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478.望郷の念、抑えがたく。

おじいちゃんのお願い。

 およそ十日程が経過したところで、ダーレント元公子の体調が、急に崩れた。


 いや、急に、というのはあまり正しくないのだけど。

 再会した日から、彼に残されていた日数は、変わってなどいないのだから。


 そう、今のあたしの技能は、余命僅かな人の、残り日数さえも、把握できてしまう……事がある。百パーセント、見える範囲の人全員のそれが判るとかじゃないんだけど。

 多分あたしが親しい人、または重要な人物、と判定した人に発動してる感じね。


 以前、サンファン国という大きな単位の存亡に関わるカウントダウンが認識できていた時には全然感じもしなかった、この技能に対する、ちょっとした忌避感みたいなものが生まれているのは、いい事なのか、悪い事なのか。


《良くも悪くもないですよ。身近な人の死を忌避するのは、人間としては当然の感情ですから》

 シエラは敢えて事務的な口調でそんな風に言うけれどね。

 あたしだって人間なので、その位の感情は持って然るべき、そこは判るんだけども。


 いや、釈然としない部分があるのは、しょうがないのだ、きっと。


 そんな折、珍しくそのダーレント元公子からお呼び出しを受けた。

 ちょっと手が空いた時にでも、と言われたけど、現状あたしの最優先事項は実はダーレント元公子なので、書き物の手を止めてそのまま伺う。どうせ書いていたのは中間報告書で、この分だと書き上げる前に事態が動いて書き直しになる奴だからどうでもいいし。


「ああ、お呼びたてしてすみません……この期に及んで、自分でも予想外の心情になりましてね、是非聞いていただきたいと」

 そうベッドの上で述べるダーレント元公子は、ここ暫くと外見上は然程変わりはない。

 聖女様が業務での癒しの仕事がないと、魔力消費の為に上位治癒をぶんぶん投げているし、どうもカナデ君も上位治癒を取得する気になったらしくて、時々初級治癒を集中的に投げているようだからね。


 現状のダーレント元公子は、それらの魔法を受けると、何処となく調子が悪くなりかけていたものが一旦は良くなる。けれど、本来の魔法の効果の半分も出ないし、一時間とかからず元の状態に戻ってしまう。


 衰えてしまった魂そのものに、治癒魔法は影響を与えないからだ。

 やや詩的な表現をするなら、命の灯が、消えかけている状態。

 エルフっ子達との交流で好奇心を刺激されて、一時的に活性化されてはいたけれど、魂の限界そのものにそれが影響する事はない。

 ただ、静かに寝込み、眠ったまま世を去るか、最期の時まで、皆と言葉を交わしてから去っていくか……その程度の違いなのが、あたしにも、多分聖女様にも、もう視えてしまっている。


 魂は生きた肉体の維持には不可欠なもの、なのがこの世界だ。

 なので魂を喪った死体、所謂アンデッドである歩く死体(ウォークコープス)のみならず、ほぼ無害な怪異である歩く死人(ウォーキングデッド)も、必ず最終的には腐敗して朽ちる。歩く死体(ウォークコープス)がスケルトン種にまで変化しちゃうと、『素材的に』簡単には朽ちなくなるから面倒かな、くらいの話だ。


「いえ、何時でも呼んでいただいて大丈夫ですよ。この国にいる間は厳密な意味での公務はしておりませんからね」

 出張中扱いですらない。今回のヘッセン国行きは私的な旅行として届け出してるからね。


「いやいや。こんな老いぼれのために、長い間逗留して頂いて、いるでしょう……

 ああ、余り時間もないですね、そこは、このくらいにしておきましょう。

 ……実は、自分でもよもやあるまい、と思っていたのですが、里心というものが沸いたようでして。

 命の残っている間に、入ることは最早ならずとも、一目だけでも、故国を、サンファン国を見たいと、そう、思ってしまったのです」

 ダーレント元公子の言葉は、正直に言えば予想通りだ。

 あるかないかレベルのそれとはいえ、国神の恩恵自体を拒んだ隠れ里の出身ではあるけども、エルフっ子達もサンファン国内での生まれだ。

 恐らくそれも、この人との縁として、互いの好意を強める作用があっただろうと、推定できてしまうから。相互作用って奴?ちょっと違うか。


「こんなことをお願いするのは間違ってるかもしれないけど、叶えてあげて欲しい」

「僕らから直接ランディ様にお願いするのは無理だから……」

 シェミルちゃんも、ティスレ君も、同じようにあたしに懇願する。自力での移動手段を持たないあたしにそれを頼むのは筋違いだと判っていても、そうせざるを……


 ……いや、この人を載せる方はどうにかなるな?多分グリッター君はおじいちゃんとティスレ君の組み合わせなら、載せてくれると思うんだ。保護者としてついていくあたしの移動手段が問題なだけでね?


「そうねえ、おじいちゃんの移動手段はどうにかできるけど、あたしが付いていけないから、ランディさんに相談するしかないわね。ちょっと聞いてくるわ、今日は厨房にいたはず」

 なんか新しいネタを思いついたとかで、今日のランディさんはサーシャちゃんと厨房を借りると言っていたから、そっちにいるはずよね。


「む、ご老人、いよいよか……無理に召喚獣に載せるのも危険な体調であろうから、マッサイトの国境、以前何度か茶会をした、あの場所辺りに転移で送ってやろう。

 波乱の人生を経た老人の、最期の願いなのだ、無下にするものではなかろうしな」

 予想通り厨房にいたランディさんにダーレント元公子のお願いの話をしたら、なんと二つ返事で乗ってくれた。


「じゃあすぐ出かける感じかな?こっちはもう後は仕上げだけだからやっておく」

「済まぬな、頼む」

 サーシャちゃんが調理の仕上げを引き受けてくれたので、二人でダーレント元公子の寝室に戻ると、既にローラントさんとタイセイ君が元公子を車椅子に移し、防寒用のマントを着せかけているところだった。

 そうね、人類圏最南端のハルマナート国や、ヘッセン国内でも特に温暖な海流に恵まれているこのメッセニアと違って、マッサイトやサンファンはそろそろ晩秋というより初冬のはずだ。暖かくするに越したことはない。


「おお、ランディ師……誠に相済みませぬ、老いぼれの最期の願いをお聞き届けくださるか」

「ご老人は随分としなくても良い苦労をされてきたのだ。その程度のささやかな願いを叶えるくらい、造作もないさ」

 礼儀正しく頭を下げるダーレント元公子に、ランディさんはいつもよりだいぶんと優しい口調で告げる。


 今回は車椅子ごと転移という話になった。流石に抱っこはちょっと絵面が宜しくないよねって。

 この車椅子、フラマリア国で開発された最新型だそうで、なんとリクライニング機能が曲りなり程度についている。うん、座乗する前に角度を変更するタイプね。流石に乗ったまま可変する機構まではまだ無理だそうだ。

 それでも元公子は、ほぼ寝ているのと変わらない姿勢で移動できるって訳。


 ついていくのは、治癒師としてあたし、付き添うローラントさんとタイセイ君、エルフっ子二人、そしていつも通りカスミさんとマルジンさんだ。カナデ君とワカバちゃんは、サーシャちゃんが行かないので、と留守番だ。

 ……二人は、元の世界で家族との別れは経験しているようだから、今回はそれでいい。


 では早速、と、ランディさんの転移で出たのは、サンファン国から少し離れた、マッサイト国側の森の中だ。

 あれ?もう少し手前に出るかと思ったんだけど、と思ったら、がさりと茂みを分ける音。


「おう、待っていたぞ。そちらが……ああ、ダーレント公子だな。その魂には、覚えがある」

 現れたのは巨大な、朱色の流れるような文様を持つ白い虎の首に、成人男性の腕肩から上が載った聖獣。お久しぶりの朱虎氏ね。でもなんでこんなところに?


「おお……なんと、朱虎様……?随分と、不思議な姿におなりで……」

 ダーレント元公子と朱虎氏は元々面識があったようで、神罰後の姿をも即座に見分けたダーレント元公子がびっくり顔だ。


「面白かろう?神罰とは、なかなか愉快な事も為すのだと。これで意外と、人々には好評なのだぞ!」

 からりと、完全に吹っ切れた口調で話す朱虎氏は、神罰そのものを最早苦にしていない感じね。いくら国替えしてるからって、罰になってなくない?


《そこまで大きな罪は犯していない方ですから、そんなものなのでは?》

 あー、それはそうね。四聖で派手にやらかしたのは、既に滅びた蛇と、暗躍しすぎた黒鳥くらいだし、確かに実質化身を喪った状態の黒鳥の方が不自由面が多いから、理屈は合ってるか。


「待っていた?何故我らがここに来ると?」

 そして、ランディさんが不審点をがっつりつつく。確かに、さっき急に決まったことなのに、何故だろう?


「ああ、黒鳥から連絡があってな。恐らくこの時間位に此処に現れるから休み貰って待機していろってね。奴自身の予測じゃなくて別の情報源があるようだが」

 そして種明かしをさらりと述べる朱虎氏。はい?黒鳥経由?あいつと連絡とった覚え、ないわよ?


「なんだと?ますます意味不明じゃないか。いや、あの鳥自身の予測でもない……?」

 そしてネタバラシを聞いたランディさんも首を傾げた。


 いや待って、今気が付いたけど、サンファン国側の草原の方に、なんか人の気配が、一杯あるんだけど、なんで??

 なんでこんなに準備万端、なの?

 

 いやほんとに、なんでそんな事態になってる?

昔のサンファン王族は一応、四聖全員の、化身と本体両方に会っている。決まりで会わざるを得ない。

なので顔見たら判るっちゃ判るのですね。

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