番外編 それは恋よりも重く。
という訳で本日も番外編2本更新、2本目です。はいちゃんとマリエちゃん回もありまーす。
時系列は回想からスタートして本編での彼女の登場のちょっと前まで、です。
新着からの方は一つ前のテムホル村騒動もどうぞ。
わたしには前世の記憶とかいうモノがある。
しかも、よりにもよって、召喚聖女ってやつだ。それも、割とブラックでバッドエンド確定な方の。
今のわたしの名前はマリエッタ。オラルディという国の、庶生の王女の一人だ。
父王様はうっかり私的な場所で顔を合わせると、秒で嫌味と暴言が飛んで来るけど、それ以外は基本ほったらかしの、多分ダメンズって奴。
ただ、前王の放埓経営で傾きかけた国政を立て直し、経済的にも発展させたことで、国民からの評価はとても高い。家庭内だと言語系DV野郎なのにね。
とはいえ、顔を合わせると暴言がすっ飛んで来るとはいうものの、実際にはわたしはそれ以外の被害はこれといって受けた事がない。むしろこれ、ほったらかし万歳な奴?
服飾予算が少なくて、ごくたまにある公式行事以外では、いつも平民庶民みたいな恰好してるけど、これは前王の奢侈の反動、つまり前王の無駄遣いのとばっちりで、父王様も私的な場ではすっごく地味な恰好してたりするから、まあしょうがないかなって。
それに、流石に古着だったりはしないし、普通丈のワンピースなんかの方が着ていて気楽だから、わたしは別にその辺は困ってない。ご飯はちゃんとお腹いっぱい食べられるし、教育も母様がたと母方のおじいちゃまのおかげで、それなり程度以上には受けられているしね。
ただ、わたしの一つ上の、わたしと違う母様を持つ、これも庶生の王女であるファルティア姉さまは、わたしよりいじめられている。王家の紫の髪が良くないらしい、というのはファル姉さまがぼやいていた言葉だけど。わたしは瞳は紫だけど、髪の色は薄茶だからね。地味過ぎると思っていたけど、地味で良かったのかもしれない。
そもそも、わたしは召喚聖女としての記憶のせいで、物心ついた時には既にだいぶん性格がスレていたから、まあそんなこともあるよね、でそれなりに暴言は流せていた。聖女の頃の生活が余りに酷かったせいだから、あんまり嬉しくはないけども。
でも姉さまは結構ダメージを受けてしまっている様子だったから、自然と、わたしが姉さまをケアするような関係になっていった。
もうすこし年上の、正妻腹のミレーニエ姉さまの方はわたしたちに、一番上で我儘かつ暴力的な性格のアミーユお姉さまを近づけないように頑張ってくれていて、その結果私達とも疎遠になっているけど、あの人たちも父王様の暴言は結構受けているようだった。
わたしのような過去の余分な記憶もないのに、今のわたしと同じくらいの年からずっと、彼女は一番下の妹であるルシールちゃんと、そのついでだろうけど、わたしたちをも守ろうとしてくれているの。
わたしがそのまま彼女の立場だったら、きっと、できない。
辛うじて、それに気付くことはできたけど、このことは今の所、秘密だ。それ以外の人に気付かれるのは、姉さまの努力を無駄にしてしまう行為だ。絶対に、それはだめ。
わたしの前世である召喚聖女って奴は、本当にお話にもならない酷さだった。召喚者に隷属させられ、名前は奪われ、当然自由はなく、碌な食事も与えられず、外出なんて以ての外。
挙句、聖女としてのスキルは、魔法の一部以外はどれもこれも、本人の寿命や、果ては運命などというよく判らないものまで消費する外道仕様で、正直今思うと、あんなのでよく五年も生きていたな、という気持ちになる。
最終的にはわたしと一緒に巻き込まれ召喚されたものの、名前までは盗られずに済んで、最終的に逃亡に成功した若いカップルが、それこそ勇者の如く、腐った国と教会を滅ぼし、わたしを救出してくれはしたのだけれど、その時には、もう完全に手遅れだった。
聖女の資格を持ったまま死んでしまうと、その魂まで永遠に教会に縛られ、奇跡という名のペテンのタネにされ、存在そのものが消滅するまで搾取され磨り潰される、という事は、前任者たちの遺していった微かな怨嗟をスキルで拾っていた当時のわたしには判っていたので、せめて聖女でなくなってから死にたい、と懇願して、一夜の関係を持ってくれる人を紹介して貰った。流石に新たな王となった仲良しカップル夫妻から寝取りとかできませんし、彼はさして好みでもなかったし。
……いや今思うと、あんな人間扱いすらされない生活を五年もしてたのに、よく好みのタイプとか心に残ってたよね。
そうして紹介された人は、腐った国の貴族の末端から、国を変えようとあがき続けていたという、若い、まあまあハンサムと言える感じの男性だった。
確か、誠実そうじゃなくてもいいから、顔のいいひとみたいなリクエストをしたような気がするんだけど、その人は、わざわざ自分から立候補したのだそうだ。
まあお床入りの時にスキルを欲しいとか言われたので、なるほどそれが目当てか、とちょっと落胆と共に納得はしたんだけど。
希望されたのは〈夢渡り〉。変わったものを欲しがるな、とは思った。
ただ、実際問題、病みやつれて老婆のようにすら見える姿の聖女を抱けとか、普通に男には拷問かもしれないな、とは感じていたから、スキルは快く譲渡した。むしろ、渡せる対価がまだあることに、安心すらした。
そしてその夜から二日と空けず、元聖女は死んだのだ。
今思うと、本当にギリギリセーフの逃げ切りだったのね。
この世界に生まれてからは、二年もすれば普通に言葉は理解できたし、文字も四歳くらいで大体覚えた。計算は前世のその前で得意だったみたいで、最初からできた。
前世のもう一つ前、というか召喚される前のことは、自分のことは殆ど覚えていないけど、その時学んだ事はなんとなく覚えはある、そんな感じだったのだけど。
この世界には、ライトノベル、所謂ラノベが庶民にも貴族にも通じる娯楽小説として、なんでか知らないけど極普通に存在していた。わたしが召喚聖女になる前の知識を早い段階で思い出せたのは、この小説群が読めたおかげだ。
そして、その結果、わたしは可能な限り早い段階で自立の道を探るべきだ、という結論に達した。いやだって、王女様なんて、性に合わないんだもの。
そんな訳で、市井の子供がお小遣い稼ぎのアルバイトを始めるという五歳になったところで、お母様と母方のおじい様にお願いして、子供でもできるうちの、比較的安全なバイトをさせてもらうことになった。
それは国立大劇場に付属しているカフェの呼び込みとお席案内の係で、伝統的に子役志願の子供を雇っていて、おじい様もお得意先だという、要するにおじい様の監視の目がある場所だった。
無論それで問題なかった。最初は本当に練習程度の事で良かったのだから。
席案内もちょっとした呼び込みも、特に問題なくこなせたわたしは、暇を見てはカフェに通うようになった。
そんなある日、公演中で暇な、カフェの外席の掃除をしていたら、目の前で、男の子がスッ転んだ。男の子といっても、多分十五歳くらいの人だったと思うけど。
掌と膝をすりむいていたので、近くの空き席に座らせて、覚えたての水魔法で傷口を洗って、微風の魔法で乾かす。生活魔法、と言われているものは取りあえず水と風だけ覚えた。他のは内緒にしておくのよ、って、神殿で属性を見てくれたおねえさんに言われたのよね。あれ、今思うと実体じゃなかったし、女神様な気がするけど気のせいかな。
男の子は丁寧にお礼を言ってくれて、レンダーという名前を教えてくれた。ので、わたしもお店で呼ばれているマリエ、という略称を教えた。
その後もそのカフェでのバイトは続けていたけど、なんと、レンダーさんは時間こそ長く開いたけど、二度くらい、会いに来てくれた。外国の人らしいんだけど、きっと商人のおうちか何かで、お金持ちなのね?
会うと毎回、彼の国の風物詩や、変わった種族の話をしてくれるレンダーさんには、正直ちょっと惹かれていたのも確かだ。
だけど、三度目に会った時。
突然、本当になんで今まで全然気が付かなかったのか判らないほどに、突然。
気が付いてしまったのだ。
これは、あの彼だ。わたしが、唯一男として知っている、〈夢渡り〉を渡した、彼だと。
それと同時に、わたしの中に湧き上がる、嫌な感覚。あの、異世界での召喚聖女としての称号とスキルが、わたしの中に蘇った、そんな確信。
三度目の邂逅は、そのせいで、まともに言葉を交わすこともできなかった。
でもその必要は、もう、余りなかった。彼の〈夢渡り〉は、完全に機能している。そのことが、伝わってきてしまったから。
彼は、わたしを、過去の異世界の聖女だった女を、知っていて、なお、過去の聖女に惹かれている。それが、判ってしまった、から。
ああ、どうしたらいいんだろう。称号[異界の聖女]は、再び起動してしまった。
取りあえず彼を見送ってから、神殿に駆け込んでみたら、なんと、女神様自らが応対してくださったけど、権能の問題で、ちょっぴり隠蔽を施すのがせいぜい、なのだそうだ。
それでも、問題を少しだけ先送りすることはできそうだった。女神様も、対応策を考えると仰ってくださったので、そこも少しだけ、安心材料だ。
だけど、できるだけ早く、この称号はどうにかしてしまわないといけない。女神様にも対処しきれない称号なんて、危なくてしょうがない。わたしは、こんなものにまた殺される気なんて、ないのだから。
たった一つ、嬉しい事があるとすれば。
〈夢渡り〉を通じて、レンダーさんとある程度知識の共有ができるようになったこと、だろうか。彼の夢と、わたしの夢がリンクして、遥か離れた距離を無視して、お話ができるのよ。
流石に事態が事態だったから、過去の情報の擦り合わせくらいしかできていないけど。
でも、彼は、はじめから、あの夜より前から、聖女のわたしを慕ってくれていたし、最初に会った時に、親切にしてくれたわたしにも、ちゃんと惹かれているのだという。
夢渡りの世界の中で、嘘は付けない。そう、今のわたしも、彼に心を奪われて、久しい。
身分はますます邪魔にしかならないな、そう思ってもなかなか、ままならない生活ではあるけれど、いつかは。
そう考えながら、次に会う日を、待ち望んでいるのが、今のわたしだ。
この称号を、再び元、にする相手は、きっと、彼しかいない。
うっかりこっちも四千文字越えたごめん。
次回から新章です!
 




