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Side:悪役の1 ライゼル国の場合

身も蓋もないタイトルですが悪役側回。時系列としては3話あたり。

「愚か者めが!!首を打ち落としただと!?そのような指示を何時誰が出したというのだ!」

 豪奢に飾り立てられた聖堂に、音量こそ控えめではあるが、怒りに満ちた叱責の声が響く。


 怒りを露に、報告を齎した部下を睨みつけているのは、滝のように流れ波打つ長い金髪も華やかな、この国の最高神官、ライゼリオン神の巫覡にして現国王、ヴァンゲリナス・サルカンド・ライゼリア。一見二十代前半に見える彼だが、王位に就いて既に四十年近く経つという。

 この国で唯一王たる最高神官にのみ許された、純白の絹に金糸の刺繍が施された壮麗な法衣が、些か乱暴な所作につられてふわりと舞う。


 平伏してその怒りを悄然と受ける部下は、神官の衣装ではなく、目元以外を全て覆い隠す黒衣。裏の仕事を生業とするものであり、本来ならこの聖堂に立ち入る資格がないとされる者であるのだが。その実は、王直属の部下の一人であり、良からぬ仕事を取りまとめ、時には自らこなす者だ。


「いいえ、断じて陛下におかれましてはそのような御指示は出されておりませぬ。王の御意向のままに、指示を与えたまでは間違いございません。ですが、地元の小役人共が余計な勘繰りを致しまして」

 この者自身は、きちんと王命通り、処刑する折には絞首で、と指定していたのだ。だというのに、刑場を用意させた小役人共が、魔女の処刑に絞首では殺しきれぬ、そんな恐ろしい手違いがあってはいかん、と、勝手に凄腕と評判の首切り役人を指名してしまったのだ。


「そのうつけ共の首は落としたのであろうな」

 怒り冷めやらぬ様子で訊ねる王。


「そちらは、滞りなく。首切り役人のほうに咎は無き故、そやつに斬らせました」

 黒衣の男の返答に、無言で頷く王だが、その表情はいまだ険しい。


「首と胴が泣き別れでは、死霊術師共の手には負えぬ。繋ぎ合わせ氷に封じて体裁だけは整えはしたが……忌々しい」

 ぎりり、と唇を嚙みしめるように呟く王。

 死霊術は死体に仮初の魂のようなものを寄り憑かせ操る禁術であるが、身体に欠けがあると途端に操作が困難になる。

 ましてや、首無し死体など、まともに動かすことすらできない。

 やむなく回収した死体の首を縫い繋がせ布飾りで首を隠し、化粧で生きているかのように偽装し、氷に封じて当面は呪いを受けたことにして保管している。やけに髪が短く、病み衰えてこそいたが、僅かに化粧を施しただけでも、随分と美しい女であったものを。それすらも今はただ、忌々しいばかり。



 そもそも、数百年の間安易に、容易に繰り返されてきた異世界召喚が失敗した、というのがケチの付き始めではあるのだ。

 ライゼリオン神を万能の唯一神、ただ一柱の創世神の後継者として喧伝している現状で、この失敗は決して、断じて表沙汰にすることはできない。

 かといって、異世界召喚を行うことは事前に告知されており、召喚された者はこの手元に居なくてはならない。

 否、召喚そのものは成功していたのだ。ただ、想定してもいなかったエラーが積み重なり、召喚された者を召喚陣から弾きだしてしまっただけで。

 そして、エラーを解析した結果が、現地の、但し他国の小貴族の娘の身体と、召喚された者の身体が入れ替わったという事実。

 貴族の娘の身体の行方は、あまりに遠い、とだけ判明したものの、実質不明のままだったが、召喚された者の身体の在処のほうは、隣国の、国境にほど近い辺りだったこともあり、境界神の隙を突いて拉致することに成功はしたのだが……その状態が予想外に悪く、明日をも知れぬ命だという結果。

 なれば面倒な現地人の魂ごとさっさと殺害し、死霊術で暫くの間、それらしく傀儡にすればよかろう、と指示したのだが……

 愚民共に見せつける為の魔女の処刑、などというついでのようにこじつけた理由なぞ挟むべきではなかったというのか。

 かといって、全く何の理由もなくある日突然人を処刑する、ということも、流石にできない。それは委縮ならまだしも、廻り巡って反抗を生むからだ。


 此度の召喚は、まったくもって全てが、噛み合わぬ。


 苛立ちの表情をそのままに、聖堂を後にした王は、その神殿の最奥へと向かう。

 厳重に封じられ、王以外の何人たりとも立ち入ることを許されぬ、守護神の領域へ、封印も扉もするりとすり抜けた王。


 そうして入り込んだ先に鎮座するは、神の玉座。ライゼリオン神が座すべきその玉座に、どかりと腰かける、人の王、神の巫覡でしかないはずの者。


 座した場所から、遥か地下深くをその玉座の機能で眺めやる王。


 そこに在りしは、堕ちた神。瘴気に半ば食われたかのように、かつては光輝き、美しかった姿に黒々とした汚濁を纏う、ライゼリオン神であったもの。

 最早それは神とは呼べず、だがそれでも神格を維持し続けているのは、制圧した国の守護神共を食わせた結果ではあるのだが。

 絶対数が足りず、守護聖獣共も食わせたせいで、人型の姿すら失いつつある、最早キマイラとすら言い難い、名状しがたい何かになり果てた、神の残骸。


「もうだめか。どうにも狂うのが早いことよ」

 意味をなさぬ言葉のような怨嗟の声をあげるライゼリオン神であったもの。最低限の人型のカタチを維持するために、取り合えず人族あたりの魂を詰め込むのが良いようだ、と、試行錯誤の末、異世界から召喚された者の魂を封じ込めることが一番維持時間が伸びることが判ったのはよいのだが、どうしても、瘴気に汚染されるせいか、それなりの時間で魂そのものが完全に壊れてしまう。


 次の召喚儀式が可能になるまで、今しばらくかかる。いかなライゼル国が併合した各国の召喚権を奪い、他国の数倍の召喚回数を重ねることができるとはいえ、異世界からのそれには、神ならぬ身が行うには触媒と供物が必須、そして、どれだけ急いだとしても、半年に一回の実行ができるかどうか。

 実際には触媒の調達に手間が掛かるが故に、数年に一回程度が実質の限界となっている。

 供物のほうは、制圧した国から適当に奪ってくればよいのだが。


 それまでの繋ぎにできる者が、まだいたろうか、無駄に数のいた元王族共も随分と使い潰してしまい、数を減らしたものだが。

 下賤の者に触れるのも面倒で、この体に子を作らせなかったのは失敗だったろうか。

 王の形をした者は考える。自らの腐りかけた身体を捨て、優秀な巫覡であった王の身体を乗っ取り幾年月。

 堕ちて崩れかけた身体を一番長く維持していたのは、この王の魂であったのだが。

 本体を朽ちるままに任せてしまうと、自らの存在が危うい故、あらゆる手段で維持を試みてはいるのだ。


 今の王は、最早人ではなく、かといって乗っ取ったものも既に神ではなく。

 己が生存の為だけに永劫に贄を求め、それを当然の事とする、歪んだ存在。



 否、そもそも、ライゼリオン神、かれ自体が既に本来のそれではなかったのだ。

 創世神の御座が荒れ、姿を消したその時、異変を察し、真っ先に駆け付けたライゼリオン神を乗っ取り、その神格を喰らったのは。


「本来の身体でないのが、まっこと面倒なことよ。真の我が身があれば、例えばあのいけ好かない蛤女の所からでもリソースを奪い取ってくればどうにかなるものを……」

 だが、最早その真の我が身なぞ、何処にも存在しないのだ。

 人の眼も、自らの配下たるべき神々の眼も届かぬ場所で、かつて創世神であったはずの者は、ただ歯噛みする。

 ライゼリオンを乗っ取った後、自らの汚染された本体の姿を見るのも厭わしいと放置していたのが、そもそもの失敗。浸食されきり、朽ち果てた本体の喪失と共に、創世神としての権能を喪い、それでも辛うじてライゼリオンの権能だけは残ったが故の、今の状況。

 そのライゼリオンの身体も、気付けば汚染され、存続も怪しい有様になり果てて、随分と経つのだが。


 それでも彼は認めない。この瘴気を生み出しているモノが、最早彼自身の、その存在、そのものの歪みであることを。

今作の悪役は前作みたいな転向は絶対しません。そこだけは間違いない。

次回はサンファン。

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