387.告解と裁定。
王の話は続く。
「我とコルネリオしか男子が居ない以上、この国の王位はどちらかしか継ぐ事は出来ない。しかし、コルネリオはその時にはイェーラを奪われた怒りで、父に絶縁状を突き付けてしまっていた。王位を継げるのは、我しか居なかった。そう、この時に我が王家は詰んでしまったのだよ」
父に絶縁状を突きつけ、王籍離脱はしてしまったものの、コルネリオ元王子とレナール三世は元々とても仲が良い兄弟だった。
そして、イェーラ嬢の案件で相談を受けたりした結果、レナール三世とも仕事をするようになっていた、彼女の父である呪術師が、とある呪術を応用する事を思いついた。
これが例の『男児が生まれなくなる呪い』だ。
術式は改変され、二つのアクセサリの石に封入され、起動された。服のいくつかにはそれを制御する補助の術式も、これはコルネリオ元王子の知識によって追加された。服なのは、普段から術式丸見えなのはまずいから、という割とシンプルな理由だった。なるほど、効果を弱める事による隠蔽が主目的だったのね。それでも神殿からは距離を置くようにせざるを得なかったようだけれど。
ともあれ、そうやって発動したのが、『異変のある男児だった場合、産まれる前に流れる』という、呪いとも救いとも言い難い術式だったというわけだ。
その結果はといえば……その後生まれた子供たち全員が、健康な女性だったうえに、流産はゼロ。術式にどれ程の効果があったのかは、最早謎だ。
せめて王家の血だけでも繋ぎたかったらしいコルネリオ元王子だけど、彼も正妃との間に生まれたのは女の子だったし、もう一人、と思っている間に流行り病に罹って、父ロベール四世の死の翌日、彼も死んでしまった。
で、問題は此処で致命的な事態に至る。ロベール四世が、その身勝手かつ自己中心的な性格を死してなお発揮し、生まれて一年になるかならずかの、結局女子として扱うことになったアミーユ王女に取り憑いてしまったのだ。
レナール三世の言葉ではアミーユ王女の魂自体が元々脆い、という評価だったけど、自意識の弱い乳幼児の時点で取り憑かれた場合、元の魂の強度とは関係なく、亡霊側の影響は極めて大きくなる。
むしろ、最終的に魔物化するまでに二十年掛かっている時点で、アミーユ王女の魂って普通程度の強度だった気はするんだけども、その辺は感覚、いや視点の違いかなあ。イーライア妃の場合は厳密には生霊だったけど、完全に自分と生霊が同じ存在だと思い込まされていたもんね。そっちの方が魂の強度という観点では微妙だった気がする。
ただ、アミーユ王女本人の人格は殆ど発達しないままだったらしい。余計な才能でもあったものか、ロベール四世が極早い段階で、ほぼ完全に王女の身体を乗っ取ってしまったからだ。
そうそう、イェーラ嬢の父である呪術師は、イーライア妃に憑いていた生霊、例の邪悪な魂さん対策が晩年の主な仕事だったらしい。相手が死霊扱いじゃないせいで、かなり苦心しても、結果が捗々しくなかったようだけど。まあアレ、魂そのものの強度が異世界由来なせいで異様に強いのに歪みきっていて、討伐が選択できない時点でどうにもならなかったのは、直接退治したあたしにも理解できる。それでもある程度、社会の迷惑にならない程度の誘導制御はできていたらしいから、相当いい腕をしていたようね。
ほぼ同時期に死んだ前王ロベール四世とコルネリオ元王子だけど、前者は速攻でアミーユ王女の乗っ取りを試み成功してしまい、後者は死霊術師としての能力を全力で己に使い、死者と生者の中間くらいの存在として、自らの安定の為の依代を兄レナール三世に定めた。これは呪術が掛かっている、という要素が、依代としてギリギリ成立する条件になっていたのと、本人同士の同意があったからだ。
無論その理由は、死してなお影響力を保持しようとして、孫を容赦なく犠牲にしたロベール四世対策だ。彼が大人しく世を去っていれば、ハナからこんな無茶はしない、とレナール三世は言い、背後のコルネリオ元王子も頷いていた。
かくして、オラルディ王家は亡霊と幽霊と生霊があっちこっちに取り憑くという、結構な大惨事になった。表面的にはそうは見えなかった(一番問題のあったロベール四世の取り憑いたのが当初はなんのリアクションもできない赤子だったからね、流石に赤ん坊の口を使って喋るとかは物理的に無理だったらしい)らしいけど、だからこそ真っ先に祓われては困る、と、王たちは神殿から遠ざかった。
イーライア妃に関しては、本当は彼女を国外に出す予定ではなかったそうなのだけど、彼女の上の姉が早世してしまって、ヘッセン国から婚姻の打診があった時点で、他に王女が居なかったために、やむなく送り出したのだという。生霊が強力だったうえに、ライゼル勢に目を付けられていたから、本当は断りたかったのだそうだけど、国際情勢的にそれも難しかったと。
そうこうしているうちに、イェーラ嬢はコシュネリク殿下を産んだ訳だけれど。
当然のように、ロベール四世は、より血が近く健全であるそちらを乗っ取ろうと画策した。ただ、イェーラ嬢は彼女の父共々、命を懸けてそれを阻止した。これが彼女の死の、本当の真相であるらしい。
「彼女には本当に悪いことをしてしまった。産まれた子を殆ど抱く事さえできず、亡霊との戦いで魔力や属性力の大半と自由を失い、子の認知も偽証にあたるために我ではできず……」
ん????あれ?イェーラ嬢、自由を失い?って??死んだんじゃ、ないの?
思いっきりガン見してしまったらしい。王が、溜息をついた。
「表向きには死んだことにして戸籍を消し、運悪くも丁度同じ時期に、宿下がり中に落獣事故で死んだ子爵家の娘の身代わりとして、我が手元に置いたのだ。子爵家側も、娘の筆頭愛妾の地位が惜しかったようで、喜んでとまではいかぬが、素直に協力してくれたよ。
事件の後遺症で、すっかり身体の自由が利かなくなっていたから、後宮で静かに暮らせるならば、それが一番マシに思えたのでな……其方も会ったろう?今はベルタルダと名乗っておる、彼女がそうだ」
……マジか、コシュネリク殿下の実母だったのか、ベルタルダ伯爵夫人!あたしの目ん玉ガチのフシアナ!?全然気が付いて!!なかった!!!
《隠蔽が強力でしたね……第三者が真相を知るまで解けないタイプの術式だったようです》
あとで聞いたら彼女の父が自分の方はもう助からないし、と、命丸ごと使って掛けた、対ロベール四世を意図した隠蔽だったそうだ。成程、魂レベルの対価の呪術なら、強力さは折り紙付きだろう。
「実際には、後宮の取り仕切りも、十二分にできる人であったのは予想外だったがね。たとえ子と引き離されていても、母というものは強いのだと、思い知った」
父親は襲撃時に死に至る呪詛を受け、娘に隠蔽を施してそのまま死んだ。金を掴まされて偽証したことになっているのは、実際にはイェーラ嬢の兄にあたる人で、この人とその家族も、呪術師として服従を求めてきたライゼル勢と争って、全滅した。カバーストーリーで犯人役だった自称婚約者が、正にライゼル勢の一人であったそうな。
そして一連の全ては、芋づる式に事態が明るみに出るのを防ぐため、身分違いの恋愛に関わる親子の悲劇としてのカバーストーリーをもって、隠蔽された。
コシュネリク殿下は王宮に、というよりアミーユ王女を意のままに操るロベール四世の亡霊の影響範囲には到底置いておけないので、小芝居と共に、前公爵閣下に預けられたという訳だ。
「其方達が、諸悪の根源たる父を討伐してくれた故、我等も現状を維持する必要はなくなった。属性の偏りを解消し次第、弟は天に還る。それまで、そっとしておいてくれぬか。その間に、神殿とも協議して、次の王家を定めねばならぬしな。我が家系は、それ自体が恐らくもう限界なのであろうから」
コシュネリクが王位を望むならそれでもいいが、恐らくそうはしないだろうしなあ、と王は述べる。そこはあたしも同感だ。多分彼は、建国伝説の天馬の騎士コシュネリクと同じように、次代の王に仕え、護る道を選ぶ、そんな気がしている。きっと、天馬との契約自体が、その為なのだから。
「長いお話を、有難うございました。裁定者として宣言します。貴方がたの行為とその決断に異を挟むことはありません」
やり方はさておき、彼らは国と弟と子供たちを守ろうとしただけなのだから。まあ子供たちにちょっと辛く当たりすぎな気もするけど、どうもこれもアミーユ王女(を乗っ取ったロベール四世)の目を逸らすのが主目的であったようなのよ。嫉妬深い加虐性我儘爺とか、始末の悪い。犠牲者が結構出てしまったとはいえ、滅んでくれてよかったね、だ。
あたしが裁定者として、と話したところで一人と一体の表情が、一瞬だけ驚愕に変わる。そうね、その件は名乗りに入れてなかったしね。こっちもどうせ情報は得ているんだろうと思って省略しちゃってたし。
そして、一拍置いてから、王は頭を下げた。背後のコルネリオ元王子の幽霊の方は、騎士の礼を取ってくれた。つまり、裁定は受け入れられた。まあこれといって裁くべき事案もなかったんで、只の現状維持ですけどね!後は自然解消待ちです!
さて、後は帰るだけなんだけど……この場合何処に戻ればいいのかな?神殿?
役者の国なんですよ……




