4.神様との初遭遇。
美女っていいよね。
なんだろう、この真っ白い場所。
あたしはもともとの、良く言えばモデル体型、ぶっちゃけちゃえば、痩せっぽちののっぽ姿で、ぽけっと浮かんでいる。
これあれか、本来の身体が死んだから、死んじゃったのかしら。
《なんて寝言おっしゃってるの、あなたの方はまだ生きていてよ!》
知らない少女、いや、この声は知っている。さっきまで、自分だと思っていた耳で聞いていたわ。
声のした、と思った方をみたら、いた。亜麻色の髪の乙女。ぷんすこ、といった表情で、仁王立ち。
あなたは、ということは、あたしの身体は、やっぱり死んじゃったのか。
《そうよ、幸いというか運悪くというか、処刑人に腕のいい輩を引き当てたようで、すっぱり一瞬で済みましたけどね!
でも、どうしてあなたと私の身体が入れ替わってしまったのか位は、知っておきたくて。ちょっと死ぬ寸前に小細工をしたのよ、刑場が見えたでしょう?辛うじてまだ繋がってる感じが残っていたから、なんとか上手くいきましたわね》
それで、この真っ白い場所か。
《あ、いえ、これは別件。あなたと合流したところで、誰かに引っ張り出されましたの。まあこんなことができるなんて、ヒトではないでしょうけれど》
美少女の言葉と共に、ずん、と重たい空気感。いやこれ空気じゃないな。なんだ。
《う、何て、強い、神気。大物……ってこれは》
なるほど、これが神気。初体験だわね。彼女はなにか心当たりがあるようだけれど。
〈うむ。大物と呼んでくれて構わぬぞ。そちらを呼びつけたのは、我じゃ。我が名はメリエンカーラ、境界を司るもの〉
声と共に現れたのは、長く艶やかな黒髪と褐色の肌の、これがまたボンキュッボンな美女。薄物の衣装にあでやかな黄金の装飾。あら、さっき考えた名前と、ちょっと被ってる。
〈それは我の影響じゃの。もともと、その娘が、我の巫女候補であった故〉
女神様出現と同時に拝礼する美少女を指して女神様。
《候補のまま、不覚にも邪術に巻き込まれ、このようなお目見えになったこと、お許しください、メリエン様》
〈よい、そちのせいではない、顔を上げよ、今は畏まらずともよい。これは不可避の事故じゃ。
だが、ライゼリオンの所のうつけどもには、いずれそちらの分も、目にもの見せてくれようぞ〉
そんな挨拶?が済んでから、手短に、といいつつ色々話を聞いた。
美少女ちゃんは、名をアルシエラといって、もともとメリエンカーラ様の巫女になるべく修行中の、小貴族の娘さんだったそうだ。
メリエンカーラ様は、ライゼル国の隣国で、ひっそり崇拝されている、力の割に微妙に知名度の低い女神様。
物騒なライゼル国を抑えることに手一杯で、自国はともかく、他国に信者を増やすとかいう暇がなかったそうで。
で、今回のあたしの召喚は、やっぱりライゼル国によるもので。あたしの死にかけの身体の代わりに目を付けられたのが、アルシエラちゃんの身体。
運悪く、修行の一環で彼女が国境近くにいたのをいいことに、隣国に無理やり魔法の手を伸ばして、あたしと入れ替え、ついでに魔女の汚名まで着せて、そっちも攫っていったそうだ。
結果、ライゼル国の片隅であたしの身体とアルシエラちゃんは魔女呼ばわりされて処刑の憂き目に。
〈我が国の中でなら、助けようもあったのじゃが、奴ら初めからそちの身体を殺すつもりであったのだろう、気付いた時には結界を一点突破されてしもうた〉
悔し気な神様。
でもなんでそんなことを?単に証拠隠滅ってわけでもないよね。あと、あたしが落ちてきてから、処刑までが早すぎるような。
《私が別人になったのはおとといの夜中でしてよ。捕らえられたのは昨日の朝。で、処刑はついさっきだけれど》
え?あたしが落ちてきたの、今日よ?
〈なんと?いや、そもそも召喚魔法で、空を飛べるわけでもない、大きくもないものが宙から落ちてくるというのがイレギュラーじゃな。エラーとイレギュラーで、時間に何らかの齟齬が発生したのであろうが、面妖な〉
確かに、しつこくエラー宣言されていたわね。
〈処刑に関しては、恐らく、死体を傀儡として使うのじゃろう。あの国には、少ないが死霊術師がおる。召喚された本人としては使えぬが、召喚の失敗を取り繕うくらいはできようぞ。
……首を落としたというのが、やや解せぬが。動かしづらくなるだろうに〉
それも気になるけど、そもそもあたしなんで召喚されたの。普通の人間ですが?魔力が多いらしいけど、それだって召喚の時に何かが変換された、いわば後付けだし。
〈【書庫と知識の保全魔法】が掛けられておる。異界の知識を懲りもせず求めておるのだ、あやつらは。もう何の役にもたつまいに。だが、確かにその魔力量は尋常ではないな。ライゼルはおろか、他国の者にも目を付けられそうじゃ〉
《そうですよね、何百年も、複数の国があっちこっちから色んな人を召喚していて、この世界で再現できる技術なんて、だいたい網羅してしまっているから、別にもう要らないよね、ってうちの家族も良く言っていましたわ。
それにしても、彼女の魔力が多いの、気のせいじゃなかったのですね。おかげで、繋がりを辿りやすかったけれど》
アルシエラちゃんが相槌を打つ。
うわあ。まさかの、知識チートなのに、肝心の知識が役立たず?んで、言われたから一応知ってたけど、やっぱ魔力多すぎ?
いや、そもそもあたし、元々一般生活に役立つ知識なんざ、大して……いや、なんか変だな?今頭に浮かんだ、知識一覧、とかなんだこれは。
〈そなたに掛けられた魔法は、それまでに見聞した資料全てが記録として整理され、いつでも閲覧でき、かつ記録されたものは二度と失われない、そういうものだ。記憶は対象外故、そちらは徐々に忘れていくこともあろうが〉
《……ねえメリエン様、私の持っている、この世界の知識もあげられないかしら?巻き込まれただけで、ただ死ぬなんて、悔しいもの》
女神さまの解説に、ぽつりと、アルシエラちゃんが呟く。
〈そうじゃな……知識だけを与えるのは無理じゃが、知識書庫の番人として共にある、のなら、どうにかいけそうじゃ〉
それ以外は、女神さまの権能から大幅に外れるから、無理だという。
《判りました。では、それで。人ではなくなるってことですから、前の名は捨てないといけないけど、全部無くすのは嫌だから、シエラで》
即決するアルシエラ、いえ、シエラちゃん。
〈そなたは?構わぬか?このやり方だと、我の巫女の任もいずれ受けてもらうことになってしまうが〉
当然、受け入れます。だって、今のあたしは、あたしであって、あたしじゃない。
それなら、いっそ、新しいものになってみせましょう。名前を喪った異界の女ではなく、この世界にある、カーラとして。
〈了承であるな。では、決まりだ。我が巫女にするには修行が足りぬが、いつか条件を満たす日が来たならば、メリサイト国を訊ねるが良い。我は、そこに居るでな〉
判りました。いつか、必ず。
《よろしくね、カーラ》
ええ、よろしくね、シエラちゃん。
魔力は一時的にメリエンカーラ様が半分くらい封印してくれるそうだ。境界の権能には、封印や結界などが内包されている、そうだ。
全部じゃない理由?魔力が全くないと不便な世界だから、だって。
修行すれば、あたしもそういう魔法を覚える可能性はあるそうだから、頑張ろう。
自分のものになった身体に戻った実感と共に、目を開く。
あら、男女ふたりのびっくりした顔。
あたしは、まだ椅子に座ったままだけど、肩に置かれていた二人の手はひっこめられている。
「そなた、カーラでよいのか?」
不思議なことをハイウィンさんが、おそるおそるといった声で訊ねてくる。
「はい、カーラですよ。さっき決めたじゃありませんか」
するりと出てくる声は、先ほどまでと変わらない、アルシエラのものだ。
「いや、君、突然髪が、ほら」
イードさんが手鏡を向けてくる。
そこに映ったあたしは、髪だけが綺麗に真っ黒になっていた。あとは、変わっていないけれど。
「あー。なんでかしらね。でも、この方が少しだけ、もとのあたしに近いのよ」
そういえば、あたしの世界の、南方のどこかの言葉で、カーラには黒って意味があったような気もするわ。メリエンカーラ様も黒髪だし。
《あなたの世界の物語に、大黒、マハーカーラという方がいらっしゃるそうだから、これかしらね、男性神だけど》
脳裡に響く、シエラちゃんの優しい声。無機質な検索リザルトより、この方がいいわ。悪い事の結果だけど、有難いわ。
《でもあなたの世界、不思議ね。物語以外に神様の痕跡が全然ないのね……》
そういえばそうね。古い宗教、大昔の王政崩壊連鎖と同時期に、何故か纏めてなくなっちゃったらしいからね、あたしのいた世界。
ハイウィンさんが、ふんふんと鼻を鳴らす。
「……なんぞの神格の残り香があるな。成程、これはそういうものと受け取っておくだけにすべきか。神々の所業であり、そなたが受け入れているのであれば、我らがとやかく言うことではるまい」
イードさんは、無言で頷いている。あれ、さっきまでと微妙に態度が違うわね。何故かしら。
態度が違う?そりゃあ神様の気配なんてすれば、ね。