407.再会と初見の顔。
到着したら上陸なのです。
入港入国手続き自体は、航路報告の方が飛んでいるので特に問題なく終わった。海から見る王都アレガリムは、整然とした佇まい。うん、やっぱり屋根の角度と道路の交差角がきついねえ。
前回訪れた真冬と違って、人通りが結構多い。そして全体的になんか雰囲気が華やかだ。戴冠式の話で盛り上がってる感じなんだろうか?
【これは……雪が良く積もる土地なのだね?】
マルジンさんがきょろりと周囲を見回してそう言う。そういえばマルジンさんの元の世界の魔族の居住地って北方の大陸だと言っていたから、積雪にもなじみがあるのかしら。
「そうですよ聖獣様。流石に海に面していますから、山間部程は積もりませんが、前の冬も異国人の凍死者が、春になってから雪の下から出たりしましたねえ」
手続きをしてくれていた係員さんが答えてくれる。異国人……ああ、ライゼル勢の『行き倒れ』か。市井の噂にまでなっているのは想定外。
港には既に他国の軍船が二隻ほど係留されている。青とグレーで迷彩柄に塗られているのはフラマリアだろうけど、木の色を強調したガレオン風のカッコイイ船はどこだろう?ヘッセンで見た覚えはないから、ひょっとしてオラルディかしら?
「……ところで其方、今回は龍の子の誰かと同行する予定ではなかったのかね?」
ランディさんが突然何やら言い出し……あれ????そういえば、そうよね?ペンギン騒動で頭からすっぽ抜けてたけど……???あ、いや、そうじゃない。予定の方が変わったからこれでいいのよ。
「ああほら、流石にオプティマル号だと非常時ならともかく、通常時に王族を乗せるには格が足りないし、王族御一行と同行だとうちの子達が立場が足りないからって、別行動になったんですよ。確かあちらはこれより大きい客船一隻チャーターしてくるはずです。あたし的には誰が来るかを聞いてないだけですね」
この手の行事だと大体サクシュカさんが来る事が多いらしいんだけど、今回は二十人兄弟の誰かが来る事になっているはずだ。速攻でお断りの手紙を書いてたイードさん以外、ね。
「そう言われてみればそうか。功労船ではあるが、所詮中古を改装した民間船だし、居住性は悪くないが、その分定員が足りないのも確かだったな」
ランディさんも納得の顔になる。そういやこの話は王城でしていたから、ランディさんは聞いてないんだったね……あたしも最初にデスヨネーって思っちゃったもんで、ちょっと聞き流してたけど……
「こんにちは、カーラ嬢!お久しぶりです」
そこに、派手なガレオン船の方から声がしたので見上げる。手を振っているのはコシュネリク閣下、なるほどやっぱりオラルディの船ですか。隣には見知らぬ若い、閣下よりも色の濃い金髪の襟足近辺を短く刈り込んだ、ええとツーブロックって言うのかな?そんな髪型の男性。こちらもにこやかにしてはいるけど特にリアクションはない。チェリク君は二人の後ろに、別の壮年の男性と一緒に立っている。
「はいお久しぶりです!お元気そうでなによりです」
そう声を張り上げて、こちらも手を振る。如何せんあちらはまだ船上の人なので、それ以上のリアクションはこちらにもできない。
程なくしてあたし達の少し前に入港したばかりだったというオラルディ国の一行も入港入国手続きを終えて、下船してきたので改めてご挨拶に伺う。
「はじめまして、お、いや私は、アンセル・クローテル・フィレセル、現在は辺境伯の長子だ」
俺、と言いかけて言葉遣いを無理やり直しながら名乗ってくれたのは、なるほど次期王太子殿下になる方、但しオラルディ国もまだ王家交代は済んでいないから、現状ではフィレセル辺境伯家の跡継ぎ様か。辺境伯家の方は皆さん軍人だと聞いているから、軍での言葉遣いがそんな感じなのを、新たに加えられる肩書に相応しく直している途中、といったところかな。
この世界の言語、もともと一人称は男性形の我と女性形の妾の二つだけ、だったらしいんだけど、異世界人たちが色々好き勝手に言葉をも持ち込んだ結果、移入されたオレとか私とか、普通にいろんな言語のいろんな単語が混在するカオスになっている。ランディさんが使う我、が一番古い語形だそうだけど。
一応男性っぽい言い回しとか女性っぽい言い回し、みたいに使い分けもされているよ。サーシャちゃんが日本語多くね?と勉強中に言っていたけど、彼女が言う日本人タイプの被召喚者が一番多かったらしいってのと、多分言語的にも一人称の使い分けが特に多い言語がそれで、それが、特に文章、小説を書くのに便利そうに映ったせいだと思うよ。つまりだいたいラノベのせいだ!
この世界の基盤言語に関しては、貴族的な言い回し、というのはなかったらしく、これも異世界人の影響もあるという、やや回りくどい表現とか雅語という特殊な言い回しを使うことでそれらしく振る舞う仕様が定着している。あとはこれも尊大モードのランディさんが使ってる古語寄りの発音とかかな。古い発音は学ばないと身に付かない、つまり教養の証だという事らしいから。
余談だけどゴブリンさん達の言葉が訛ってる感じに聞こえるのは、発声器官の僅かな違いから出る音の揺らぎがあたし達の耳には訛りとして認識されるからだそうだ。ハイオークになると自動的に訛らなくなるんだって。
なので、村を出ないタイプのオークさんはハイオークを目指そうとしない。言葉の一体感がなくなるのが嫌だから、という話だった。
なるほど、ケンテンのお宿の先代さんのお相手が自種族で見つからないはずだ。ゴブリンさんからオークさんになるのが三百人に一人くらいの確率で、そこはまあ寿命が短く出生数が極度に多いゴブリンさんの母数が多いからそんなもんかな、なんだけど、そこからハイオークを『目指す』人が百人に一人もいないんじゃ、無理がある。
そう、目指してもなれるとは限らないのよ、自己進化って。この世界の自己進化持ちで、百パーセント進化できるのなんてワイマヌくらいだそうですよ、ランディさんによれば。
「はじめまして、フィレセル閣下。ご挨拶頂き恐縮です。ハルマナート国の従軍治癒師、カーラと申します」
言語に関する脳内考察は置いておいて、取りあえず最大限の丁寧と、でもまだ殿下ではないので閣下として呼ぶ事で立場は把握してますと挨拶で表明してみる。回りくどいけどオラルディ式に合わせるべきところなのよねえ、一応。
目上の人間が先に話すのはこの世界全体の基本ルールみたいなものだ。まああたしや三人組はまだそこらへんぶっ飛ばしてもいいルール内にはいるけどね。
「先日は召喚師ランディ様共々、我等が国家の難事にご対応いただき、真に感謝を申し上げる。お陰様で、この歳になってから学ばねばならんことが急に増えましたが、魔物対応しかやることがなかった頃を思えばこれもまたアリ、天馬の騎士というよき師、よき手本もおることですし」
言葉遣いが所々怪しくなりつつも、長文を頑張って述べているのがなんかかわいく感じてしまうけど、彼二十五歳の立派な大人だからね、あたし自重。
「私などいまだ非才の身、畏れ多い事ですが、新しき道への手助けができればと」
コシュネリク閣下の方は控えめに意見を述べるにとどまる。ってかコシュネリク閣下ってフィレセルの若様より年下ですよね確か……ああ、だから控えめにならざるを得ないのか。
そんな感じで御挨拶は特に波風もなく穏当に終了した。特に他の人を紹介しろとも言われなかったし。ただコシュネリク閣下からこっそり、後でうちの戴冠式の招待状も行きます、という予告はされた。うん、そこは想定内だから平気、のはず。
「俺ら完全に蚊帳の外モードだったが、説明ぷりーず?」
彼らが立ち去って声が聞こえない範囲になったところで、サーシャちゃんからの要求。
「君たちも知ってる方のコシュネリク閣下はオラルディ国の今の王家の血筋の方だけど、今は臣籍でイェールス侯爵閣下、で、天馬と契約している騎士ね。
もうひとりのフィレセルの若様は今は辺境伯家のご長子だけど、秋口にあの国も王家が替わるから、その時に新王太子殿下になる方よ。この人はあたしも初対面だったから、それ以上は知らないけど」
コシュネリク閣下の出自については少しぼやかしておく。流石にあの醜聞は、他の人が知っていていい事じゃないからね。
「王家の入れ替えってそんな頻繁に起こる事なのか?」
眉を寄せてそう訊いてくるタイセイ君。いやまあ気持ちはわかるしあたしもそう思うけど。
「我が生まれるより前に、大規模な疫病が流行って二家ほど断絶しかかった時以来だよ、二国も同じ年に易姓されるなど」
あたしが答える前にランディさんが解説してくれた。さす真龍。
でもあたしがこの世界に来てからの、せいぜい一年半程度で易姓二国、譲位一国、譲位確定一国は確かに多いなあ……いやほっといたら纏めて断絶からの大混乱案件だったはずだから、この世界は割とガチめのピンチに陥ってたってことではあるのよね、こわいこわい。
人間の使う言語が一種類しかないので何語、という言語に対する名称がないままの世界。国語、と言おうにもどの国の言語でもあることだし。
オプティマル号、王族が緊急事態で乗った実績自体はあるんだけどねー。




