485.南東の端っこの村の噂。
晩御飯回。
その日は結局お茶の時間もご一緒してから、一旦ほぼ全員で引き上げることになった。
といってもグレンマール陛下御一行は、今日はここから少し戻ったところで野営だそうだ。野営自体は慣れているから問題ないとのこと。まあ争乱当時もずっと野営だったもんね。
ほぼ、なのはローラントさんがダーレント元公子の最後の付き人として、灰壺に付き添って王都まで行くとのことで、このまま御一行に同行することになったからですね。
そして、翌日以降も、エルフっ子達を先王陛下の所に連れて行く事が何故か決まっていた。
解せぬが、なんとなく、この要求にも応じるべきだな、と感じたから了承しました。
ランディさんにも許可は得たよ!彼に頼まないとどうにもなんないからね!
「ああ、迷うことなく、天に上がられたのですね……」
夕食前の席で、聖女様に改めて今日の出来事を報告したら、静かに頷き、その場で祈りを捧げる聖女様。
祈る聖女様は、静謐な美しさがあって、見ているだけで優しい気持ちになってくる。
「ところで、私まで一緒に此処で夕飯を頂くことになってしまっていますけど、良かったのですかね?」
食卓にアデライード様と並んで座るリミナリス殿下はダーレント元公子の事はご存じないので、取りあえずの疑問点を挙げている。
そう、実はリミナリス殿下も本国送りではなく、ヘッセン国に来て貰ったのよ。
なので夕食は聖女様との顔合わせも兼ねて、一緒に摂ることになった。あちらには雑に連絡鳥でヘッセン国で泊まりになる、とだけ通知したそうだ。
「流石に、今日も明日も其方の分まで余分に往復するのは面倒だからな」
それを決定したランディさんの台詞はほぼ塩対応だ。まあもうやらないって言われるよりはいい奴よね。
そう、エルフっ子達二人を送迎する話を聞いた瞬間、王女二人も相乗りを希望したのだ。恋する女は強い……
そして、ランディさんはそれも許可した。サンファン国が潰れるのは、真龍目線からでも、あまりよくないことだそうなので。
ただ、流石に今日明日だけだぞ、と釘は刺していた。リミナリス殿下も、アデライード様も、それぞれに予定のある身だからね、流石にそれ以上は今回は望みません、と誓約までしていた。
本日の夕食は、昼に予定したのをスライドさせた物なので、やや軽めである、という説明が最初に入った。
出てきたのは、大きなお皿の上で、紙のようなものに包まれた何かだ。これあれか、奉書焼きってやつか。
「舞狐族の伝手で良い紙が手に入るようになったのでな、奉書焼きというものを手掛けてみた。オリジナルは魚を主に使うというが、今回は中身は肉と野菜、茸だね」
全員に配膳されたのを確認して、ランディさんが解説する。ちょうど神殿でお肉の出る日だということで、内容を変更したのだそうだ。
少し焦げ目の付いた大きな紙を縛る紐は切られた状態で、フォークとナイフでぺらりと紙をめくる事ができる。めくった瞬間に、ふわりと立ち上る湯気と、食材の香り。
中身は、下茹でしたっぽいブルグルの敷かれた上に、程よいサイズに切り分けられた鶏もも肉、茸、彩り良い野菜、枝豆、そして車海老っぽい海老が一匹まるごと。
なるほど、奉書焼きで一皿アレンジになってるのか。ブルグルに素材の出汁がしみ込んでいる感じね、絶対美味しいやつ!
あと、それとは別に、ひよこ豆とオクラのスープが付いてきている。
……オクラ、あったんだこの世界。
見た目が最強に可愛いわね、ひよこ豆とオクラの輪切りの組み合わせ。
「まあ、スープの具が可愛いですわね」
こちらも星形のオクラに目を留めたアデライード様がにっこりした。ひよこ豆もかわいいし、輪切りのオクラもかわいいし、オクラの緑がシンプルでクリアなスープに映えるよねえ。
「オクラという植物だね。ハルマナート国の東南部の一部でだけ作られている野菜だよ。先日アルルーナになにかいい食材はないかと聞いたら勧められてね。我と小娘の収納で保管していたものだ。
真夏の野菜だそうだから、流石にハルマナート国でも、そろそろ時季外れになってしまうな」
なんでも、先日アルルーナさん達を救出した際に、なにかお礼がしたいと言われて、じゃあ食材として目新しいものはないか、と聞いたら、この、ハルマナート国東南部、本当にギリギリ端っこの方の、二つくらいの村でしか作られていない野菜が出てきたんだそうだ。
どうも、魔の森からちょっとずつはみ出してきた普通の植物群の中にあったものを、当地のアルルーナさんが見つけて、食用可能だから、と近隣の村の契約者さんの所に持って行って、育て方、食べ方が安定してから、まだ五年も経っていないものだそうだ。
「あたくしどもの村で育てている、ネリというものになにやら似ておりますけど、ネリは実が筋張っていて固いので、食用にはしないのですよね……」
あたしの後ろから、褒められた食材が気になってか覗き込んだカスミさんが、そんな事を教えてくれる。
「ああ、俺の知ってるネリと同じ植物なら、同属の似た植物だね。和紙を漉く時の糊料として使っているんだろうけど、開きかけの花の方をサラダにしたりできるよ」
サーシャちゃんがネリの事も知っていて、カスミさんがほうほう、と頷いている。
「それにしても、まさかあんな僻地に普通に農村があるとは思わなかった。あれで魔物の圧が弱めというのも不思議な話だよなあ」
ランディさんに同行して、植物の詳細確認と入手もしてきたというサーシャちゃんが改めてそう述懐する。
「そんなに凄い所だったの?」
ちょっと興味をひかれたので深掘りしてみる事にする。いやだって程よく粘り気があって、種もプチプチで、美味しいんですよこのオクラ……
「ねーちゃんなら判るだろうけど、国境城塞と変わらない距離に魔の森って配置だよ。なんか百年程前に、アスガイアからの難民と、当時の異世界人が作った村、なんだそうだが……」
そういう由来にしても、ちょっと奥地すぎるよなぁ、と、自身も席について、鶏肉を齧って満足そうな顔になっていたサーシャちゃんが首を傾げる。
確かに、今までのあたしの認識だと『魔の森最前線の開拓村』はベネレイト村だ。
国境城塞から更に二時間は歩かないと着かない場所。いや初期状態のあたしだともっとかかってたんだけどね。大分鍛えられてきたのか、最近は二時間程度で歩き切れるのよ。
「ああ、その村のお話は存じておりますよ。
戦争前夜のアスガイアから、獣人や亜人の迫害に反対して弾圧を受けた、とある地方の人族の生き残りが異世界人に救出され、ハルマナート国に難民として定着する際に、敢えて厳しい環境の場所の開拓を申し出た話が、我等にも伝えられております。
確か、異世界人の名を取って、アスカベ村と名乗っていたのでは?」
そしてまさかの神官長様が反応した。外国にまで有名な話だったんだ?
「うむ、そのアスカベ村で間違いない。当時の出国までの経過は既に失伝してしまっているようだったがね。先祖が敢えてその地を開拓地に選んだ話と、異世界人の血統が残っている話だけが伝わっていたよ」
ランディさんが神官長様の話を肯定する。って百年経たずに経緯が喪われるって?
いや、この世界の百年は、人族にとっては三世代か、下手すると四世代だ。
旧アスガイアの庶民の識字率って前に見た書籍では割と微妙だった記録があるから、文献は残ってない可能性が高いし、初代が過去を語りたがらない人達だったなら、失伝は充分あり得る。
「ちなみにオクラ以外にも、ニガウリとヘチマは確認した。この二つはどうも異世界人本人が種子を持ち込んだらしい。農家だったのかねえ?」
サーシャちゃんの追加解説。うーんどうだろう、農家ってのもちょっと違うような?
「家庭菜園っぽいですよねえ。きゅうりと茄子とトマトがあったら、完璧?」
ワカバちゃんもあたしと同じ印象を持ったようで、そんな風に言う。
「あー、確かにその辺も畑にあったな、ハルマナート国だと何処でも手に入るから気にしていなかったけど。品種の確認をした方がいいかな……」
サーシャちゃんは今普及している品種と違う物だったら種を取り寄せたいな、などと言っている。
……そういえば茄子を食べたいって話、するの忘れてたな……
おじいちゃん2号の話に行くかと思ったら、なんか妙な村が沸いた……




