335.サンファンへの旅、再び。
マッサイトで王都に行かなかった事にはまったく理由がなかったりもするんですが。
一泊した翌日は、いよいよ出発だ。六十二人とその護衛を含む大所帯なので、進行はゆっくりめかと思いきや、大半の人は召喚獣に騎乗していくらしい。
あたし、実は乗用の召喚獣、契約してないんだよねえ。歩くのが普通だと思っちゃってて。
というか、召喚契約の出来ない三人組も含め、ハルマナート勢で騎獣持ちなの、ムーレルさんだけだったという罠が。
「最悪我が転移でショートカットする故、余り気にするな」
ランディさんもそう言うので、普通に歩くことにする。一年と三分の一くらいこの世界で過ごした事になると思うけど、転移と船と乗合馬車以外全部歩いてたから、もう全然苦にもならないうえに、マッサイトもなんだかんだであっちこっち行ったから、山道にも慣れてしまったからねー。
乗用の召喚獣も、速さはまちまちだ。走鳥やセリーテはまあまあ早い。大蜥蜴は走ろうと思えば案外早いのだけど、彼らに要求されているのは重い荷物をきっちり安定して運ぶことなので、無理に走ろうとする個体自体があんまりいない。以前ディーライアが使ってたドタ足大蜥蜴さんは例外中の例外だ。走竜という恐竜っぽい爬虫類は、契約している人が殆どいないけど、脚は走鳥さんより早く、流石に聖獣ディアトリマよりは遅い、らしい。これは以前フラマリアでランディさんとタンデムしたけど正直乗り心地が今二つくらいだった。
そして今回の騎乗獣には、装甲蜥蜴という、大蜥蜴より更に鈍重な生き物が混ざっていた。
ええ、人間の歩く速度と殆ど変わらんのです、この子。ぴっかぴかに磨き上げられた大きな鱗が良く目立つ、ぶっちゃけ見た目はかなりカッコイイ生き物なんだけども。
なお耐荷重のほうは、大蜥蜴の倍くらいあるらしく、背中の鱗部分が平らなので、直接騎乗するのではなく、荷物や輿を載せるのが基本用法だそうだ。なお今回は紗を巡らせた輿が乗せられていて、その中におられるのはマイサラスのパルミナ王女だそうです。
そんな訳で、ランディさんの転移の出番はないまま、ゆっくりと一行はサンファンへ進んでいく。あたしの足でまる一日で、ちょっと余るくらいだったかな、サンファン国境までって。前にティサニクに立ち寄った時は、少し国境から内側に入った難民保護施設がスタートだったから、ちょっと距離が短いけど、丸一日はかからなかったと思う。あの頃の方が進みはゆっくりだったし。それに、今回はティサニクからほぼ真東に進むルートだから、ちょっとだけ距離が短いんじゃなかったかな。
という訳で、何事もなく、夕方前には国境に辿り着きました。まあ普通の人視線だと、なんにもないんですがね!関所とか作ってる人員の余裕、ないからね、特にサンファン側。神罰前は前で、怠惰の挙句に見回りすら碌にされてなかったらしいし。
なおあたしを含む巫覡系の素養持ちには、メリエン様の神罰のラインがくっきりはっきり見えている、はずだ。神無し国呼ばわりのオラルディのねえちゃんが、ひえぇ、と、腰抜かしてるのが視界の隅に見えたから、最低限の素養持ちでも見えているね、うん。エレンちゃんはどうかな、と思ったら、なんかキラキラした目で境界を見ていた。後で聞いたら、余りに境界の光が美しくて、と言ってた。この世界の人はどうか知らないけど、異世界人の場合、見え方は本当に人それぞれであるらしい。
「……神罰のラインと、国境の境界のラインと、二本あるんだね」
カナデ君がそう呟く。おや?この子も見えてるのか。国境線は見えるって話は前に聞いた気がしないでもないけど。
「そうよ。神罰は永久に続くものではないからね、兼用はできないの」
大雑把にいえば、境界である時点で、同じ神が司るものではあるけれど、この二つの境界は、その力の質自体も、構成も違うしね。
「こんなに性質の近い力のラインを混ぜることなく二重に引いてるってすごい神様だね」
おや、カナデ君の見え方は、あたしの見え方とはちょっと違うらしい。まあ確かに、メリエン様の二つの側面、境界と神罰がどちらも混ざり合った神罰のラインと、純粋に国境線として引かれた境界のラインは、本来なら同じ力によるものであることも、確かなんだけど。
あたしには全く色とか性質が別に見えるんだよなあ。この世界の一般人的にはどっちなんだろう。
「そもそも境界を司る神様だから、分ける、という分野自体が得手なのではないかしら」
他の団体さんには聞こえにくい程度の声で、そう答えておく。
ああでもそうだ、今のサンファンの国境線には、本来載っているべき国神の力がないから、通常とは見え方が……あれ?
おいおいおいおい、レイクさんの力が流れてるぞこの国境ライン。まさかもう陥落したんですかね?いや、でも国神として、という感じではない。弱いラインを補強するためにやっているだけのようだ。何か妙な物でも侵入しようとしたのかもしれない、それこそ、ライゼル勢再侵入とか。
成程、エレンちゃんがやたら褒めたたえてたのは、狼神の気配のせいか……
改めて国境線の方をきちんと確認する。本来の国境線の力は、国神を喪った事で、限界近くまで一旦力が弱まっている。それを補っているのが、歴史の初めに境界を定めたメリエン様の力と、補助するように上乗せされたレイクさんの力だ。成程、そう分析してしまうと、メリエン様の力の部分は、確かに神罰の区切りのラインと似たものに感じるわね。
まさか、カナデ君にもその種の素養が……うーん、なんか判らないけど、それはない、って気がするなあ。多分、別件だ。
国境ラインの力の見え方はさておき、本日は国家代表合同視察団だってのに野宿ですよ野宿!
もうすこし手前にある元難民保護施設、と思ったけどそもそも六十人の段階で、確か入らないはずだ。うち以外の各国は、随員以外にも護衛や荷物運び関連の人手も連れてるんで、総勢百人を越えてるからね!無理!
サンファン側?あと半日歩かないと民家すらないよ!その民家も、去年最後に通った時は無人でした!
この二国間って、マッサイト側の山を下りたらべったり平地で、交通の障害がなさ過ぎて、更に元々街道とかも特にないせいで、宿場とか、全然ないんですよね……
まあ実際にはどの国の人もすんなり野営支度をしたわけですが。もちろん我々も特に滞りなく。学者先生方もフィールドワークで野営する人が多数派だったので、経済学の先生の野営支度を手の空いた人が手伝う程度で済んだ。あたしや三人組は野営もキャンプも散々やってるので、慣れっこですしね。
「カーラ様お久しぶりです。昨日きょうと、居場所が離れすぎていてご挨拶もできなくて」
夕飯の支度を手伝っていたら、アデライード様とマリーアンジュさんが訪ねてきた。マリーアンジュさんにはハルマナート国でも会ってるけど、アデライード様はマジで去年の春以来だから一年ちょっとぶりだわね。
「はい、アデライード様、すっかりご無沙汰しております。その後皆様はお元気でらっしゃいますか」
聖女様との文通で、全く問題ないことは知っているので、気安く挨拶としてそう述べる。
「幸い弟達も妹も皆元気で過ごしておりますわ。父上は相変わらずですが、あれはもう致し方がないものですしね……」
小声でそう答えるアデライード様。ああそうだ、その件があったね、ごめん……
そのまま近況を少しお互いにお話しして、神殿でお試し神官業をやったのが、意外と役に立っていて、ちょっと野営も楽しいですね、なんて話もした。でも結局神殿は性に合わなかったのだそうで、現在は婚活中、ですかねえ、と、あまり気のない様子で語っていた。
そして二人が帰った途端に、今度は壮年の男性が、護衛か侍従らしき人を一人だけ連れてやってきた。灰色の髪と髭、瞳の色も灰色だ。恐らくは武人、見た感じは、それなりに、強い。まああたしは近接物理はよく判らんのだけども。
「夜分恐れ入る。私はグラニク・ティルデナン。この国マッサイトの王族の端くれとして、先日のリビングメイル討伐の件のお礼を申し上げたく」
ああうん、そういえば神殿でずっとごちゃごちゃやってたから、王家の人とは接触どころか、顔合わせすら一切してなかったですね。そういう話すら、出てこなかったからね。
「いえ、たまたま居合わせたので、出来る事をしたまでですから。ところでつかぬことを伺いますが、ベレアルド副神殿長さんって、もしかして、親戚でらっしゃいます?」
なんか顔つきが似ているな、と思ったので聞いてみる。雰囲気とか性格は全然違いそうなんだけど。
「ああ、あれは世俗を離れる前は、母違いの兄であった。元々山歩きを好む人だったのだが、気が付いたら神殿に奉職しておってね」
女神神殿故、男性では余り上には行けぬだろうと思っていたのだが、と、少し残念そうな口調で述べるグラニク様。
先日食事の席で聞いた、ベレアルドさんが相続が面倒で神殿に逃げた、という話は黙っておいた方がよさそうね……
関所や街道がきちんと設定されていないと、人間適当に出入りするから宿場町が形成されづらい。マッサイト側に民宿が少しあるだけ。




