43.ヘッセン王族の噂。
シルマック君が妙なことになっている。
「もしかして、前からああ、ですか?」
やっぱり聞いておこう、と決めたので質問する。
「そうよー、十年近く前に、初対面で一目惚れして運命の人だって言って追い回した挙句に、当時友人づきあいしていた女性に対してまで無理難題やらかして、大騒動になったのよ。お陰であのカル君があのザマでーす」
流石に可哀そうだから、この話でカル君をつつくのはやめてあげてね、とサクシュカさんは付け加えた。
いや、流石にあたしもそこまでひどいことはしませんよ。切り札として覚えてはおきますけどね!
しかしそれにしてもだいたい五~七歳程度の頃にそれか。なんていうか、手ごわいな?いやまああたしには本来関係ないはずなんだけど。
そして最初にカルセスト王子の名が挙がっていた理由。まさかのヘッセン国からの御指名だった。ほぼ確実にあの王女かその関係者が手を回している感。
まあ実際には断固として拒否!という姿勢を崩さなかったカルセスト王子の粘り勝ちで、カルホウンさんが代役を務めることになったのだけど。
なるほど、王女にはこの人員変更が伝わっていなかったのね、きっと。
指定の日まであまり時間がなかったから、あえて連絡もろくざま取ってない感じだったからなあ。
余談だが、サクシュカさんはカルセスト王子の事をカル君と呼ぶ。カルホウンさんのことはホウ君と呼んでいる。限界まで略す主義のようね。
エンブロイズさんはフルで呼んでたけど、女王陛下の息子の中で一番年上組で、年齢が比較的近いからそうなっているそうで。
そして、彼女に略され切って呼ばれてる勢は、彼女の中では半人前扱いなんだそうだ。なるほどなー。
あ、でも一番下のイードさんはちゃん付けされてた気がするな……成人は迎えていたはずよね?イードさんって。
……ぴ。
小さな声と共に、後ろからあたしの肩にそっと顎を載せる野衾。
シルマック君は第二王女様が部屋に入ってくるのとほぼ同時に背中側に隠れちゃって、ずっと丸まってぴるぴるしていたのよね、可哀そうなことしちゃったかな。でもあの人の前で送還使うのもちょっとなんだかダメな気がしちゃって、というか、この子の送還は現状問題があるんで、そのままにしていたのよね。ごめんね。
「そういえば、その子連れて来ちゃったのね。流石に会見には連れていけないわよ?」
サクシュカさんに見とがめられました。まあそうですよねー、でもねえ。
「いや、実はこの子、もともとの塒が無くなったらしくて、送還してもあたしの肩の上に出てくるんですよ……」
そうなのだ。シルマック君ったら、いつの間にやら、あたしの肩の上を新しい塒に指定してしまったのよね。なので召喚しても、送還しても、あたしの肩の上に出てくる、という珍妙な事になってしまっているの。魔力の無駄遣い極まりないわね!
そんな状態なので、昼も夜も、ほぼ常時べったりあたしにくっついているシルマック君なのだ。ごはんの時は流石にあたしから離れて食べに行くけどね。
「何それ、そんな珍妙な話、聞いたことないわよ。カーラちゃん本人も規格外だけど、こんなちっちゃな召喚獣まで規格外なのね」
サクシュカさんはそう言ってころころ笑った。まあ笑うとこですよね、ええ。
幸い野衾は結構小さくなれるので、会見の時は小さく丸まってポケットに入っていて貰うことになりました。ハルマナート国で仕立ててもらった服にポケット付けておいてもらって正解だったわ……
カルホウンさんは更に警備関係者に捕まっていて遅くなるそうで、もうちょっと待たないといけないようだ。
まあさっきと違ってサクシュカさんはいるし、静かになったし、シルマック君も出てきてくれたし、軽くもふもふを愛でながらもう暫く待ちましょうかね。
そんなこんなで、カルホウンさんが戻ってきたのは、それからもう暫く経ってからだったのだけど。
なんだか、難しい顔をしているわね。
「ホウ君、何かあったの?」
カルホウンさんが扉を閉めたとたん、軽い調子で遮音結界を張ったサクシュカさんが尋ねている。
遮音結界はこの世界ではごく普通に使われている盗聴防止機構。賓客扱いなら使っても文句は言われないそうだ。
「うん、この後、王妃殿下との非公式な面会を提案されたんだが、女性だけで、というんだよ。聖女様もお呼びして一緒にお会いできるんだそうだけど、その聖女様の潔斎の都合で男性は同席してもらっては困る、と向こうが言い出してね」
理屈は一応通ってるから、断れなさそう、と付け加えるカルホウンさん。
《妙ですね。潔斎中ならむしろ神殿から出て来れないと思うんですが、どういうことでしょうね?》
シエラが訝し気に呟く。むぅ、トラブルの予感がしないでもない?
「潔斎、ねえ。ここしばらく大きな儀式の予定はないって聞いてるけど。だからこそ聖女様と面会もできるってことなんだし。ホウ君を見せたくないのかなー、まあイケメンの部類だし?」
サクシュカさんは俗っぽい方向で考えている模様。まあ俗っぽいというより、周囲の邪推を推測している、ともいう。
「聖女様ってこちらの王太子殿下とご婚約なさってるんでしたっけ」
確か事前資料にそんなことが書いてあった記憶があるので確認してみる。
「そうよ。この国の王太子殿下はまだ十五歳で未成年だから、仮の婚約だそうだけど、今既にとても仲が宜しいんだそうね。この国はうちと違って十七で成年だから、王太子殿下の成年祝いと正式なご婚約を同時にお祝いするって聞いてるわ」
これはあたしの読んでた資料にはない情報。急に呼ばれたから、資料がありあわせで、ちょっと古かったらしいので、順次サクシュカさん達に教えてもらう予定ではあるんだけど。
この世界の場合、各国で成年年齢は割とまちまち。ちなみにハルマナート国の場合、龍の王族に関しては成年はニ十歳で、この世界の人系種族で一番遅いそうだ。ハルマナート国の普通の人は十六歳だって。あたしたちのほうが寿命が長いからかなー、とはサクシュカさんの言だ。
龍の人たち、普通の人の五割増しから二倍近い寿命だって前に聞いたものね。
「現状仲が良いなら、それで問題ない気がするんだけどな」
首を傾げるカルホウンさん。前から思ってるんだけど、龍の王族の男性陣、割とオンナゴコロとか良く判ってない感がある人が多いような。あと、どういうわけか、未婚の人ばかりなのよね。
ええ、まさか、マグナスレイン様まで独身だとは思わなかったです。その弟のマルロー殿下だけは奥さんがいるそうだけど、子供はいないそうな。
「それでも心配は心配なんじゃないの。オヤゴコロってやつ?」
雑な物言いでその話を終わらせようとするサクシュカさん。
「親心、ですかねえあれは」
カルホウンさんのほうは、何やら懐疑的な表情になっている。
いや、懐疑的というより、何か嫌なものを見た系の顔だなこれは?
「何かあったんですか?」
単刀直入に聞いてみる。回りくどいことはめんどくさいので言わない。
「いや、あった、と断言できるようなことは何もないんだけどね。やたら値踏みされる視線を感じたような、そんな気がしただけさ」
カルホウンさんがそう言って肩をすくめる。まあ龍の王族の皆さん、揃いも揃ってイケメンだから、値踏みとまでは行かなくても、視線は集めがちなんだろうけど……
ちなみに、カルホウンさんが代役に立候補したのは、名前がちょっとだけ似てるから読み違えたことにすればいいよ、という大変雑な理由からでした。
いや招待状だか召喚状だかの文字、貴方たちみたいな悪筆じゃなかったから、それは無理があると思うよ?
末っ子は永遠に末っ子なので……(妹三人いるけど女子は多分後継者的意味でノーカンですね。