたし達一行の説明をしてくれる。
それに合わせて、カスミさんが無言で一礼し、マルジンさんは片方の羽根をひらひらっと動かす。
「去年この世界に来た異世界人で、今はハルマナート国で世話になっている、サーシャ・オンブルだ。宜しく」
三年ルール適用中、と言外に述べながらサーシャちゃんが雑に名乗る。
「成程異世界の方か。ならば見た目にそぐわぬ事もままあろうな。
私はセンティノス。この国の第二王子だが、いずれは臣籍に降りるつもり故、気安く接してくれて構わない」
「駄目ですよ、センティノス。うちも王族の人数が少なすぎるって話になったばかりでしょう」
そしてセンティノス殿下の挨拶に、秒で突っ込むアデライード様。こういう時だけ、ちょっとマリーアンジュさんに似てるのは流石親子ってとこかしら。
「姉上、段々母上に似てきましたね……?」
そしてセンティノス殿下も似た感想を抱いたようで、複雑そうな顔で、そんなことを言っている。
ともあれ、不穏分子は無事に餌に飛びついて無様な結末を晒したので、あたし達のお仕事は完了だ。アデライード様はセンティノス殿下と一緒に、おやすみなさいの挨拶と共に王宮に戻ったしね!
「では神殿に戻りますか」
「いえ、本日はもう一か所、ご訪問願いたい場所がございまして」
帰ろうかー、と口にしたら、神官さんの一人が、そんなことを言い出し、もう一人も頷いた。なんだ?聞いてないぞ?
「それも神官長様の御用事です?」
「いえ……貴方がたのような存在の影響力など、この国にあってはなりませんからね」
「あの世に行っていただきたいのですよ!」
わあ、二人揃って至近距離からナイフ、しかも毒付きかあ!!
……というか、ここまでの流れで、まだそれが通用するって思ってるんだ?最初っからバレッバレな臭いしてるし、本当にライゼル勢の影響受けた人間の頭の悪さ、凄いな!!
男爵子息側を囮にしたつもりだったらしいが、場所も悪けりゃ相手も悪いんですよねえ。




