349.人の婚活のお邪魔虫?
「……ところでさ、冗談は置いといて、あの二人はどこまで本気なんだ?」
少し声を潜めて、カル君が聞いてきたのは、王様が応対している二人の事だろう。
「そうですねえ、うちの方は正直に申し上げるとかなり好感触、だとは思うんですけど」
あたしより先にそう答えたのはマリーアンジュさん。まあ表向きではない、実際の人間関係を考えれば、当然アデライード様の事を一番しっかり把握しているのは、実は母である彼女だろうから、順当な回答者だ。普段から仲いいしね。
「……ん?ああ、婚活の件ですか、うちの団長様もそれなりに本気、な気はしますけど……正直申し上げて、こちらの陛下が余りその気がなさげに見えるのですけれど」
そろそろデザートを、と、戻ってきたエレンディアさんも婚活案件は知っていて、そんな風に切り返している。
二人の答えを聞いたカル君は、だよなぁ、と溜息を吐いた。
「あれ営業用スマイルって奴よねえ」
あたしからも感想を述べたら、そーなんだよ、という回答。ですよねー!
「俺たち的にもね、次世代は早めに確保して頂きたいとこなんだけど、なんか陛下、現状全然その気がないらしくてさ。いくら男の婚期は女より長いといったって、あんまり歳が離れた夫婦って王家でもあんま上手くいかない、なんてこともある訳でさあ?」
黒鳥の方も、王家の存続は重要課題なんだよ、と真面目な顔で続ける。
「そうは言うが、この国の現状ではなあ、そうホイホイと結婚します、って訳にもいかないんじゃ?」
パルミナ殿下との相談が終わって、こちらも改めて卵サンドを食べに来たサーシャちゃんが首を傾げている。
「いや逆。むしろトップが独身さっさと辞めて貰わないと下がつっかえるんだよ。と言っても、現状だと男女比がえげつなくて、ほっとくと一妻多夫になりかねないけど」
黒鳥が酷い事を言いだした。いやサンファン国内の人口比だと実際そんな感じではあるんだけど……絶望的に男性が余ってるんだよねえ……なお血筋を残す義務のある王族が妻を二人、または三人持つことはちょいちょいあるけど、平民にそんな制度はない。逆はもっとない。女王制のハルマナート国ですら、離婚や死別からの再婚をすることはあっても、一度にひとりしか王配殿下はいないのだ。まあこれはどちらかというと制度上の問題ではなく、龍の王族が基本的に一途な恋愛傾向を持っているのが原因だそうだけど。政治的な理由で結婚しただけだとしても、一夫一妻制を譲歩する人が居ないんだそうだ。逆ハーは成立要素そのものがありませんでしたわ、この世界。
「私達的には、もう少しゆっくりして頂きたいかしらねえ」
サンクティアさんはとばっちりは困りますわ、とつれない構え。まあそうよね、少なくともサンクティアさんは妹さんラブラブで男性は今のところお呼びじゃないですものね……
「ああ、結婚願望がないなら無理せず全員シカトで全然構わんからな。現状では見通し不明の将来の子孫より、今いる優秀な君達の意向が最優先だ。無理無体の輩が出たなら容赦なくお仕置きして構わん、俺が許可する」
どうやら直接の上司であるらしきカル君がサンクティアさんに怖い許可を出している。再起不能になる人が出なければいいけど。
「言質頂きました。ではストーカー予備軍辺りから痛い目を見てもらいましょうか」
にこやかに微笑んで言う事が極寒ブリザードのサンクティアさん、どうやら既に何らかの被害を受けていた様子?
「おう、常識的に考えてもストーカーは予備軍でもアウトだ、任せる」
ああ、完全にカル君が仕事モードになってる。まだ食事中、ってそうか、今は前ほど食べないんだっけ。
「男女交際とやらに積極的な人に限って人間性に難があると申しますか、後先考えないと申しますか、本能最優先で突撃されても困るんですよねえ」
「君は見目がいいうえに、仕事ができるからなあ……変なのに目ェ付けられるってデメリットまでは想定してなかったこちらのミスでもあるから、全面的にバックアップはするよ」
完全仕事モードで話すサンクティアさんとカル君って、傍目で見てると結構お似合いにも見えるんだけどなあ、あいにく二人とも色恋系の気配絶無だし、どこまでも上司と部下の会話でしかない。
……そもそも現在のカル君は種族不明状態で、現在同族と言えるのは同性の黒鳥のみ。結婚とか以前の問題ではあるんだけども。この世界の元からの生き物同士は、別種との交配はできないのがこの世界のシステムだ。例外は異世界から来たモノだけ。一見この法則の例外に見える狭義のヒト種と獣人種はというと、世界の定義としては同種なのよねえ。分類学上は、人類ヒト亜種、人類獣人亜種、どころか亜種より下の円種レベル、なんだって。
現状、テルモナイデ姉妹(移住を機に、姉の前世の姓を姉妹共に名乗ることにしたそうだ)が行動するときはひっそり護衛が付いているらしい。どうせ怠惰に染まってんなら下半身も無気力にしとけよ、とは黒鳥の言い草だけど、思わずそれな、って言いそうになって一応呑み込んだ。未婚の乙女としては静かに頷いておくのが無難な場面だよ!
話が一段落したところで王様方面をちらりと見たら、何故かグラニク殿下が国王陛下に絡みに行っていた。なんで?
「げ、グラニクのおっさんが来てたんだった……絶対一戦所望される奴じゃんこれ」
今ボドゲ要素は要らないんだよなあ!と、カル君の諦め混じりのぼやき。あーあーあー!紙上の軍師様挑戦勢だったのか!!!
「あのボードゲーム難しくね……?カル君よくあれ速攻で落ちなかったよね」
「お前のはちゃんと説明する前にコマ弄るから負けただけだろ、挑むならせめて定石は覚えてからにしろって最初に言ったのにさあ」
お前の分、勝利カウントすらされてないつってたぞ、などと言う二人のやり取りが兄弟みたいでなんか微笑ましい。
「嬢ちゃんはボドゲは?」
「全然ね。戦略系は興味がなくて元の世界でもひとつもやってなかったから」
そんな風に答えていたら、サーシャちゃんが興味を示したので、この世界の戦略ボードゲーム事情を話したら、なぜか後でルールを教える話になった。
「面白そうですから私もついでに教えて頂けますかしら」
サンクティアさんまで乗り気になったので、本日は夜更かし決定ですねこれ?
「異世界まで来てボドゲ会……?」
カナデ君が呆れた顔してるから、どうやらサーシャちゃん、元からボドゲ勢でもあるらしい?
エレンちゃん共々戻ってきていたワカバちゃんの方は、素知らぬ顔でデザートのプリンを食している。あ、あたしも食べなきゃ。今回の卵料理はあたしのいるブースの物は全てロロさんココさんの卵だから別格なのよね!元から日持ちする卵なうえに、時間停止収納持ちが複数いる三人組とランディさんにかかれば、超長期保管なんてお手の物なのです。ここぞとばかりにふんだんに使われました!
なお何故隔離ブースかというと、この国の人が他の卵が食べられない事態になるのは避けたいからですね。女子勢は特別!贔屓!
皆でプリンをもぐもぐしてたら、アデライード様がやってきて、ミニサンドイッチを一種ずつ端から順に平らげはじめた。あれこれ不首尾?
「挨拶もなしじゃだめでしょう、アデラ」
マリーアンジュさんに窘められて、あ、という顔になるアデライード様。どうやらカル君達を失念していたようで、慌てて挨拶をしている。
「挨拶くらいは別に構わないさ、ずっと陛下の相手をしていて食べてないんだろう?しっかり食べるといい」
カル君が珍しく親切にしている。そういえばカル君はヘッセンには行った事があるから、顔見知り程度には面識があるんだっけ。口調が友人相手みたいになってる。
「申し訳ございません……ボードゲームの話にどうにもついていけなくて、少しやさぐれてしまいましたわ」
つまり、今もあの場に残っているリミナリス殿下はそちらの素養もおありだということか。マリーアンジュさんがあー、と天を仰ぐ。
「私も苦手ですからねえあのジャンル。似なくていい所が似てしまいましたか……?」
「女性の必須知識って訳じゃないし、そもそも軍事に関わらない人なら男性でも興味ない人は沢山いるジャンルだから大丈夫だよ。むしろ側仕え的には、そっち一色に染まられる方が困る」
どうやらマリーアンジュさんの正体は把握済みであるらしく、黒鳥が慰めついでに自然に自分たちの希望を述べている。さっきの会話でも黒鳥はボドゲ苦手勢っぽいものね。
「むしろ今までああいう活動してたのに、戦略ボドゲが苦手な方が不思議だ……」
カル君がそんなことを言うけど、個人で潜入して活動するタイプの黒鳥と戦略ボドゲってどのみち相性良くない気がするの、あたしだけじゃないよね、きっと。
《そうですねえ、黒鳥さんのスタイルは斥候とか側面対応ですから、上から俯瞰視点で兵を動かすタイプじゃないですよね》
まさかの:シエラが嗜んでる勢だった。マジか。
それにしても婚活のお邪魔虫がまさかのボドゲ説が出てきたぞ、どうすんだこれ。
余談:年齢が誤魔化せないので、『神殿入りしたヘッセン王妃』は第二妃派が立てた影武者がそのまま務めている。
 




