324.漂白コウモリと元魔王軍。
少年の方は神殿の警備担当者に改めて捕縛された。どうも言動が不安定なのと、コムサレンさんが変な臭いがする、と言い出したせいだ。そしてサーシャちゃんも、それに同意した。例の、あの臭いだという。
本来なら未成年であるらしい少年は捕縛の対象外なんだけど、その臭いの案件で完全に捕縛、そして尋問対象になるのが確定してしまった。試しに初級治癒を投げてみたら弾かれたので、あたしとしても彼はアウト判定するしかない。
「治癒を弾く、ですと……?」
居合わせた上級神官の人が、由々しき事態ではないか?と眉を寄せる。
「後で説明します。流石にここは耳目が多いですから」
そっと、小さな声でそう申し出ると、頷く神官さん。まあ恐らくまた神殿長クラス案件だね。
(むしろわたくし案件になりますわ……浄化できるといいのですけど)
女神様から念話が届く。あ、はい、そうなりますよね……とはいえ、ここの神殿は専門家各種取り揃えておられるそうなので、ある程度説明したら、後はお任せでいいはずだ。
コウモリもそのまま連れて、一旦全員で神殿内に戻る。
(むう、神殿、であるか……?いや、何の影響もない、な?)
なんだか戸惑うような、推定念話が聞こえる。どうもこのコウモリさんのようだけど、と、視線を向けると、コムサレンさんの腕の中の、毛玉としか見えなかったものが、顔を上げてきょとんとしている。大きな黒い目と長くてやや大きな、コウモリなのに毛がふさっとした耳、鼻はちょっと突きだしていて、先端だけ黒い。全体的に愛嬌のある可愛らしい顔だちだ。毛色は白というかクリーム色に近い。この色、何かに似てるなあ……あ、白柴の色だ、耳だけちょっと色の濃い奴。
(え?白?ワシは目以外真っ黒の筈じゃが……あれえ、色が抜けておるぞ??)
あたしのスキル〈動物意思疎通〉のせいで、念話が飛んだのと同じようにあたしの思考が漏れたようで、きょろりと視線を自分の身体に向けて、びっくりしている白いコウモリ。暫くそのまま固まっていたけど、何か焦った気配だけが伝わってくる。うーん、どうもこれは、気のせいじゃなければ、漂流者案件の気配ね?
(嘘じゃろ……反転、しておる……)
そう唖然とした様子で呟くと、白コウモリさんは黙ってしまった。反転?まあ黒いのが白くなるのは反転と言えなくはないけども、はて。
どうやら少なくとも幻獣枠の何かのようだから、属性を見て……ああはい混沌。完全にお他所の世界からの漂流組ですね!しかもこれ、混沌属性持ってるってことは、本来なら幻獣枠ですらない気がするんですが!
「こんな生き物初めて見るなあ、毛玉に龍みたいな翼なんてさ、可愛いけど」
コムサレンさんがしげしげと白コウモリさんの顔を見ている。あれ、この世界コウモリいないんだっけ?
「異世界産の蝙蝠種のようだが、念話をものするとなると少なくとも幻獣……しかし異世界産であったとしても、幻獣にこのような属性は例がない、な?」
ランディさんはコウモリの存在は知っているようなので、これはどっちだ?
(ケンタロウに教えられたからこういう生物が存在する事自体は知っているが、この世界にこの種の生物は居らぬな。虫を食うタイプに関しては爬虫類の一部と鳥類でニッチが埋まっておる)
ひっそり念話で解説してくれるランディさん。へー、コウモリ、居ないのか。
ああでも確かにこの世界の独自文学だと、長く伸びた指の間に皮膜のあるタイプの翼は基本的にドラゴンの翼、として形容されるんだよね、さっきコムサレンさんがそう言ったように。
ちなみにワイバーンは画像でしか知らないけど、一本に纏まった第四・五指と胴の間に皮膜があるタイプなのでまた別だ。翼人種に自己申告で我が翼はコウモリですって言う人が居るようだけど、そもそも翼人種は全員異世界原産だもんね……
そこへ、何故かあたふたとした様子のサンクティアさんが走ってきた。あれ、あの騒動が施設の方にまで聞こえたのかしら?いや、遮音の張り方からして、それはないよなあ。
「こんにちはサンクティアさん。どうかされましたか?随分慌てておいでですが」
時間としては昼下がり、今日のお昼は採取の途中で城塞に戻って食べていて、この後はおやつをどうしようか、って感じの時間のはずだ。
「あっはいこんにちは!あのえっと、そのコムサレン様の腕の中のソレ」
挨拶と共に、コウモリさんをダイレクトに指さすサンクティアさん。
(リリ■ティカ■ッ!?なんで、ここに!)
なんかノイズの入る念話でびっくりする漂白コウモリさん。おう?もしや、魔王軍系知り合い?というか、ミドルネーム、前々世由来なの、この人?
「その名の前半は外してください、制限事項です。デス■デ■ス……あら、貴方の名も制限事項に引っかかるようですね」
はい知り合い!!!ってことは元魔物っていうか少なくとも魔人クラスだなこのコウモリ!?しかし、名前に制限が入るって、妙な現象もあったものね。
(むぅ、ティカル、と呼べば……成程、問題ないな。ワシはどうするかのー……むむむ、この世界、名前に関する制限が割合厳しいな?それに、魔王様の気配すらない)
可愛い顔のまま、困ったな、とぼやく漂白コウモリさん。
「魔王様はこの世界には存在し得ないの。なんでも、世界の定義的に無理、という話ですよ。まあ結果として、勇者も大昔に自称がいたことがあるだけだそうですから、あまりカリカリせずとも……いえ、貴方そもそも変質して、魔族ですらないですね?」
漂白コウモリさんをまじまじ見ながらそう述べるサンクティアさん。あのー、ひょっとかして貴方、魔族としての自我で動いてらっしゃる?いや、技能判定では人間だ。問題ない問題ない。
(うう……不本意ながら、そうらしい……吸血種の貴種たるワシが、よもやのフルーツオオコウモリ呼ばわりとか……かわいいとか……じゃが、そういう其方は人の身にあるにしては、随分と元の気配に近しいではないか!なんか、なんか、悔しいんじゃが!?)
駄々っ子みたいなことを言い出す漂白コウモリさん。見た目も可愛いからシンプルに可愛いだけになってるな……って今吸血種とか言いましたかね?
いやでもアンデッドじゃないなあ。そもそも魔物でもないし。さっき言っていた反転って、存在がまるっと、つまりこの世界の幻獣とかの魔物化の逆を行ったという事?
「間に一つ挟まった前世で、魔封じと称して聖なるかな、なんて名が付けられ、それが中途半端に効果があったせいで、逆に記憶が風化し損ねたようでしてね……
でも一応、今の私は普通の人間ですよ?ちょっと魔力は多いですし、属性も光以外は取り揃えていますけれど」
サンクティアさんの説明には過不足がない、と感じる。つまり、自分の事も世界の事も割としっかり把握している感じね。
「なかなか興味深い話ではあるが、どうせなら廊下ではなく、どこぞ部屋を借りて、おやつでもつまみながらにせんかね?」
そこまで興味津々で聞き耳を立てていたランディさんが、唐突にそう提案する。まあ確かに、念話を傍受出来ている人間がどのくらいいるかは判らないけど、立ち話で済ませる内容ではない、といえばないわね……まあ元・異世界の魔族、かもしれないけど、現状はサンクティアさんは普通の人間のカテゴリからははみ出すとすらいえないレベルで人間だし、漂白コウモリさんも完全に無害判定だから、多分なんにも問題はないと思うんだけども。
ただ、そろそろお腹具合があれでそれなので、お茶タイムはあたしも希望したい。
「ねーちゃん、話が半分しか見えないから解説プリーズ」
あ、サーシャちゃんは召喚適性ないから、聖獣式の発話なら聞こえるけど念話は聞こえないんでしたね……というか指向性のある念話まで傍受できるあたしのスキルがおかしいんだった。
「そこの黒髪のお嬢さんの前々世がお他所の世界の魔王軍幹部。で、あの漂白コウモリさんがその頃の知り合いもしくは同僚、但し反転して今は魔族ではない、おっけー?」
しょうがないので、ひそひそ話で、端折って説明する。そういやサーシャちゃん、サンクティアさんの事も知ってるはずなかったねえ!
(漂白だと!失礼な!……いやこれ漂白であってる、のか……?)
ひそひそ話をしっかり聞きつけた漂白コウモリさんは、一瞬怒ったものの、いや実際これ漂白みたいなもんだよな、と、うっかり納得してしまったらしく、しょぼんとしてしまった。
えっと、なんていうか、済まぬ。
元吸血種だけどそもそもアンデッドではない<コウモリ




