342.王都周辺エリアに入る。
本当なら植生が残ってる三領の方が地味はマシなんだけどね……
翌日、やっと南領を抜けて、以前の旅では王都エリアと呼んでいた場所に入った。ここまで来ると麒麟くんの力が土壌に作用しているのが微かに判る。
ただ、南領までは見通しが悪いからここは通らないでおこう、と言える程度に存在した森林などの植生が、このエリアでは争乱時に完全に破壊され尽くしてしまっているので、今は細々と人間の食えないタイプの草が点在するだけのよく言えば草原、どっちかといえば荒れ地が結構な範囲に広がっている。
森林など、普通に植生のある場所だと、麒麟くんの気配はそれらの生命力に紛れて、余り判らない。荒野の如き様相だからこそ、麒麟くんの力が流れていると感じ取りやすいというわけだ。
でも以前の旅程の頃に比べれば、圧倒的に草原感は増しているわね。牧草地としてなら復活させられそう。でも羊や山羊はまだ危ない。あいつら根っこまで掘り起こすからまだだめだ。最初は牛なのかなあ、管理できる人がいればだけど。いやいや、それはあたしが考えることじゃないわね。
程なくして、人の手がはっきり入った、つまり農地に辿り着く。といっても風に揺れる麦は他国の半分くらいの草勢で、随分と頼りない。それでも貧弱ながらも穂は出ているから、単に施肥不足で成長が遅れているんだろう、と農学の先生。
あ、面積は小さいけど成長がまともな野菜畑もあるな。そして納屋らしき建物の方が大きい、小さな民家もある。庭先にびっくり顔の人族のおばあさんと、一緒に水やりをしている、狐の耳と尻尾の獣人の青年。以前狐獣人さんはエルフっ子達ともども助けたこともあるけど、彼とは尻尾と髪の色が違うなあ、などと思う。
「ばあちゃん、ちょっと聞いてくるねー」
軽い調子でそうおばあさんに声を掛けると、こっちに走ってくる狐のお兄さん。
「こんにちは!立派な団体様ですけど王都に向かわれるんですか?」
少し離れたところで立ち止まり、先導役の警備兵さんにそう声を掛ける狐のお兄さん。
「こんにちは!そうだよ、七か国程合同でね、支援した食料の使い道が正しいかとか、復興の進み方はどうかとか確認しにきたんだ。ちょっと畑道を通らせてもらいますよ」
こういう時に説明するのも先導役の仕事だそうで、そつなく挨拶を返す警備兵さん。
「はーい!ばあちゃんには伝えておきます!」
そう笑顔で返事をすると、駆け戻っておばあさんに報告している青年の尻尾は、ぶんぶんと振られている。君、狐だよな?わんこじゃないよな?
それにしたってこの二人は随分と仲が良さそうだ。のんびりとした様子のおばあちゃんに忠犬が纏わりついてる図に見えなくもないけど。
そんな感じの民家には、何軒か行き当たった。お年寄りが一人暮らしの家もあったし、獣人さんとお年寄り、とか子供と獣人さんとお年寄り、とか、そんな構成の家もあった。家々の間はこの世界での村、というにはちょっと離れているけど、お隣同士の家は見えていて、連絡を取ることはできる、そんな感じの距離感だ。
「とうちゃんが真っ当になって戻ってくるまで、おいらと兄ちゃんで家とばあちゃんを守るんだよ!」
おばあさんとその孫と栗鼠の獣人のお兄さん、という家族構成らしき家の少年にはそんな風に自慢された。おばあちゃんと栗鼠さんによれば、この少年は、この国の獣人全てが奴隷だった時代から、この栗鼠のお兄さんを実の兄より慕っていたんだそうだ。この子の両親と兄はランガンドに引き寄せられた群衆の中に混ざっていて、父親だけが幸か不幸か生き残ったので、今は王都周辺で更生訓練中なのだという話だった。
無論全てが順調ではないのだろう。去年新しく、比較的若い人達が入植したという村では、無人になった家もあった。近隣の家に聞いたら、神罰までは漁師をしていたという人が住んでいたのだけど、どうしても農業が合わなくて、申請の上で離農したんだそうだ。土に嫌われるタイプっていうんですかねえ、確かに凄く頑張っていたのに植物に嫌われるみたいに出来が悪くって、あれは凹みますしやる気も出ませんよね、と、隣家の人は随分と同情的だった。
「ああ、属性に土も水もない、ならまだしも、船を扱う方に多い風と火を強くお持ちだったりすると、農業とは相性が宜しくないですよねえ。小以下ならまだしも、東海岸で漁師をなさっていた方なら、風はたいてい中にはなっているでしょうし」
ムーレルさんがそう所感を述べて、ブリヘン教授が賛同している。なるほど、属性がないのはどうにかなるけど、反属性の方が問題になりやすいのか。
なお離農した人は川船の仕事に就けたと手紙が来ていたそうだ。そうか、海には出られないけど川は利用できるのね。
ここまで出会った人たちは、古き蛇の幻惑にも、ランガンドの精神汚染にも耐えて日常を堅持した人たちや、多少は移動したものの、致命的な影響までは受けておらず、半年足らずで農業研修を終えて実地に出ている、ぶっちゃけ、元から真面目で有能な人達だ。実家の農家を継げずに、食っていくためにやむなく向いていないながらも行商人をやってたけど、お仕事上がったりになったところに農地事業の募集があったので、昔からやりたかった農業を始めました、みたいな人までいたよね。
でも現状、未だに更生施設でクダ巻いてる連中も結構多いらしいんだよね、困ったもんだ。
民家と畑が途切れ、昔林だったらしい場所に行き当たったので、今日はここで野営となる。もう設営も皆慣れたもんですよ。
「樹木の根すら殆ど残されておりませんな……どれ程の窮状であったのか」
ブリヘン教授が調査の為に地面をあちこち掘り返してから、溜息をつく。
「窮状というか、生き物が隠れる場所を奪う、という意図でやったらしいんですよ。古き蛇の方の影響ですね」
ランガンドは究極の怠惰だったけど、その種の、執念深い根性悪さは持っていなかった、気がする。何せ怠惰だからね……そんな面倒臭い回り道はしなかったわけよ。
「流石にあの怠惰と堕落の神は、そんな面倒な事は考えないタイプだったからねえ」
ランディさんもあたしの思考を裏付けるような発言をする。そういや貴方討伐時に居たのって公表してましたっけ?ああ、してたな、隠蔽されたのはカル君だ。問題の根本原因を自分で討伐しに行ったってことになるからいいじゃん、という話ではあったんだけど、本人が公にされるのを嫌がったのでねえ。
あたし?バッチリ記録済み。但し、名を明かさず、今代の裁定者として、だけどね。公式記録もそれでいけるというので、それなら名前は止めといてくださいとお願いした。
なので、堕神討伐編成の記録にある裁定者があたしであることは、その記録を読める人、かつ称号視の技能持ち本人かその人を配下にしている人だけだ。
なお裁定者の称号持ちは、聖女と同様、一世代にひとりだけであるそうだ。だけど先代が喪われると速やかに次が指名される聖女より数倍レアで、百年くらい平気で不在だったりするんだそうですけどね。つまり、バレバレやんけ!!!
えらぶのが むずかしいんだよ
上から言い訳が来たけど、そうね、人選が難しいのは判る。なんであたしが普通にやれてるのかが判らない程度には、この裁定者というものは、扱いが難しいと思うわ。あたしの場合、自らの精神を支える事ができる、光極大というある意味特殊な属性の裏打ちがあるから、やれているんだとは思うのだけど。
なお聖女と裁定者は兼務不可だそうで、裁定者称号が付いた時点で、今の聖女様に何かあったからといって、あたしにお鉢が回ってくる心配だけはないらしい。
現聖女様はあたしにとっては大事な文通友達なので、そんな何かなんぞ、絶対要らないですけど?と、思ったら、そんな大げさな話ではなく、結婚は問題ないんだけど、子供ができると、稀に称号が遷ってしまうことがあるんだそうだ。
妊娠出産って、生まれる子供の属性力に影響されて、自分の属性力も変動することがあるらしいですよ!この世界で、女性が魔法を使う職業に就きにくい理由の一つでもあるそうだ。
とはいえ、現聖女様の光特大、推定プラス付きという特性は、そう簡単には動かないし、婚約者のカムラス殿下も属性相性に問題ないので、今代の方は多分一生聖女様じゃないですかねえ、というのが神殿関係者の一般的な評であるらしい。
プラスが推定な理由?流石に属性力をそんな詳細な測り方するのは真龍と異世界人だけだそうですね。ええ、ランディさんから、聖女様の光特大はプラス二相当だねって証言を前に頂いております。っつか聖女様に会った事あるんですねこの真龍。
会った事はないけど見たことはあるからね、という話。
というか王都からの迎えまで辿り着かんかったね……?




