321.永のお別れ。
夕方遅くに帰ってきたランディさんは、ひとりだった。
「おかえりなさい、ひとりなのね」
取りあえず確認はしておく。いや、なんとなく答えは判っているんだけど。
「ああ、生息地の北限から順に、徐々に通常個体をばら撒いて、最後の方は殆ど自我も薄らいでおってな、最終的に普通のローリーポーリーに戻って去っていったよ」
最後に放ったのはハルマナート国だから、会えなくはないだろうが、とランディさんの答え。
ああ、じゃあもうあたしが生きている間にはお話はできないのね。王として地表に出るのはおよそ千年に一度くらい、という話だったし。
「では今度こそ案件は解決ということですね」
カスミさんがほっとしたようにそう言う。
「うむ。まあ流石にこの時間からティサニクに戻るのも億劫だし、今日はコテージでも出すとするかね」
ゴブリンさんの村には流石に宿泊施設はないので、そういう選択になるらしい。そして大陸の北から南まであっちこっち飛び回って、流石の真龍もちょっとお疲れモードのようだ。
(疲れている、というわけでは……いや、疲れ、ではあるのだろうな)
珍しく素直な念話が飛んで来る。身体的に疲れているわけじゃないのは知ってますよ。
晩御飯はローリーポーリーが溜まっていた森が見える場所にコテージを出して、その前で戴く。
今日はサーシャちゃんが作って持って来た魚料理がメインになった。兄さんは肉だよな?と、コムサレンさんの前にはカラアゲが出てたけど。
本日はデザートもバナナだ。あの子、美味しそうに食べてたよなあ、ダンゴムシの顔というか表情なんて、よく判んないのに。そう思ったら、なんか突然、涙がぽろっと零れた。え、なんで?
無邪気に支援や交流を求める、大きな、でもちょっと子供みたいな、好奇心旺盛なダンゴムシの王様。千年ずうっと土の下で、ひとりっきりで過ごし続けて、自分達を作り直すほんの一時だけ地上に出られる、ひとりぼっちの優しい王様。今回はイレギュラーが発生したのだから、と、ランディさんにさっさとばら撒いてきて貰っておしまいにしてしまったけど、本当に、それでよかったんだろうか?
きっと、千年前の学者さんも、そんな事を思って、彼の旅に付き合ったんじゃないのかな……
でももう、手遅れだ。全部、終わってしまった。
そうだ、あたし、ちゃんとさよならの挨拶すら、していない。ばら撒く過程を聞いていて、ばら撒いたら戻ってこないの、気が付いていたのに、なんでそんな雑な別れ方をしてしまったんだろう。
(あー。挨拶抜きなのは、あやつの希望でな。湿気は嫌いだと)
えぇ……そこは湿っぽいのは嫌い、って言うところでは!!いや、でもあの子らしい言い回しではあるな。
なんかあたしの涙に周囲がびっくりして、随分気を遣ってくれたけど、ほんとに涙が出たのはほんのちょっとで、その後は特に何も起こらなかった。バナナ、美味しいよね。
「ダンゴムシ、旨そうにバナナ食べたよな……」
サーシャちゃんまでなんかしんみりした調子でバナナを食べながらそう言う。あたしはスキルである程度王様の感情も判るから、ほんとに美味しいって喜んでたのは知っているけど、サーシャちゃんもそう感じていたんだ?
「そこらの草の時と、食べる速度が全然違ったもんなあ。あれ絶対気に入った奴だよな、おかわり要求されたわけだし。実際これ他になさそうな旨さだしなあ、気持ちは判る」
コムサレンさんも同意して、これまたバナナをもぐもぐしながらそんな風に言う。そういえば、一本食べきるの、かなり早かったよね、皮の裏まで齧ってたのに。
「ああ、あんな旨いものを食べられる日が来るとは思わなかったと、ずっと思い出したように口にしていた。流石にそこらへんに転がっているような食物ではないとだけ教えておいたが」
あやつも、魔の森には流石に入れんらしいしな、とランディさん。
「普通にいけば、次に王様になるのは千年はあと、なんですよね……」
だから、もう彼には会えない。今居る面子だと、寿命自体を持たない真龍であるランディさんなら会えそうだけど、今度は何処で発生するかが判らないって罠がある。カスミさんもワンチャンありそうだけど、彼女はダンゴムシにはあまり興味がないようだし。
「そうだな。それは奴も残念がっていた。我は、その時に都合よく行けそうなら会いに行ってやると約束してしまったよ」
流石に千年先にこの世界がどうなっているか、判らんのにな、と、珍しく自嘲するような調子でそう言うランディさん。ああ、そういえばそんな話もっておいそれコムサレンさん居るとこで言っていいの!?
(あ)
念話でやらかしました、みたいな一声だけが飛んできた。器用だな真龍。顔には一切出なかったのはさすがだと思うけど。
「千年かあ……俺らより寿命が長かったらしいご先祖の龍でも、そんなに長くは生きなかったらしいから、俺には無縁の話だなあ」
コムサレンさんの方はのんびりそう返しただけだった。まあ確かに千年単位は龍の王族にも無理だ。ご先祖時代で三百年弱、今は血が薄れたのか平均百二十年が寿命だそうだし。それでも一般の人族よりはずっと長いのだけど。
その晩はコテージで寝て、翌朝、今度は畳の買い付けに改めて村を訪れる。
「白い兄さんの格納はすげえよなあ、何でも入るんじゃないか?」
コテージの出し入れを見ていたらしいガレックさんがびっくり顔してる。オークさんも表情豊かで、確かにゴブリンさん達と同種だな、って感じ。まあ自己進化ってバージョンアップなだけで、内面とか特に変わらん、と、以前ハイエルフであるフェアネスシュリーク様も言ってましたしね、そんなもんなんだろう。ゴブリンからオークへの進化の場合、サイズと魔力が大分変わって、寿命も延びるから、エルフからハイエルフへの進化より、変化自体は派手だけど、それはもとのゴブリン族が生命として脆弱な反動でもあるんじゃないか、と城塞に置かれていた研究書には書かれていたな。
「生きた物は入らないし、流石に容量に限界はあるが……現状はまだ余裕があるね」
真龍でも我は魔力が多い方だからねえ、と鷹揚に答えるランディさん。
畳は基本注文生産なのかと思ったら、近年引き合いが増えていて、順番待ちの状態なんだそうだ。なのでイグサ畑は毎年ちょっとずつ増やしているという。畔をきちんと作りさえすればちょうどいい環境になるから、一見難しくはなさそうなんだけれど、その畔を安定させるのが大変なんだって。
「うっかり水の出るトコの上に道を付けると崩れっちまうからなあ、狐の姐さんみたいに乾かしちまやぁ、水の出る場所が判りやすくて作業が楽なんだが、生憎わしらは火魔法は使えるもんでも火打石替わりにしかならんでなあ、なんせ魔力が足んねえだ」
定番自虐ネタであるらしく、わはは、と笑いながらそういうゴブリンの農夫のおっちゃん。おっちゃんというけど、あたしとあんまり年齢が変わらないらしい。ゴブリンの寿命は、人族の平均の、せいぜい半分くらいだという。当然成長も早いし、老化もそこそこ早いのだ。
「あら、なんでしたら次のシーズン前にうちの者から誰か派遣いたしましょうか?舞狐は基本火の種族ですから、あたくし程度に乾かせるものならまだまだおりましてよ。イグサ畳は我々にも好ましい物ですから、増産が可能なら是非協力しとうございますわ」
カスミさんがなんかノリノリで協力、いや多分商談を持ちかけている。恐らく協力するから値引きを、とかそんな話になるのではないか。いやゴブリン族側も増産自体には乗り気っぽいからそこはいいのか。
カスミさんがノリッノリで交渉したお陰もあって、今期生産分からあたしが二枚、カスミさんが六枚、それぞれ所謂お友達価格って奴で注文することになり、ランディさんも何処に敷くのか変形畳のオーダーをしていた。サーシャちゃんは今期は予算もないし、今の家は改装まではしないそうなので、今回は顔つなぎに留めるそうだ。
「いやあ、ケンタロウにいくら船でも、こたつを置くなら畳だろ、と力説されてねえ」
どうやらオプティマル号の休憩室のこたつエリアに畳が入るという話らしい。
大丈夫かなあそれ、カナデ君がこたつから操船を試みかねない気が、そこはかとなく。
本作主人公の初落涙、まさかダンゴムシに持ってかれるとは思わなかった……




