442.世界の歪みと特異点。
その家は、一家六人のうち、二人が覚めない眠りに落ちてしまったのだという。患者はおばあさんと、その子供で一家の女主人だ。この島の二つの集落は、どちらも女系相続制ですって。
看病の為に家にいた、子供たち二人に挨拶と許可を取って、おばあさんの方から診させてもらう。子供たちといってもほぼ成人くらい、つまりあたしやワカバちゃんと同じくらいの年齢ね。
この家の先代の女主人だというおばあさんは、六十代後半くらいだという。この世界の人類としては比較的長生きの部類ね。この真龍の島は環境がいいのと、病気や魔物の心配がまずないので、大陸より長命な人が多いのだという。あとはこの氏族の場合、大半の人が光属性を大から特大で持っているから、精神的な強さが担保されているのも、長命の理由だろう。あたしもそうだけど、ストレスを感じにくいのよね。
その代わり、特大までだと呪詛の影響に普通の人より弱くなる特性があったりする。以前聖女様が呪詛にひっかかって、しょっぱい内容の割に弱りかかっていたあれね。過剰反応起こすっぽいのよねえ。
族長のシェラザードさんは特大にプラスが付いてるので、恐らくちょっとした呪詛程度は弾いてしまうだろうけど。聞いたら一番光属性の強い人が族長に選ばれるシステムだそうだ。
そういえば聖女様って髪の色に属性力が出てないんだよなあ、あのクラスなら普通に白髪でもおかしくないんだけど。
あ、でもヘッセンの王族貴族って、髪の色の遺伝に変なクセがあるから、そっちが優先されてるのかもしれないな。あそこの王族の血がちょっとでも入っていると、母親の髪の色を丸写しするらしいのよね、外国に出されるとそこまで派手に発現しないそうだけど。
改めておばあさんを観る。
症状としては光属性の減少だ。特大であったろうものが、大にランクダウンしているうえに、現状見ているだけでも、ほんのわずかずつだけれど、減っている。
身体的な症状としては、属性減少、ランクダウンによる疲労感、倦怠感と、眠ってしまった事で食事が摂れないが為の衰弱、飢餓に近い状態、軽い脱水。水は時々綿を使って含ませてあげているらしく、そこまで酷くはないのが幸いだろうか。
うん、魔法では、どうにもできない。それだけは判った。
続いて娘さん、現在のこの家の女主人も確認。だいたい症状は同じだ。あれ?この二人、光属性しか持ってないな?
ぴ!
シルマック君が肯定するように鳴く。そうか、光しかないから、属性減少の影響が普通より大きいのか?
「もう数人、見ていいですかね……仮説には至りましたが確信はまだ持てないです」
ふたりには取りあえず〈回復〉をかけておく。空腹は癒せないけど、狂った属性力のバランスを補う作用は多分あるはず。
「ええ、ええ、なんでしたら全員を確認して頂いても」
シェラザードさんがそう言うので、思い切って全員を見て回ることにする。
結果としては、やはり倒れた人全員、光属性しか所持していなかった。一人だけ雷極小のある人がいたけど、極小だと影響力がないっぽい。そして、その雷属性には、減った形跡自体がなかった。
「で、結論は出た?」
サーシャちゃんが聞いてきたので、頷く。
「……光属性の減少が主原因ですね。ランクダウンした人が倒れているようです。光属性以外を小以上で並行して所持している人はそもそも症状が発生していないので、あたしが今日遭遇した限りでは、これ以上大人の患者さんが増えることはないでしょう」
ただ、今属性力が成長途上にある子供たちに関しては、断言はまだできない。発症のトリガーラインに到達していないだけの可能性が高いからだ。
「やはり、そうなのですね……現状で、減少の原因までは私たちには判らないのですが」
シェラザードさんが沈痛な面持ちでそう述べる。
「原因に関しては、世界に発生しつつある、ある歪みが根本原因ですが、根本原因を排除するにはまだ機が熟していないのです。いずれはそれもどうにかしないといけないのですけど、まだ少し先の話にせざるを得ない事情がありまして」
うん、ごめん、これはもうあたしや三人組の修行不足ってやつなんだ。純粋に、時間がまだ足りない。
「ただ、治療というか、大元の原因からの影響力を弱める事で、減少を止めることはできる、と思うのですが……」
でもこれ、受け入れてもらうには結構な負担がかかるから、難しいとこなんだよなあ。
「……この、真龍の島にある事自体が問題だというのか?」
ここまで黙って話を聞いていたランディさんが、先回りして答えを言ってしまう。
そうなのよ、そもそも、この真龍の島、ここ自体がこの世界の特異点の一つなんだよね。そんな場所に長期間住まっていれば、世界の異変に影響されやすくなるのは道理、なのよ。
更に彼らの場合、氏族内だけで血統を維持しているから、影響が濃縮されやすくなっているのも原因の一つね。
なお真龍たちの方は、この島で生まれ育ってるという、『元からこの特異点に所属するもの』だから、何の問題もないよ。彼らには、この環境こそが正常なので。
なので褐色エルフ族の方にも、その内何らかの異変が始まる可能性は否定できない。といっても彼らの場合、トゥーレ側の氏族と時折通婚したりして血が濃くなりすぎるのを防いでいるそうだし、そもそも彼らがこの島に来たのは、シェラザードさん達シャカール族よりも二百年程後らしいから、その種の影響が出るのは、恐らくまだ先だろうけど。
「……ええ。この地にあるには、この世界の人類は……なんて説明すればいいのかな、本来の存在レベルを維持する為の力?が、弱すぎるのです。あたし達のような異世界人であれば、もうちょっと長くいても平気でしょうけど、我々ですら、数世代もすればその影響が拡散され消失してしまう程度の存在力でしかないですからね」
そう、個々の異世界人の力が如何に強大であろうとも、一つの完成した世界と比べれば、その影響力、維持力なんて微々たるものなのよね。
まあこの世界の場合、作った奴がズボラすぎて、そこらへんはこれでもややユルいと言わざるを得ない、らしいのだけど。他を流石にあまり知らないからそこらへんは技能判定以外の資料がないので断言はしない。
こう説明はしたけど、シャカール族の存在力が弱いって訳じゃない。むしろこの世界の人類としては頭抜けて強力な部類だと思う。
”その氏族は、時の初めの、この世界最初の人類であるからだ。”
何故か突然そんな言葉が降ってくる。天の声に似ていなくもないけど、彼の平坦なそれよりも、はっきりした言語として認識される言葉。いや待ってこれ、何処のどなた?
ええっと何?今のが誰かのミスリードでないなら、つまり初期の人類もエルフも、褐色肌しか居なかったという事?あれ褐色エルフもそうなんだっけ?えっと?
だめだ、シエラが居ないと書庫へのアクセスもままならない、検索技能自体は発動するけど、膨大な検索件数に押し流されそうになる。
ぶるる、と頭を振って一度意識をリセットする。全員に奇行ライクに見られてるけど、しょうがない。今のあたしは、今までの普段のあたしと、違ってるんだし。
……本当に、そうだろうか?僅かに疑問は浮かぶけど、それは今解決したいことじゃない。
「どしたのねーちゃん、いきなり馬みたいに頭振っちゃって」
サーシャちゃんに茶化される。馬かー、馬なー。そういえばグリッターくんと契約した時も、あたしなんか変だったなー。いや、今考えるのはそっちじゃない。
「大丈夫、ちょっと検索系技能が何時もと違う挙動になったからリセットしただけ……っと、マルジンさんごめんね、急に動いたから」
取りあえずそこは強調しておく。何も理由もなく奇行に走るタイプじゃないことは、強調しておかないとね。あといきなり頭を振ったせいでバランスを崩してばたついたマルジンさんにも謝っておく。
「あ、ねーちゃんの検索、スキルじゃなくて技能なのか。カンストしてなかったり?」
サーシャちゃんにそう言われたものの、普段はシエラにおまかせだったから、自分の技能としてはカンストには程遠い気がするな、確かに……
【ワシは大丈夫じゃが、主よ、ちょいと調子が悪くはないかね?】
「あー、おねーさん、一回大陸に戻った方がいいと思う。なんか歪みの影響受けてる感じがするよ。原因はあの緑色だと思うけど」
そしてマルジンさんとカナデ君に指摘を受ける。なんだと?いや、確かにシエラが押し込まれたのはマーレ氏に捕まえられた時だったし、言われてみればその時の影響は、なんとなく、程度にではあるけどあたしにまだ纏わりついている。
でも改めて検知したのはいいけど、なんだこれ……?神の力でも真龍の力でも、なくない?
ここにきて新たな力いず何。