430.将来の展望と新たな企画。
「その封印アイテムに関しては、将来的に必要がなくなった時にも、返却の必要は特にありません。恐らくファルティア様のスキルの方が弱体化しないままの可能性が高いので、返却には至らないだろうと予測しております」
封印用途が必要なくなった時の処理を話したら、するりと技能が言葉を追加した。
まあ、そうですよね、称号[異界の聖女]が元聖女、になって弱体化されたとしても、既に付加されてしまっているスキルの〈運命の糸〉と〈夢渡り〉まで弱体化する気は一切しない。
後者は繋がりのない他人には全く影響しないから、ほっといても全然問題ないけども。
「そうですね、多分わたしがこの本体側を、そしてファル姉さまが耳飾りを、ずっと所持していないとだめなようです。ファル姉さまへの封印に関しては、姉さまが装着していれば、わたしのほうは所持さえしていればいいようなので、永劫つけっぱなしにしていなくてもいいのは幸いですね」
マリエッタ王女の回答も大体予想通りで、それで問題ないな、という技能判定。
「ええ。あとそれで、ですね。一応一時的な封印は可能なのですが、今回はアクセサリーということで、洗髪などの時には外さざるを得ないはずです。どうやらスキルの生成譲渡に関しては、受け取る側のキャパシティや属性値によるレジストなどの反発要因があるようですが、属性値に関しては、この世界の普通の人には期待できないので、身の回りをある程度魔力量の低い人で固める必要があると思います」
うん、実はベルタルダ伯爵夫人本人は大丈夫だったんだけど、護衛侍女さんの片方に、スキルが生えたんだよね。ただ、レンドール殿下同様の〈身体強化〉だったので、まあいいかで放置している。恐らく引き出されスキルだろうし、このスキルは地元民にも、少ないなりに持ってる人がいるっちゃいるので。地元民の所持スキルの結構上位に位置しているらしいのよね。
「魔力量で影響力が変わるのですか?」
「少なくとも現状観測している限りでは、魔力量と属性値の、恐らく総和がスキルの発現許容数に影響していると推定できるのです。ベルタルダ伯爵夫人は過去の事故でその辺りが減ってしまっているせいか、そこそこ長い時間を一緒に過ごし、仲も宜しいのにスキルの出る気配すらありませんから」
質問に、実例を挙げて説明すると、全員が納得顔になる。この中だとファルティア王女とレンドール殿下が、今後もスキルが生える可能性が高い。あくまでも称号を放置していたら、の話だけど。
マリエッタ王女本人に関しては、既にスキルが複数生えていて、成長途上の魔力量ではこれ以上のキャパはないよ!という感じだ。だからこそ周囲の親しい人にスキルを振りまく挙動になってるのだけども。
「あ、ではお母様にもスキル、出ているのかしら……?」
マリエッタ王女がそう懸念を表明する。
「昨日お伺いさせていただきましたけど、ヘンリエッタ様には特にお変わりはありませんでしたわ」
ブランデル神殿長様が証言してくれたので、そこらへんは安心かな?
そのまま神殿長様に確認したのだけど、念のため、ファルティア王女の母であるゼノビア夫人にもお会いして来ていて、そちらにも特に変なスキルや称号が増えたりはしていないそうだ。
ついでに、最近生まれたばかりのファルティア王女の妹に、セプティミアという名が付いた、という話もしてくれた。七番目の子供だからセプティミア?コシュネリク閣下も人数に入ってないかそれ?いや養子縁組はしていたんだからあってるあってる。
「では王女がたの件はこれにて一旦落着ですかしらね」
女神様が鷹揚そうな調子で述べる。
「わたくしの事が宙ぶらりんな気がいたしますが」
ミレーニエ王女が自らツッコミを入れている。流石度胸あるな?というか自分にも問題があるって自覚、あったのか。
「だって貴方は目標を変更する気はないのでしょう?外から説得するのは難しいですわよ。わたくしの強権を使う案件でもありませんもの」
外から、というのはあたしのことだろう。女神様の発言には本当に、ぐうの音も出ません。だってあたし自身、それはそれでアリなんじゃないの?なんて思ってしまっているのだし。
「それなのですけどね、実は私、暫く前に異世界人の方の著した本を読んだ結果、やりたいことがありまして」
おもむろに、ブランデル神殿長様が口を挟む。
「ほら、私って、神殿入りする前は男装役者だったでしょう。
私がそうしていたのは、あくまでも私自身の趣味と、需要のマッチングの結果でしたけれど、それを専門に、売りにする女性だけの劇団なんてのを、神殿プロデュースでやってみたいのですよね。なんていいましたっけ、ヅカとかいう俗称だったか愛称だったかの」
神殿が後押しすることで、健全な組織として喧伝できるんじゃないですかね、なんて述べる神殿長様。
この世界でも男女比率は女性にやや寄っているのが普通で、なおかつ女性が就けないのが普通な職業もいくつかある。代表的なのは軍人ね。後宮の護衛に女性兵士を編成するのは大半の国でやってるけど、それ以外の、特に外回りに顔が出る部隊には女性を入れないのが殆どの国での不文律だ。フラマリアとマイサラスだけは普通に女性兵士もそういう外回りにいるそうだけど。
あと属性の発現傾向の問題もあって、下水局や醸造系の、闇魔法を使う職は女性がまずいない。ヒト種または亜人種で、女性に闇属性が単発で出るのはドワーフ族くらいだからね……光属性の方は出る傾向に男女差はないらしいのにね。
そうなると、職にあぶれる率は最終的には女性の方がやや多くなる。専業主婦にだって、希望者全員がなれるわけでもないのだから。
結果として大抵の場合、女性の方が多い職場というのがどの国の都市部にも発達する。ハルマナート国だと服飾系各種、ヘッセンだと神殿付属の女声合唱団だったり、マッサイトだと薬草の調合師に女性が多いと聞いている。
田舎?農家にはあんま性別関係ないんでこの世界。漁村でも男は海に出るけど女は女でそれぞれ皆仕事してるらしいよ。漁網修繕とか料理屋さんとか畑仕事とか。あと漁船はほぼ男職場だけど、それ以外の客船や連絡船は女性が乗組員の事が結構多い。
あとは売春業なんてのもない訳じゃないけど、どの国でも公的機関が専売権を以て経営管理していて、実は職業としては高嶺の花の部類に入る、のがこの世界での常識だ。
究極にリスクが高い、身体を張ったお仕事だと認識されていて、生半可な見た目や性格では務まらない、とされているそうな。実際、年一回の選抜試験、とてつもなく厳しいらしいし。
で、今いるこの国だと女性の受け皿扱いになっているのは、主に劇団だった。ただ、オラルディ国の場合、劇団と銘打っておいて実態は非合法の売春派遣をやってました、みたいな連中が十数年に一回くらい摘発されるため、昨今では逆に女性が劇団の役者枠には就職しづらくなっているという。それで女性演者が少なくなりだしているのを気にしている、という話だったので、まあそこは納得だ。
「それでですね、ミレーニエ王女には、その新規の劇団の取りまとめ役、というか看板役をやっていただきたいんです。いえ、勿論最初は私の知己のベテランを業務補佐にお付けしますから、いきなり全部の仕事をやれというお話ではありませんよ?」
なんとまあ、神殿長様が既にプランを完璧に準備済みでした。あたしの出る幕ないよねこれ?
「ええっと……ああ、少女歌劇団、というものですか。確かにああいった路線を強調するのは、この国でも一定の評価は得られそうですね」
ヅカ、という単語自体に直接心当たりはなかったけど、シエラが読んでいた本の方に該当する記述があったので、あたしの世界でいう少女歌劇団というものだと判定して話に乗る。
後で確認したら、このヅカって単語、地名由来の略称だった。サーシャちゃん達が知ってたんだけどね。そりゃ翻訳起動してても判んないわ。
「……ああ、確か一度、書籍で目にした事がありますね。確かにあれを再現できるなら、おもしろそうではありますが……わたくしで、良いのでしょうか」
ミレーニエ王女はなおも慎重だけど、表情がだいぶんと前向きだ。恐らくこれならいずれ神殿長様の説得で折れてくれそう感。
「座長が元王女様、というのはなかなかない事ですから、立ち上げの話題作りにはもってこいじゃないでしょうかね」
ベルタルダ伯爵夫人がそう述べてふふ、と僅かに笑う。
ミレーニエ王女はこの五年程の第一王女とのかかわりのせいで、貴族層にはまあまあ受けが悪い事になっているのだけど、実際の所は庶民に延々噂される、って程じゃあないのよね。だからこそ、噂を吹き飛ばすような実績ができれば、その程度の悪評は吹き飛ぶだろう、というのが神殿長様の目論見だ。
そしてあたしの技能も、その方向でいいんじゃないかな、と判定している。劇はあんまり判らないけど、楽しそうではあるじゃない?
主人公がほぼ蚊帳の外で解決する第二王女案件。




