37.砂漠の話と異世界召喚の仕様。
前半はメリサイトの砂漠の話。
「でもサンファンの国内の誰かが主導してやったのでないなら、誰が?」
あたしの、素朴な疑問。
いやまあ地図を思い浮かべると、何となく嫌ーな名前が思い浮かぶんですけどねえ。
「ん-、一番ありそうなのはまあ例のライゼル国だけどなあ。あそこずっとメリサイトと小競り合い繰り返してるから、サンファン先に陥して挟撃したいとか」
カルセスト王子がその嫌な名前を真っ先に挙げる。
「でもメリサイトの南側、サンファンに接しているあたりというのは、ひたすら砂漠で殆ど人もいない、と聞いたことがあるのですが」
フレオネールさんが口を開く。案外他国事情って知られているものなのかな。
《メリサイトの砂漠は有名といえば有名ですわね、あんまりいい意味で、ではありませんけれど》
成程?国土のほぼ半分が砂漠で穀物が育たないんじゃねー、とか言われてる感じなのかな?
《ぐ、その通りですわ……サボテンと砂トカゲくらいしか食料になるものがないなどとですね。あんまり馬鹿にするなら珪砂の輸出止めてやろうか、とか身内の冗談ではよく言っていたものですけれど》
あー、砂砂漠だと珪砂が採れるのか。ガラスの材料よね。
「砂漠強行突破とか、異世界人が考え付きそうな案ではあるよねー。水と食料問題だけどうにかすりゃ抜けられる砂漠、じゃないけどな、あそこは」
何を知っているのか、カルセスト王子がそんなことを言う。
戦術的に奇策、っての、昔あたしが元の世界で読んでた小説でも流行った時期があったもんなあ、人間の考えることなんて、案外どこも一緒なのかもしれないね。
「異世界人?今どなたかライゼル国にいるんですか」
あたしが気になったのはそこだ。まあなんていうかぽんぽん異世界召喚やらかしてるイメージがあの国には付いてしまってるんだけど。
「多分まだ一人か二人は生きてるんじゃねえかなあ、あそこえぐい勢いで召喚者使い潰してるせいで、五年と開けずに召喚やらかしてるらしいから」
カルセスト王子から、思いもかけない、いや、ある意味予想通りな情報が出てきた。というかほんとにぽんぽんやらかしてたよあの国。
「使い潰すとはまた物騒な。何をやらせればそんなことに」
フレオネールさんが渋い顔。隣のベッケンスさんは苦虫を嚙み潰したような顔。
「実例はあんまり聞こえてこねえけど、あそこは召喚者の名を奪って勝手な名を付けて奴隷化して死ぬまでこき使う、ってのは確定してる。武力併合した近隣国の住民も酷い生活らしいが、そいつらより酷い扱いを見せつけることでガス抜きしてやがるんだとさ」
その言葉で、思い出す。
あたしの元の身体の末路。処刑されるものを魔女呼ばわりしていた民衆の、薄汚れた姿、生気の薄い眼、痩せた者ばかりだったあの広場。
……ああ、あの処刑ショーもそのガス抜きの一環か。
まともに生き延びられない身体だと判断されて、ああなったんだろうな。いやほんと碌なことしないなあの国!
「ほんっとに、碌でもないわねあの国。なんであれで神罰が降りないのかわかんないレベル」
サクシュカさんも苦々しい顔。
「武力併合でもそうだが、絶妙に神罰対象に当たらないレベルをすり抜けて来る、とは隣国の女神神殿の上層部の言い分だ。まあ数年前の話だが」
カルセスト王子が言う女神神殿ってメリエンカーラ様の神殿の事かしら。ほんとに婉曲な表現するのね……
《そうなんですよ。女神神殿っていう時には国名もできるだけ言わないとかで、カルセスト殿下は懲罰の女神さまを本気で畏れておられるようね。ただ数年前はすり抜けとか言ってたでしょうけど、今は私の件もあるから、どうかしら》
ああ、あなたの事も境界を侵犯したってメリエンカーラ様怒ってらしたものね。累積でレッドカードとはいかないようだけど。
《そうなんです。神罰って影響が大きいから、滅多に出せないし、累積で判定はできないシステムだそうですわ》
ですよねー、イエローカード数枚溜まったらレッドってシステムだったら、流石にライゼル国はもうないんじゃないかなー。
伝聞だけでも、本当になんでアウトになってないんだろうレベルで酷いわよね。
「そのメリサイトの砂漠って珪砂とサボテンが有名ですけれど、ひたすら砂が拡がっている感じなのですかね」
フレオネールさんが話を少し戻す。
「いや、サボテンがあるのは礫砂漠つって、砂じゃなくて岩石が多い場所なんだよ、砂砂漠のほうが面積は広いけどな。オアシスが点在していて、人間も多少は住んで、サボテンとか砂トカゲとか珪砂の採取で食ってるんだと。
以前訪れた時に上を飛ばせてもらったことがあるから間違いない。二度は勘弁だけどな、上飛んでるのに砂まみれになるうえに、とにかくクッソ暑かった」
カルセスト王子、砂漠飛んだことあるんだ。
「上空でも暑いの?」
サクシュカさんが嫌そうな顔で聞く。氷属性ちみっとあるから暑いの苦手とかあるのかしら。
「熱い、のほうがニュアンスとしては近いかもな。ゲマルサイト神の神威の熱だから上空までまんべんなく熱いんだよ。しかも許可なく立ち入ると更に温度が増してほぼ蒸し焼きになるんだとさ」
なるほど、そう簡単に通れる場所じゃないってそういうことか。料理を習ってて判ったけど、蛋白質の熱変性の温度はこの世界でも元の世界と変わらない感じだからなあ。
熱中症じゃ済まない温度に襲われる軍隊とかえぐいことになりそう。
なお当然のようにこの世界に存在している、冷却の魔法系のアイテムを持ち込むと更に温度が倍ドンされるそうです。強行突破無理でしょそれ。
「いや、魔法じゃないアイテムならいけるのかしら……異世界式機械仕掛けの冷却装置とか……いや無理か、動力と排熱の問題がクリアできる気がしないわね」
ボルタ電池クラスの簡単な電極装置が存在するのは確認したけど、あれでは流石にそんな温度には対抗できない。
そもそもライゼル国の今の召喚者の使い潰し方では、研究などさせているかどうかも怪しい。
「異世界召喚者ってそういうとこだよ。さらっとなんかそれっぽいアイデア出してこれるのなんなの」
カルセスト王子が嫌そうな顔でそんなことを言い出した。
「この世界にも娯楽小説ってありますでしょう?あれが、もっと大量に、あらゆるジャンルにあったんですよ。あたしは元の世界では病弱でしたから、そのくらいしか楽しみがなくて。まあ冷却装置は結構めんどくさい部類なので、召喚者使い捨てしてるような国で開発するのは無理な気がしますから、今のは一応なかったことに」
多分だけど、異世界から召喚される条件には、まず第一に『この世界から見て、今まさに死に瀕している者、但し必ずまだ生きていること』という制約があり、そして、『知識を多く持つもの』や、『何らかの異能の才のあるもの』を優先して呼び込んでいるのではないかしら。
この世界の大元を創った神の意図にも、それは適うはず。
この制約だとあたしが選ばれた理由は恐らく知識と治癒の才、サンファンが失敗したのは召喚が完成した時に被召喚者が死んでしまっていたこと、で一応の説明はつく。そしてサンファンが召喚を試みた理由は、治癒の才のあるもの、だろう。難癖で大聖女がどうのこうの言ってたもんね。
《そうですね、基本の制約はそれで正しいそうです。メリエン様御自身は召喚を許したことがないので不明だとしつつも、二次条件の方も、恐らくだいたいそれで合っているだろうと》
かすかな、連絡と思しき弱い神力の流れのあと、シエラがそう答え合わせをしてくれた。
「まあ、額面通りに使い捨てされていたらの話ですけどね」
そう、それこそあたしたちのように、他人と身体が入れ替わり、現地民の入った元の身体だけ殺されて、現地民に入った被召喚者が生き延びている可能性は、充分にあるのだから。
そういえば〈コンバート〉に関しては、魔法陣の文字の書き換え以外の効果は、一つを除いて再現できなかったそうだ。
その一つが何かは、教えて貰ってないけど、まあこんな使い道しかないなら、禁呪指定はしないでいいか、という話なので、生き物には使えない、で確定のようだ。
そうね、あのシステム的な声、今思えば多分神様絡みだから、神力じゃないと動かない機能なんじゃないですかね、多分。
やっとコンバートの仕様の謎が書けました。引っ張りすぎたというか話にする機会がなくてですね。