487.診断と技能判定。
ごはんと移動の話。
午前中は順調に距離を稼ぎ、お昼の休憩、ごはんタイムだ。
今日はサーシャちゃんが手持ちから、海魚料理をメインで出してくれた。
サンファンの人も、かつては魚も良く食べていたそうだけど、神罰で海どころか海岸にも碌に出られなくなったから、今はせいぜい、川魚を少しばかり漁獲するのが関の山らしい。
陸上の食べられるものは、王都エリア界隈では、争乱時にほぼ完全に、食えるか怪しいものまで食い尽くされ、失われたし、他エリアでもほとんど食い尽くされたけど、川の魚は上手い事逃げ回ったり、他のエリアの水系に逃げたりしたせいで、意外と良く残っているのだという。
ただ、逃げ足の遅い貝類の一部が壊滅状態ではあるようだけど。
「海の魚は久し振りですね……これは初めて見るように思いますが、何処の産物でしょう?」
よりにもよってコッテションのトマト煮を引き当てたグレンマール陛下が不思議そうな顔をする。
「コッテション。レガリアーナの北部で獲れる魚だね。時間をかけて煮込むとそういう愉快な食感になるんで、最近世間のごく一部で人気」
今日のサーシャちゃんの解説は極めて簡潔だ。世間のごく一部って、シャカール族の皆さんは世間枠でいいのかしら……?ごく一部、だから合ってなくはない……?
「え、あの焼いたらカチンコチンになる魚ですか?」
レガリアーナ出身の、元々グレンマール陛下の軍団長時代の副官だった人がびっくり顔になる。
「ああ!食べたら判りました。この独特の食感には覚えがありますね、確かに……
子供の頃に何度か食卓に出た事があるのですが、二度ほど煮込みに失敗してから、母が使わなくなってしまった魚ですね……すっかり忘れていました」
なんでも、ちょうどいい食感になってからも煮込み過ぎると、ボロボロに崩れてしまうんだそうだ。その辺もコッテションが海産物として余りメジャーになれなかった理由らしい。
あたしが貰ったのは、アジフライを一旦半分に割ってから、千切りキャベツと一緒にコッペパンに挟んだアジサンド。ふわっふわの肉厚の身は勿論、カリっと揚がった衣に特製ソースが美味しいなあ!
食べながら、先王陛下の方をチラ見する。
……思いのほか健康状態、いいな……軍医さんがまめにケアしてるおかげっぽい。
だけど、やっぱり。
そうね、ダーレント元公子の時と、同じだ。
彼の時間は、残り少ない。診断系とは別の技能がそう判定を下す。
ただ、ダーレント元公子の時ほど、切羽詰まってはいない。恐らく風邪をひいたりなどしなければ、今度の冬は越えられるだろう。
強いて言えば、初孫が見られるかどうかが、ちょっと微妙と言えば微妙だな……?
食事のあとは、また騎乗したり幻獣車に乗ったりしての移動だ。
あたしは相変わらずタンデムなので、ランディさんにお願いしてグレンマール陛下と、リミナリス殿下、アデライード様の三人が仲良く並走しているところに接近してもらう。
「どうでしたかね」
あたし達の接近に、短い言葉で問うてくるグレンマール陛下は、この後のあたしの言葉も、なんとなく程度に予測している気配はする。
そうよね、この方も、技能の衝動に振り回される程度には、強い巫覡の才を持っておられるのだし。診断系を持っていないからこっち方面にはやや疎い、程度の話だ。
「現状維持なら、冬は越せるんじゃないですかね。お孫さんが見られるかどうかの方は、この場では流石に判らないですが」
何故こういう回答になるかというと、異世界人が絡んだ時点で、妊娠期間という奴がいまいち読めないのだ。そもそも、今回はエレンちゃんとまだ会ってもいないし。
あたしの元世界と同じなら三百日前後、この世界の一年よりちょっと少ないのだけど、そうじゃない世界もあるというし、そもそもこの世界の人族の方は、二百五十日が平均値だったりするのよねえ。
エレンちゃんの元世界はあたし達とも、これまた二百八十日前後だという三人組の元世界とも違うのが確定しているから、そこら辺の予測ができないのよ。
「ああ、そう言えば彼女も生まれる日に関しては、同じような事を言っていましたね。彼女自身の氏族は三百二十日程度だろう、と言っていたので、私としても予測がつきがたく」
どうもそちらを知りたいのが本命だったようで、カーラ嬢でもだめですか、と、グレンマール陛下がしょんぼりしてしまう。
「本人ですら判らないんですから、神ならぬあたし達が予測するのは無理だと思いますよ」
しょうがないのでトドメの一言。母となるエレンちゃん本人が判らんものを、遠隔で判定とか、それ神様じゃないと無理な奴!
《異世界人絡みなので、神々でも難しいそうですよ》
あっはい神様でも無理だった!
「マイサラスの女神は、雫が生まれる度に予測が外れて唸っていると聞くからな、異世界人や、その血筋絡みの妊娠出産の予測は、神々でも無理だろうよ」
そしてランディさんが想定外の情報を持っていた。さすが真龍?
《他所様にばらすなって伝えてください、となるはやの伝言が》
あ、即バレした。まあこれだけ巫覡系の才能持ちがいたら、そうか。注目されてるよね。
(なんか上の方から、勝手によそ様にばらすなって伝言ゲーム届いたんですけど)
流石にあたしの上方面の繋がりを他の人に大っぴらにするのは時期尚早なので、久々に念話でランディさんに文句を言う。
(おおっと、些細な事だが秘匿事項だったか)
(そもそも雫様の存在自体が一応部外秘じゃないですかね、この三人は知ってらっしゃるからそこは大丈夫ですけど)
「……どうやらランディ師の発言は聞かなかったことにした方がいいやつですね?」
そしてリミナリス殿下が察してしまった。まあこの方もそれなりの才持ちだもんな。
「ああ、そのようだね……予測は不可能、の部分は問題ないようだが」
そしてグレンマール陛下はきっちり詳細判定をしていた。やっぱり才能あるなあ。
多才が過ぎる気もするけど、今のこの国はこのレベルの王じゃないともたないもんな……
夕方近くに辿り着いたのは、幻獣車の集約駅のように、トイレや水場、簡易の宿舎、荷車置き場などが整備された野営地だ。
これは今年に入ってから軍が整備したものだそうだけど、商人も空いてる時は利用していい、簡易宿泊地だ。
この辺に住んでる人、いないからね。人のいる宿場という形式にできなかったんだそう。
流石に軍の部隊が使用する時には、商人は横の空き地を利用する形になる。
今回も、先触れが出た時点で、二組程の隊商が横の空き地にどいてくれているようだ。
「おや、これはリミナリス殿下ではございませんか、よもやこのような場所でお会いするとは」
そして隊商の片方はフラマリアの商人だった。という事は、食品を取り扱ってるのね?
「やあ、モルデン、久しいね。この国にまで販路を伸ばしたとは聞いていたが、君自身が隊商を率いているのか」
フラマリア国では、目上の人から先に声をかけるという習慣自体が廃れているというのは、以前訪問した時に聞いている。リミナリス殿下もそこらへんは一切気にしている様子がないし、言葉もざっくばらんなものだ。
「手形取引には基本的に私自身が出向く事にしております。まあこの販路には当面は変更はないようなので、次回からは番頭に任せる予定ですが」
「ほう、貴国には随分と世話になっていますが、今回も手形取引でやっていただけますか」
グレンマール陛下も気楽な様子で声をかける。
「は、陛下にはお変わりないようでなによりです。今年も手形取引の形とさせていただく予定です。今回は海産物の干物と塩蔵ものをそれぞれやや多めにお持ちしました。
詳細はまた後程王都にて……ああそうそう、収穫期の直後です故、穀類は次回となりますね」
略式の礼をして、モルデンと呼ばれた商人氏はすらすらと取引の予定を述べる。
穀類が後回しなのは、主食として一般的である小麦が、収穫即食べる事ができる作物ではないからだ。一旦ある程度乾燥させてから、最低でも脱穀まではしないといかんのよね。
で、魚の干物なんかでもそうなんだけど、穀類の乾燥にも、魔法は使えない。〈乾燥〉系魔法だと乾きすぎになって、粒割れが発生してしまうんだそう。
食品に乾燥系魔法を使ってるの、流石にこの世界でも食塩と保存食用の乾燥野菜の一部、あとは乾燥コベションくらいらしいよ。
当然ながら、乾燥させてからの方が重量が減るから、穀物の移送は原則乾燥後、種類によっては脱穀まで済んでから、となるわけです。
《除湿剤を置いて、その除湿剤の回復に〈乾燥〉を使うという裏技があるくらいですねえ》
あーはい、元の世界でも電子レンジとかでやった小技ですね……!
そんな出会いもあったけど、王女様二人とあたし達一行は帰る時間だ。
この場所から転移しちゃって大丈夫かな、と思ったら、モルデン氏は王都の民だから見慣れてる組だそうで、成程ランディ師でしたら移動も楽ですな、羨ましい事です!などと言っていた。
フラマリア王都の民、転移魔法も既知か、そっか。
我々の地球世界はサーシャたちのとこと同じですね(我々の世界から分岐したパラレル近未来の設定ですねん。
期間のずれは魔力の有無とか寿命の根本設定とか、そんなので変わってくるとか、ないとか。




