355.我が子の骨。
サブタイでお気づきの方もいると思いますがやや陰惨な話になります。
公式日程を全て終えた団体さんとは一旦別れ、三人組とアンダル氏だけ連れて、王都に一つだけある、入院設備のある病院を訪れる。カスミさんも平然と化身で同行してる。いつも通りだ。
場所が病院ということで、幻獣聖獣は入れてもいいのか判らなかったので、今回はマルジンさんにも化身の姿になっていただく。淑女な侍女の隣にイケジジ執事が増えたよ!なおどっちも聖獣の化身。
「妙な集団になったぞこれ」
サーシャちゃんが眉を寄せる。目立つのなんて今更ですよ。
「というかおねーさんたちだけ、僕らだけ、なら別に変じゃないんだけどさ、混ざってるからねえ」
続くカナデ君の言葉には、確かにそう、と頷かざるを得ない。いやでもあたしに従者二人いるのって変じゃないです?おかしくない?
《うちの家格の事を考えないなら問題ないです、ええ、貴方とは関係ない家の話ですから大丈夫です、多分、きっと》
若様案件で最近神経を揉んでいたシエラの言葉に微妙に力がない。それを言い出すとあたしそもそも根っからの平民でしてな?
病院は、昔はどこぞの伯爵邸だったという建物を改装して使っているという事で、割合大きい建物だった。あたし達が今泊っている公爵邸ほどの華美な外見ではないのが、確かに病院遣いには似合っている感じがする。内装は白系の漆喰仕上げで統一しなおしたということで、これも清楚な見た目に仕上がっている。腰板より下と床はよく磨かれた板張りで、これは漆喰だと何らかの事情で怪我人の血が飛んだ時に困る、という理由だそうだ。一部の部屋、処置室だか手術室だかには大理石の床板を採用しているとの事。
ただ、医師の数が絶望的に少なくて、今は第一軍二団にいた軍医さん一名と、希望者から適性の在りそうな者を選抜し教育した助手たちが交代で詰めているだけだそうだ。軍医さんは近衛連隊にもいたので、二名生き残りがいたんだけど、もう一人は流石に王宮付きになっている。陛下は健康だけど、前王夫妻や神官長様が結構なご高齢だったしね。まあ前王陛下と前神官長は今は長距離旅行を徒歩でこなせるくらい、健康には全く問題はないそうだけど。王宮付きの人の方は、過労とストレスの診断や相談が多くて、案外と忙しくて手伝いにもあまり出られていないという逆転現象も発生しているそうな。
なんだかんだで人口が極度に減ってしまった今のこの国では、それでもどうにか医師が過労でダウンする程の事態には至らぬまま、それなりに回ってはいるという。子供がたまに熱を出して運び込まれるのが一番多い急患で、その次が作業中の怪我人だそうだ。入院患者は十人くらいいるけど、例の精神的ショックで弱っている人達以外は、単純に骨折が初級治癒じゃ治らなかった人がいるだけだそうな。
これは、持病のある人達が、争乱時代の食料不足に耐えられず大体死んでしまったのも理由だ。元がある程度以上健康な人しか生き残れなかったのね。まあこれが腰痛持ちとか関節痛で長時間歩けない、程度の人達だと、逆に地方で生き残れたのだけど。
骨折勢も初級治癒では完全には治せなかったとはいえ、整復はベテラン軍医の手できちんと正確に行われていて、普通に安静に時間を取れば完治できる程度だということで、今回は上級治癒の適用は見送りになった。いやだって今のこの国、上級治癒師報酬払えませんもん。学校の子供たち相手は初級で済んだし、子供自身に瑕疵はない以上は特例!で済ませたけどさあ。この世界で発生する大人の怪我なんて、魔物や盗賊類の被害でもなきゃ大体の場合自己責任だけど、子供の健康関連は例外だよ例外。
受付で事情を述べたら、看護師長だというお兄さんが一緒に来てくれることになった。この人は最近レガリアーナからこの国に来た、旧第二団の幹部さんのだれだったかの弟さんで、例の抹消刑を受けた家系の関係者宅で働いていた為に、当時の雇い主共々仕事を失って、ツテを頼ってこっちに流れてきたんだそうだ。
雇い主さんの方は建築系の仕事で、こちらでも解体や移築、改装を手広くやっているけど、彼は元々看護系の勉強をしていて、受け入れ先が少ない業種の為の就職難でやむなく工務店的な職に就いていただけだったのだそうで、今はこの仕事が楽しいそうな。よきよき。
で、彼と他国から志願して来たという一人以外の看護師勢は、この国の元からの民から適性のありそう、または希望があった人から教育中、という事でこれも皆見習いであるそうな。家族の介護経験のある人が結構即戦力だったので助かります、なんて話も聞いた。近年は老人介護も奴隷にやらせる風潮があったけど、田舎では普通に奴隷に力のいる仕事を任せて、介護は家族がやっている、というのが普通だったんだって。まあ平均寿命が短いし、民間に医療知識もあんまりないので、介護といっても寝たきりにまでなっちゃうと、あとはそんなに長期間はかからないのが普通だったそうだけど。
そんな風に話を聞きながら、病室に案内される。時折すれ違う職員さん達は静かに挨拶をしてくれるので、会釈で返す。静かだけれど、前向きな空気に溢れた空間。元の世界の病院より、空気感が好ましく思えるのはなんだろうな?
ああ、カナデ君もなんか不思議そうな顔をしているから、似たような感想を抱いてるのかもしれない。
……そうか、あたし達自身が、『自分の死』と直接向き合わずに済むようになったから、心に余裕が出ただけなのかもしれないな。
「明るくてきれいで、人の空気感がいい病院だね」
そんな風に評するカナデ君。やっぱり前の自分の環境と比べていたらしい。
「そうね、病院をそう評する事が出来るようになるとは思ってなかったわね」
そう返したら、案の定、ああ、そっか。それでか。という小さな返事だけが戻ってきた。
通された病室は、二階の角部屋で、元はサロンかサンルームだったらしく、大きな窓が東と南のほぼ全面から、陽の光を取り入れる構造になっている。といっても今は時間的に光は南西の方から入ってくるだけなので、眩しいというほどではない。そのままだと広いので、板製の衝立とリング付きカーテンで仕切って八人部屋にまで分割できる構造なのが、天井から吊られた木製のカーテンレールで推測できる。
今は病室が余っているので、二分割したうえで片方にだけ患者さんがいる形だ。この国の、いや他の国でも割とそうなんだけど、貴族の都市部の館は基本的に客室が多いので、病床は最大五十室二百床確保できるそうな。
その病室の現在の主は、中年に差し掛かる頃合いの男性だった。やせ衰えた身体は、食事を余り摂れていない事を如実に表している。眼は暗く、ノックと看護師長の挨拶と共にあたし達が入室しても、じっと視線を膝の上の己の手の上に向けているだけだ。
巫女技能が、瘴気を感じ取るけど、怠惰の波動は感じない。うん、この人自身は、恐らくどこかであたしの治癒を一度その身に受けている。ただ、彼の手の中の何かには、瘴気と、あと、何かの思念が、こびりついている?
「軍の風魔法で吹き飛ばされた折に、背にしていた子供の骨が刺さって大怪我をされた方です。怪我そのものは、その直後に飛んできた治癒魔法で治ったのだそうですが……」
吹き飛ばされた段階で、子供はとっくに死んでいて半ばミイラ化していたのだけど、怠惰と狂奔に取り憑かれていたこの父親は、治癒魔法に触れてその影響から切り離されるまで、それに気が付かずにいたんだそうだ。
そして、それに気が付いてしまった瞬間から、我が子の死体を抱きしめたまま、倒れるまでずっとその場から動くことすら拒否していて、気絶したところでようやく回収されたのだという。
うーん、これは親の執着を先に何とかしてからじゃないと、手の中にあるもの――看護師さんによれば、刺さっていたという子供の骨――の浄化ができないなあ。
骨にこびりついている思念の方は単純なもので、ただ、『帰りたい』、それだけなのだけれど、そこに何故か瘴気が寄ってきて、集積し始めている。恐らくは、この父親の後悔と罪の意識がそれを加速させているのだけれど……
勿論、これを放置するのはなしだ。瘴気の集積が始まっている以上、何時か、そう遠くない辺りで魔物化が発生する。そして、小さな欠片とはいえ、ヒトの骨が形作るそれは、アンデッド、恐らくはスケルトン辺りになるはずだ。
「これ、今のうちになんとかしないとだめなやつだな?」
サーシャちゃんがそう囁くので頷く。
「成程、この世界の法則でも、瘴気の集積は魔物の発生を促すのですな?」
マルジンさんも小声でそう囁くので、頷く。後で聞いたら、マルジンさんの元の世界でも、自然発生型のアンデッドはこんな感じで生まれるんだそうだ。そういう所は案外共通なんだなあ。




