表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
532/676

474.ダーレント元公子の現状。

お久しぶりのおじいちゃん登場。

 和やかにお茶をして、お互いの近況報告の当たり障りのない最新版だけ交わしたら、丁度いい時間になったようで、改めて、神殿に併設されている療養施設の一室を借りているというダーレント元公子の所にお邪魔する。


「おや、おやおや。なんとまあ、皆様、ランディ師までお揃いで、わざわざこの老体の為においで頂いたとは!」

 思いのほか元気そうな様子で、それでも車椅子の上からそう声をかけて来るおじいちゃん。

 車椅子の後ろで向きを調整してくれているのは、人型のタイセイ君で、ローラントさんはその脇で、心配そうにダーレント元公子の様子を伺っている。


 うん、確かに最後に会った時に比べて、明らかに痩せているし、顔色があまりよくない、更には肌の水分量なんかも少なく感じるな。

 救出時みたいな殆ど骨と皮だけ、というギリギリな状態とまではいかないけど、せっかくリハビリして付けた筋肉がまた減っちゃってる感じね。

 あー、車椅子使用の原因は関節痛と貧血か……日照不足による骨粗鬆症の病歴もあるから、転ぶと危ないもんなあ。


 実の所、治癒師の技能判定では、即座に命に関わるような健康状態の悪さ、という判定ではないのよね。

 だけど……今のあたしには、彼の命の輝きが弱い、と感じられてしまう。


 そう、今、彼の命に対する警告をうっすらと投げかけてきているのは、治癒師のそれではなく、巫女としての技能の方だ。


 つまり、ヒトとしての、寿命。


 あたしの、若返り効果のある〈生命賦活〉を使ったとしても、若返り効果が出ない、そういうレベルの状態だ。というか神様が関わることなくてもそんな結果がある、と予測できるのが、想定外。


《魂の維持力の限界ですから、そちらの方が重いんですよ》

 シエラのシンプルな解説。なるほど、成程……

 魂の維持力というのは、持って生まれたものが大きいのだけど、本人の心の持ちようで、ある程度のブレは発生するんだという。だけど、今はそういうブレはまるで感じない。


 ……そうか。すべて、やりたいことを、しつくしてしまったのね。

 ダーレント元公子は、自分の生きざまに、見聞に、心から満足して、もう充分だと、納得してしまったのか。


 それでも。


 申し訳ないけれど、この状況を利用して、一つだけしておかなければいけないことがある。

 ほんの少しの欺瞞を含むから、巫女としての技能が軽い警告を流しているけれど。


「お久しぶりですダーレントさん。噂では、随分と長旅をされておいででしたけど、楽しかったですか?」

 でも取りあえず、まずは挨拶からだ。本人のお話で、言葉で、聞いておきたいこともあるのだから。


「ええ、ええ!本当に楽しい旅でしたよ。ローラントが、本当に善く尽くしてくれましてね。一人より、二人の方がやはり良いものだと思い知りました。

 ハルマナート国の食事の旨さも流石でしたが、フラマリアの食文化の豊かさと面白さは大変素晴らしくて、うっかり腹回りが増えそうになりましたよ。

 夏のレガリアーナの冷涼さは彼のトゥーレを思い起こさせるものがありもし、オラルディでは数少ない親族である従姉妹に会うこともできました。流石に件の劇は見せていただけませんでしたがね、ははは」

 思い出を一気に語り、快活に笑うダーレント元公子。ミシェーラ夫人にも会ったのか、夫人が胃薬飲んでなければいいけど。


「じいちゃんが楽しめたのならなによりだ。ところでタイセイ、なんでじいちゃんにくっ付いてきたんだ?」

「ああ、ミシェーラ夫人に依頼されたのだ。聖女様の所まで連れて行って欲しいとな」

 報酬付きだったのでなあ、と、サーシャちゃんの疑問に答えるタイセイ君。

 ああ、ミシェーラ夫人、聖獣様付きの旅人なら、多少治安の悪い場所を抜けるのも容易だろうと考えたのね。高名な劇作家というだけではなく、王族出身の公爵夫人としても結構な辣腕を揮った人だというから、そういうところの手回しには抜かりのない方だものね。


 うん、オラルディからヘッセンに抜ける街道の一部、ヒポグリフの住処がかつてあった辺りに近い場所を通る街道周りの治安が、ここ数年微妙だという話は、あたしも聞いたことがある。

 原因はヘッセン側の統制がイーライア妃の案件辺りで少し狂っていて、妙な人事が頻発していた、つまりライゼル勢の内政へのちょっかいを主原因とする経済状態の悪化、その結果としての治安の悪化で、それらは徐々に解消に向かっているそうなんだけどね。

 あと、ヒポ狩り絡みで発覚した、オラルディ国側で暗躍していたライゼル勢も理由の一つだろう。そっちはアンデッドごとランディさんに駆逐されたから、そちらも現状では問題は解消方向のはずだ。

 アンデッドによる瘴気汚染の影響調査とかで国の役人とか調査団が入っていたはずだしね。


 つまり、いつものアレだ。ライゼルが大体悪い。


 なお、川下りして海路を取ればそこまで危険はないんだけど、時期的に秋の終わりって、西海も東海も、嵐がちょいちょいあって、川船が下流の港に入れないという理由で欠航する事があるから、安全に確実に、となると、どうしても陸路になっちゃうのよね。


「はい、ミシェーラ夫人からは紹介状とお布施も頂いておりますわ。長旅の疲れが見られるので療養と、場合によっては治療を、という事だったのですけれど……」

 わたくしの手には少し余りまして、と正直に述べる聖女様。

 既にダーレント元公子にはそれも伝えられているようで、うんうん、と気楽そうに頷くダーレント元公子。


「いかな聖女様といえども、流石に寿命はどうにもなりませんからな。歴代で最も力ある聖女様の記録でも、寿命と、既に命尽きた者はどうにもできぬ、と文献にもございましたでしょう」

 いっそ朗らか、というべき口調で、己の現状をそう述べるダーレント元公子。見事なまでに、覚悟が決まっている感じですねこれは?


「……ですからね、カーラさん。今の私に何もできなかった、と悔いる事だけはしないでください。

 私はあの時、海底の遺跡から救われた、それだけでも充分だったというのに、手厚く遇してくれる知己や、不自由なく暮らせる資産までも得た。

 そして、今までちゃんと見てこなかったこの世界を、この短い期間でではあるが、存分に、思うまま楽しんだ。これ以上なく、ね。

 更には私を知る親族と相まみえる事すらできたのです。

 貴方がたには、どれだけ感謝しても、し足りない。これ以上など、とてもとても」

 そしてあたしに先回りするように言葉を続けるダーレント元公子。いや、後悔する予定は元々ないですけど?


「ふふ、存分に、心の赴くままに、この春夏を、世界を楽しまれた事は判りました。

 あたしは貴方がその境地に至る道を開けたこと、それ自体を、誇りに思います。

 ですけど今日は、申し訳ないんですけど、あと一回だけ。


 ……貴方自身やあたしじゃなく、後続の誰かの為に、お付き合いくださいな」

 貴方が良いのならそれでいいのだ、と伝えながら、あたしの要望もここで述べる事にする。


 そう、この場で、効果が如何ほどかも判らない、魔力転換版〈生命賦活〉を、ダーレント元公子に使う。

 それが今回あたしがここを訪れると決めた、最大の理由なのよ。


 理由は、複数ある。

 まず、何よりも大事なのが、聖女様に、現状この世界で使える最大効果の治癒魔法である〈生命賦活〉を直接見せること。


 魔法陣自体は上級からの転換になるから参考にはならないかもしれないけど、遠くで検知するだけではなく、魔法の実態をきちんと目の前で見、魔力の正確な流れを知ってもらう事が、彼女の正規魔法の取得には、恐らく必須だから。


 そして、その〈生命賦活〉でもできる事と、できない事がある、というのを、これはこの場の全員に知ってもらうべき、というのも理由だ。

 ただ、こちらは実際に使わないと、どういう挙動になるのか断言できないから、あたしにとってもちょっとした賭けだったりはする。


 更に、この上位転換版の〈生命賦活〉が、記録にほとんど碌に残っていない、その事もできれば改善したいと思っているのよ。

 現状でこの上位転換版〈生命賦活〉に関する記録は、異世界人が使用した、というただひとつしかない。しかも、正規の記録じゃなく、自称勇者様の冒険の初版よりちょっと後に書かれた、とあるラノベなのだ。

 なので、資料としての正確性を、担保できない。参考文献とか列挙するタイプの重いラノベじゃなかったし。


 だけど、これが正確に、正式に記録さえされているなら、敢えてその道を選ぶ後続の誰かが、きっと、現れてくれるから。


 今のあたしは、その程度には、この世界の普通の民を、信じているのよ。

 まあその前に、上位転換版にだけ確定している、若返りの副作用問題はどうにかしなきゃいけないんだけどね!!

記録に残ってない理由が実は偶然だという(理由があって記録されてないなら上から止められるけど、それが一切ないので)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ