444.移転のご提案をする。
大陸では転地療法って普通にあるけど流石に閉鎖環境では通じない。
「転地療法とはどういった事です?場所を変える、というように解釈できますが」
別に今知らなくていい事を知ってしまったあたしに、何も知らないシェラザードさんが首を傾げてそう質問してくる。
「言葉の通りですね。現在存在しているトラップは、下手に破壊すると別の場所に作られて違う誰かが被害を受ける可能性が高いですから、余り手出しをしたくないかな、というのがありまして。それなら、まずは倒れた方たちをこの土地から一旦引き離す方向が無難だろうかと」
それに、恐らく法が整備された、そしてここ百年以内までに人種差別行為を行っていた国家が一つは崩壊、一つは神罰実行中、もう一か所は鎖国中である現代なら、シャカール族に無理難題を突き付ける王侯貴族ってのはもうほぼいないと思うのよね。
むしろ、希少な種族を積極的に保護しようとするだろう。できれば自国の勢力圏内に置きたい、なんて思惑を持つ者が多いだろうとしても、だ。
「そうだな、現在の世界情勢なら、余程妙な場所を選ばねば、そこまで危険はあるまい。シャカール族は幻の種族として、伝承の存在になってはいるが、人類のやらかしの犠牲者としての悲劇的側面が強調されていて、好感度が低いといった話もない」
ランディさんもあたしの意見に沿った情報をお出ししてくれる。
「気候条件が近いのってマッサイトかフラマリア辺りです?」
急激な変化は弱っている人には宜しくないからね、最低限でも気温条件は揃えたい。肌色が彼らほどじゃないけど濃い人が結構多いメリサイト国も目立たなくていいかなあとも考えたけど、流石に気候条件が厳しすぎるのよねえ。寒い凍土地帯は論外として、温暖な穀倉地帯だとシエラのように肌色の薄い人の方が多いそうだし。
「気候はそうだが、環境を揃えるという意味では、国神の力のない場所が望ましかろう。現状だとハルマナート国一択だな。北部にある森林公園の辺りが良さそうだ」
あ、そうか。真龍の島も国神の力が届かない場所だものね。つまり、国神の力は何かの邪魔になる可能性が、ある?
いやでも彼らは国に属する民じゃないから、直接的な影響は受けないのでは?
「この島を、出る、のですか……」
説明を聞いたシェラザードさんが複雑な表情になる。そりゃそうだ、今この島に住んでいるシャカール族は、全員がこの島で生まれ育っていて、今の大陸の実情は僅かな知識と伝聞でしか知らないし、かつての迫害、誘拐と略奪の歴史を伝えているなら、その警戒は当然の反応だ。
褐色エルフ族の方は、揉めた相手は今は亡き一国家だけなうえに、現代でもトゥーレ側の同族との交流ついでに、ハルマナートやフラマリア辺りを観光してきた、なんて人が結構いるし、何ならトゥーレ生まれで、こちらにお嫁もしくはお婿に来たって人も数人いるそうだけど、シャカール族には、それもない。
でも、彼らシャカール族はもう、ここにいていい時期は終わってしまっている。
これ以上この島に引き籠っていても、待っているのは緩やかな滅亡だ。それはもう、あたしの技能判定でも、移動を是としない場合の、覆らない行く末として、確定してしまっている。
転地療法、それはシャカール族自体の存続の為の必須条件でもあるのよ。
国に所属する気の有無とかは別に関係ない。彼らに必要なのは、この特異点を離れる事と、普通の人族との交流、最終的には交雑、なので。
ただ、全員を一気に大陸に移転するのも危険だ。トラップがシェラザードさん辺りを追いかけてそっちに再設置されてしまう可能性が否定できない。
なので今回は、あくまで副属性を持たない人だけを対象とするつもりでいる。それでトラップの挙動が修正されたとしたら、その時にまた対応するしかないけど、時間は稼げる。
「今転地療養の候補地となっているのは、其方等がこの島に来た時にはただの荒野であったものを、神の力に頼る事なく、世界有数の穀倉地帯に仕立て上げた、神を戴かぬ国だ。そういう意味では、ここと大差ない。国を纏める王族も、民も、概ね穏やかでおおらかだしな」
ランディさんがハルマナート国の説明を追加している。親友である自称勇者様のフラマリア国ではなく、ハルマナート国を本拠地と公言しているだけあって、説得力があるな?
なお実は、ランディさんの隠れ家の方はフラマリア国の何処かにあるらしい。熟成が必要な食品を置いておくための倉庫類のある場所だそうだけど。
真龍の島の片隅に置いていたら、年長者に見つかって食い荒らされた事があるんだそうで、この倉庫は今しているお話とは逆に、国神の力のある場所じゃないとだめなんだそうだ。
ヒポ肉の熟成の話が出た時にあたしとサーシャちゃんだけ、その辺を教えてもらった。場所は流石に知らないままだけど。生計を一にするでもないなら、抱える秘密は最小限にしておくに限るからね!
「あ、そうだ。この村の治癒師の方って今どのくらいおられるのです?」
治癒師の良く出る氏族という話ではあったけど、総数とか割合の話までは聞いていないな、と思い出す。
「今の氏族は二百七十六名居りまして、年少者を含めればほぼ半数が治癒師の技量を大なり小なり持っておりますわ。過半数は初級ですが。あと……そうそう、倒れたものには治癒師はおりません」
そう教えてくれるシェラザードさん自身も中級治癒師だ。光属性が高い事と治癒師の適性とは、基本的には対応しているはずなんだけど……光属性しか持たない人に限って治癒適正を持っていない、のよね……いや、前にどこかでそんな話を他にも聞いたな?
《ライゼル国の王族の話ですね。厳密には、創世神の御座のあった国の王族の特徴だったはずですが、ライゼルの王族も元はそちらの分家だった氏族だそうですので、特性もほぼ同じですね、ほぼ光しか出ないのに、治癒適正が一切出現しない家系です》
そして、名を失伝したその国が、シャカール族を一番沢山誘拐し、そしてまともな待遇を与えずに、攫ったものをあらかた殺した国でもある、そうだ。迫害に絡んでない訳ないとは思っていたけど、やっぱりかぁ。
この件でも、聖女認定の条件というより、聖女という存在を形成する本質である、超級治癒師の才って奴が特殊オブ特殊なのが透けて見えるわね。
実は、聖女に関しては、光属性のみ、という条件は、選ばれるにあたっては必須ではない。
恐らく、聖女の指定条件は、光属性が大+++以上であること、攻撃魔法適性を所持していないこと、他属性が中未満であること、の三つだけだ。次点で治癒魔法の才能を持っていること、が来るようだけど、必須ではない。
そして、前任者が死亡、若しくは適性を喪った段階で、その条件を満たす中で、最も聖女の条件に合致する人間を次の聖女として指定し、他属性力及び召喚以外の適性の抑制と、治癒魔法特化の適性と能力と聖女専用スキルを元のそれから上書きしている、っぽいのよね。
これはいままでの聖女の事例の記録を確認した事で技能が判定を下したものだから、そこまで大幅にずれた認識じゃあないはずだ。
今の聖女様も、光特大しか属性を持っていない、と思わせておいて、痕跡程度の、元は極小だったらしい氷をベースに持ってるのよね、実は。聖女様は近年まれにみる魔力の高さも持ち合わせているから、見る側が技能をカンストしてても、魔力量差の壁で普通の神殿の人達には見えないレベルだし、あたしも調べもの中に上から知らされるまで、そんなこと知らなかったんだけど。今だったら、直接お会いしたらあたしにも判るかもしれないな。
なんにしても、現聖女様が歴代でもレア中のレアであることは確かね。
話を戻すと、光属性のみの人間に治癒の才能を発現させないって、ライゼル系の王族にそれを渡さない為、な気がしてきたな?
そこまでしていない かれらにこうげきてきせいしかなかっただけだ
天の声からよもやの訂正。なるほど、さては本来ならライゼル系王族にしか光攻撃魔法は使わせないよ!って設定にしようとしたせいで、彼らから聖女が出る目がなくなった、のね?
まあ結局異世界人のやらかしで中級までの光攻撃魔法は削除の憂き目にあって、彼らも上級であるライトレーザーを使える魔力の人が出ないという罠にハマったそうだけど。ざまあ。
なお、創世神が本来の創世神としての権能を喪い、魔法を司る神も奴が喰らって喪われた為に、新規の登録はインデックスに空きがあれば可能だけど、削除は現状誰にもできないそうだ。
とはいえ、新規で魔法を作成できるのも、魔法の神を喪った現地人には不可能になってしまったから、良し悪しではあるわね。
それにしても予想以上に治癒師の人数が多かったなあ。半数かー。
やっぱり現状だと、倒れた人たちだけ一旦安全地帯に搬送する、が正解だな……この人数の治癒師の出現は、混乱を招きかねないわ……。
召喚適性が抑制対象じゃないのは、聖女システムができた後で生まれた魔法だから。




