469.元・エルフ族の隠れ里。
アンデッドとは違う何か。
二時間ばかりも歩いただろうか。
そこそこ鬱蒼とした森を進んでいった先が、突然開けた。
森の中に忽然と現れた、木々が切り開かれた斜面と、山を削り取って無理やり作ったかのような小さな平地は、襲撃当時の姿をまだある程度留めていた。
全ての扉が壊され、藁屋根が落ち、一部は早くも朽ち始めている家屋や畜舎。特に破損が酷いのは倉庫だった建物のようで、床が高い。
これも略奪され踏み荒らされた時のままであるらしい畑の跡には、雑草に混じって、零れ種で生えたと思しき麦草の穂や、蕎麦の花が散見される。
往来であっただろう場所にも雑草が進出していて、そのうち畑と区別がつかなくなりそう。
「ああ、カナデにいちゃん、ちゃんとお墓の所に埋めてくれたのね……」
シェミルちゃんが、奥地の一点を見つめてそう呟く。その瞳の端がキラキラと連続的に光を放っているのは、何かの技能を行使しているっぽい。
「うん、他の場所じゃだめだって聞いていたから。ほら、僕が鳥の世話をするようになってすぐにお葬式があったろ、その時に教えてもらったから、ね」
カナデ君が静かな声でそう答えている。
「あの時、カナデにいちゃん、大怪我してたのに、よく……」
ティスレ君は当時の事を思い出したようで、物憂げな顔になる。でも口から出る言葉はカナデ君への心配だ。
「スキルが生きてたから、なんとかね。それでも最後は腹ペコでどうしようかって思ったけど」
カナデ君はほんのり笑うとそう言って、シェミルちゃんの視線の先、お墓のあるらしい方に歩き出す。
「案外と普通の場所なのですね、開拓村にも似た雰囲気ではありますけど、どうやって隠れていたのでしょう」
かつてのこの場所を知る由もないモリアンリージェさんが、首を傾げながら周囲を見回している。
そういえば褐色エルフ族って、余り人数を見ていないけど、植物属性を持っている人をあんまり見ないわね?
「僕のように植物属性の強い大人が隠蔽魔法をかけて、周囲から認識できなくしていたんです。ただ、植物属性の魔法は火に晒されると植物たちが怯えて効力が消えてしまうので……何かの理由で里があるんじゃないかと予測されて山狩りをされて、見つかってしまったんです」
自身も強い植物属性を持つティスレ君が、隠蔽の仕組みと当時の事情を説明してくれる。
隠れ里を出て以降、大人のエルフ族とあまり多く会ったことがないエルフっ子達だけど、褐色エルフ族の人達の事は特に思うところもない様子で、初対面時も淡々と挨拶などしていた。
そういやトゥーレのお土産話で褐色エルフ族に会った話自体はしていたから、知識はあるんだっけね、この子達も。
「ああ、大陸の淡色エルフの皆さんには結構多いらしいですね、植物属性お持ちの人。私たちには余り出ないのですよねえ、それでも数人はおりますけど」
モリアンリージェさんが頷きながらそんな風に答えている。ああ、いない訳じゃないのね。
「うちの里は他国の人達よりは植物属性持ちが多かったと思うわ、最近あちこち連れて行ってもらったから何となく判ってきたけど」
自身は植物属性を持たないシェミルちゃんがそんな解説をしている。
そう言われてみれば、サンファン動乱の当時保護したエルフの子達のおよそ半分が植物属性持ちの緑の髪の子だったっけ。そして、確かに他所の地域の淡色エルフ族、そこまで植物属性持ちを沢山見た記憶がない。
風属性が強いと植物属性は少なくなるらしいから、この子達を連れて行った先がレガリアーナだったことにも理由はありそうだけども。
この世界で最初に遭遇したエルフ族のミケリアツィーシャさんも、植物属性はあるけどそこまで強くないって自分では言っていたから、名前まで知ってる人だとそのくらいだろうか。彼女もメインは風属性だ。
そんな風に、割と淡々と会話しながら、一番奥手にある墓地に到着する。
そこも随分と草が茂っていた。
といっても、元々この世界の墓地は、柵で囲った場所のここからここまでが灰や骨を埋める場所ですよ、程度の感じで、墓標が立ち並ぶのは疫病やスタンピード被害で死者がいっぺんに出た時だけだから、開拓村の墓地なんかも普段は、いざお葬式があった時に邪魔にならないよう草刈りを時々する程度の手入れしかされていない。
だからここも、見た目としてはちょっと草刈りをサボりました、くらいの雰囲気といっていいだろう。
「うわあ、こんなに草が生えるとは思ってなかったなぁ」
どこに埋めたかはマップで判るけどさあ、とカナデ君が唸る。
「墓地の形式自体は我等のものとあまり変わらんのですなあ」
エイリーク元神官長さんは、地面と、所々壊れた柵の様子を見ながら頷いている。
「そう言われてみると、開拓村のお墓もこんな感じだったっけ」
ワカバちゃんの言葉に、春頃にお墓を調べた案件を思い出して改めて納得する。うん、あそこも草刈りを二度ほどサボればこんな感じだわ、きっと。
「あたし達がいた頃は、ここまで草ぼうぼうになった事はなかったわ。お墓には草は生やさないようにしていたのよ。草の根に魂が絡まってしまわないように、だったかな」
そういう慣習、言い伝えがこの隠れ里にはあったのだそうだ。
「絡まって……もしや、この里はずっと土葬でしたのかな?」
一転して難しい顔になったエイリークさんの質問には、首を横に振るシェミルちゃん。
「土葬、といえなくはないけど……首を切り離してから埋めるのよ。そうすれば、歩く死人にはならないから」
おおっと?前に旧アンキセス村の案件で話題になった歩く死体とはまた別なのかな?
【……この世界のアンデッドにも色々あるのかね?】
マルジンさんの疑問に、首を傾げる。あたしの知識だと歩く死体とスケルトンと幽霊系しか出て来ないなあ?
「歩く死人というのは聞いたことがないですなあ。この里にだけ伝わっていたものでしょうかの」
地元といえるサンファン人であるエイリークさんも歩く死人の方は知らないと述べる。
「ああ、歩く死体と違って、人を襲うことはないのよ。ただ、死体が起き上がってきて、無言で歩き回るの。段々腐っていって、頭が落ちるか、歩けなくなるとただの腐った死体になるんだと聞いているわ、実際に見た事はなかったけど」
シェミルちゃんの説明どおりなら、確かに別の現象ではあるようだ。
「私どもの里にも同じ伝承がありますねえ。島に移住してからは火葬が主流になったので、完全に伝承だけになってしまいましたけれど」
そこにシェラザードさんが予想外の発言。古い氏族には伝わっている、ということ?
「……雑菌とか少ない世界だっていうけど、死体は普通に腐るんだね」
カナデ君の言葉が、少し硬いな、と思ってそちらを見ようとしたら、マルジンさんの羽根で邪魔された。
【ご遺体がある故な、知らぬものに見られたくないやもしれぬ】
ああ、伝承通りに、歩き回ってしまった人達がいたのか。そして、人知れぬまま、地上に倒れ、朽ちている。
「別に魂がそこにいるわけじゃないわよ、死んだ人自体もそれなりに見慣れているし」
その場にあるのは遺体だけだ。魂は何処にもいない。普通の過程を辿っていればとっくに天上経由で輪廻の輪に戻っているだろう頃合いではあるし。
「そういえばカナデにいちゃんには歩く死人の話はした事なかったかも」
ティスレ君も悲し気な顔で地に伏し朽ちた人々、里の同胞、ひょっとしたら家族であったかもしれない、でも今はもう男女の判別も付かない朽ちた遺体を見てそう述べる。
「うん、聞いてないね……聞いていたとしても、あの時の僕には流石に首を落とすまでは無理だったと思うけど」
主に体力的な問題でね、と答えるカナデ君。大怪我して死にかけたらしいから、それはそう。
この里で火葬が普及しなかった理由は、エルフ族には火属性の持ち主が居なかった事と、遺体を焼くレベルの火を起こすと、煙で里の位置がバレる可能性があるから、という必然的なものだった。
「だから、もう隠れるもへったくれもない今なら、火葬でも全然構わない。カーラお姉さんが言う通り、魂はもうとっくに去った後だし」
シェミルちゃんが、里の習慣の説明をそう締めくくり、ティスレ君も頷く。
「ではせっかくの縁じゃ、妾が焼いてやろうぞ」
移動を手伝ってくれたついでにそのまま見物に着ていたセレンさんが火葬を手伝うと宣言してくれる。実際今いるメンバーで遺体を燃やせるレベルの火を扱えるのはカナデ君とカスミさんとセレンさんくらいだから、選択肢は元から少ないといえばそうなんだけど。
国境城塞と開拓村を襲ったスタンピードの時には、龍の王族の誰かが化身姿で火葬を担当していた。
実はこの世界だと、聖獣や龍といった強力な存在による火葬が、最上級の葬礼にあたるのだそうだ。
なので今回のセレンさんの申し出は、これ以上を望めないレベルの光栄であるらしい。
「里を護り、そこな異世界人をも守って斃れた者達ならば、妾の炎にくべられるに値するというものよ」
そう述べると、セレンさんは化身姿のまま、細く強く、ゆっくりと息を吐くように炎のブレスを放つ。
その炎は墓地の区切りの中を、恐らくは土中に残った遺体をも、焼き尽くしていく。
炎が消えた後には、一面の灰だけが残った。土とかは燃えていないのが流石真龍の技、だろうか。
カーラさん、ご遺体絡み発言は地味にデリカシーが足りないっぽいけど、これがこの世界の標準的な考え方でもあるんですよね。すっかりそっちに馴染んでる。
なお草もついでで一緒に燃やしたらしい。