470.黒くて速いけど丸い奴。
本当なら丸くないはずなんだけども。
火葬のあとの灰は〈耕転〉の応用で掘った穴に纏めて埋葬された。
いや、どっちかというと〈耕転〉で大地に混ぜ合わされた、と言う方が正しい感じ。
人族だと骨壺ならぬ灰壺に納めて墓所に安置する地方もあるそうだけど、エルフ族の場合は基本的に遺体や遺灰は自然に還すもの、であるらしい。
シャカール族の人達はびっくり顔で埋葬光景を見ていたけど、褐色エルフ族の人達は、素晴らしいお葬式ですね、と感動の面持ちで見入っていたからね。
その後は一通り、元の集落がどんな感じだったかを、元住民だったカナデ君とエルフっ子達に解説して貰いながら道を戻る。
ん?鳥小屋の跡って説明された場所になんかいるな?視線を向けると、皆もつられたようにそちらを見る。
「……わ、ランディおにーさんの言ったとおりだ、クイ君!生きてた!!」
「え?あっほんとだ!クイ君だ!おいでおいで」
「シェミルに寄ってきた事なかったんじゃなかった?……いてっ」
あたしが感じ取った方を一目見るや、そう声を上げるカナデ君達。クイ君?
なお余計な事を言ったティスレ君が足を踏まれているけど、残念ながら、これはティスレ君が悪いな……
元住民勢の声に反応してか、鳥小屋の跡地にまで侵入している雑草の茂みから、ぴょん!と、垂直ジャンプで存在をアピールしてきたのは、黒くて丸くてぷにっとしてそうな何か、だった。
そのまま飛び跳ねるように結構な距離を一気に詰める黒い奴。
あ、近付いてきて陽の光が当たったら、黒というよりガンメタルっぽいな。なんだこれメタルスライムとか言う奴?いやいやこの世界にそんなのはいない、はず。
そしてライムちゃんの時同様、あたしの技能、〈動物意思疎通〉に反応がある。
知ってるひとがきたぞ!いきてるぞ!やったあ!という確かな感情。
「いや待て、これはブラックスライムではない、ぞ……?」
そしてランディさんからは予想通りの困惑の声。ええ!予想はしてた!
なお声は困惑だけど、表情と感情はどっちかというと知識欲がギラッギラしてる感じ。あー、なんだ、感動の再会なうだから、今はステイステイ。
そして飛び出してきた黒い奴の方は、鳥小屋跡方面に進みかけていた、元住民三人の周囲をくるくるころころと転がりながら回りだす。はい、喜びの舞ですねこれ!
「めっちゃ歓喜してる……ライムちゃんよりしっかり自我持ってますねこの子」
「そうなんだ?ここまで素早く動いてるところ自体見たことなかったんだけど……なんでクイックシルバーなんて名前だったのか謎だったんだけど、前半部分は判ったわ……え?」
あたしの言葉にそう応じたシェミルちゃんが、困惑の声。
うん、名前をフルネームで呼ばれた途端、スライム君がシェミルちゃんの足元にぴたりと停止しましてね。丸めてた身体を軽くうにょん、と伸ばしている。抱っこして欲しいらしいよ。
「嘘、あたし召喚術は才能ないって聞いてたのに」
どうやら名を呼んだところで契約状態になったらしい。困惑しながらも、それでもスライムのクイ君の要求通り、彼を抱き上げるシェミルちゃん。
抱き上げられた黒っぽいぽよぽよ系スライムは、満足げにその腕の中で改めて丸くなる。
「……見たところ、召喚術としての繋がりではなさそうじゃが」
セレンさんが目を細めつつ、そんなことをランディさんに確認している。
「うむ、召喚契約とは別のものだな。どちらかと言えば神殿の者が使う一般魔法契約に近いものだ。神殿が用意する書類以外でこの契約が結べるのは想定外、ではなかろうか?」
そして聞かれたランディさんも首を傾げながら、今度は元神官長であるエイリークさんに話を振る。
「そうですな、我々……神殿の関与する一般魔法契約と同等の魔力交感が行われておるようですから、紙の書類と神の裏付けがない以外は、同じモノと言えるでしょう。
恐らくですが、この村のエルフ族そのものと契約し、主たる契約主を随時一人定める、という挙動をしておるのではないでしょうか。
この黒いスライム氏は、もうずっとこの村におったのでしょう?」
エイリークさんは読み解いた魔力の流れを解説しつつ、子供たちに質問する。
「うーん、何時からかは判らないけど、あたしの前に契約してた村長さんのおじいちゃんの代にはもういたと聞いてるわ」
「先祖代々この子に闇魔法をお願いしてるって聞いたことがあるよ」
首を傾げながら説明するシェミルちゃん、そして村にいた期間の短さの割に、意外と重要な情報を持ってるカナデ君。
「氏族単位の契約……ああ、判りやすい先例があるな。
ほれ、其方等もトゥーレの総族長がケートスの一体と契約しているという話は知っておろう。あれも超級に至れる召喚師が存在しない時には、同様のシステムで一時契約を結んでいて、なんなら一時契約の期間の方が長いというよ」
ランディさんに説明され、全員がほほう、と感心したような、納得の顔。
なるほど、確かに前から、現状の世界でも五人くらいしかいない超級召喚師が、いくら海での生活を行うにあたって必須な技能であるにしても、そうそうトゥーレのような居住域が狭くて人口の少ない島に、毎世代ごとに出るもんだろうか?という疑問はあったのよね。
案外そういうのを説明する書籍もなかったから、これはいい知識を得たな。
「トゥーレでございますか。あの島の総族長殿がケートスと契約しているという話は伺った事が確かにございます。
してみると、あの島の住民と認められてさえいれば、契約の可能性は種族を問わずあるのですかね?確かあの島はエルフ族が多いと聞いておりますが」
エイリークさんもケートスの話は知っていたようで、そう聞き返している。
「うむ。見ての通り、召喚術の才能は一時契約には必要ではないからね。
但し、あの島の住民と認められるためには、島の民会での合意と、霊鶴、更にケートス自身の承認が必要だから、そう簡単な事ではないようだね。
現に、十年以上住んでいたという貴国の元公子は最後まで霊鶴に認められることなく島を去ったのだというし」
住んでればいいというものではないのは、今ランディさんが例に挙げた、以前あたし達が海底遺跡から救出した、ダーレント元サンファン国公子の件ではっきりしている。十代になるやならずの頃から、成人してから暫くの間まで、結構な長期間トゥーレに住んでいたらしいからね、あの方。
「そういえば、ダーレント様の救出にも結果的に携わって頂いていたのでしたか。
こちらでは幼少時に行方不明になった、としか伝わっておりませんでしたからな、あの方は……
最近は私も公務を退いた故、近況は存じ上げないのですが」
エイリークさんが少し遠くを見るような目で話を少し逸らす。まあ元、になっているとはいえ、自国の数少ない王族の生き残りの話だ、気になるのはしょうがないよね。
「ええ、お元気にしておられるようですよ。この夏はレガリアーナ国で避暑を楽しんでおられたとか」
ご本人から時折手紙が届くので、あたしもダーレント元公子の近況はそれなりに知っているから代わりに答えておく。
というかですね、いつの間にかレガリアーナ国にまで行っててびっくりしたわよ!行動力の固まりね、あのおじいちゃん?!
「難船以降、ずっと押し籠められた環境に居った故、人恋しさも出てくるのであろうよ」
ふふ、と軽く笑いながらそう感想を述べるランディさん。
そして話の流れで唐突に思いつく。
この世界の、ううん、トゥーレや都市部のエルフ族が接客業や商業に積極的なのって、召喚術の才能が薄いせいでもあるんじゃないかな。植物属性を持っていれば自然と農業や林業に進むのでもあろうけれど。
無論、ミケリアさんみたいな属性の強弱の問題もあるし、それだけではないはずだけど。
その後も村落の規模などの確認をして、一旦帰途に就く。
黒スライムのクイ君は、シェミルちゃんに付いて、このまま国境城塞に一緒に住む感じになった。離れようとしませんからね、しょうがない。移転にも前向きな意思表示をしていたし。
「ちょっと手狭感はありますけど、現在の環境は思っていたよりいいですね」
「全員で引っ越して永住する訳ではないでしょうから、ちょっとずつ雑草の撤収や、家屋の補強や整理をしていけば、当面の、一時的な拠点としては問題ないですね」
見学者であるシャカール族勢や褐色エルフ族御一行にも、この村落跡は好評のようだ。
「あたし達は戻ってくる予定はないし、住んでくれる人がいるのなら、それも素敵だと思う」
「地味が弱い土地柄ですから、畑は改めて矯正しないとだめだと思うので、その辺も早い段階から手を入れながらがいいと思います」
シェミルちゃんもティスレ君も、彼らの一部が移転する事には好意的、かつ積極的に支援する意向のようなのでひと安心ね。
あー、でも一応白狼さん辺りには話を通しておくべきかしら?もうランディさんが通したかな?
最後にぷにぷにが増えて、第十三部はここまでです。人物紹介も同時更新。
この世界水銀は存在こそしているけど、有毒だからと基本真龍くらいしか取り扱わない、はずなんだけど、なんでクイックシルバーなんて名前が……?
あとダーレントおじいちゃん、霊鶴以外には認められてたんで、やっぱり元々優秀な人だったんだなって……