316.ダンゴムシとゴブリン族。
ゴブゥとか言わない。
ところがだ。朝イチで神殿から使いが来た。
「お忙しいところ恐縮ですが、できれば本日中に、一度神殿の方においで頂けますか。昨日の件で続報がございまして、是非お耳に入れねば、という事でございまして」
使者役に立ってやってきた神官さんに、本日中ということでしたら、朝ごはん食べたら伺います、と答えて、朝食をしっかり頂いてから神殿に赴く。別にあたし個人は帰りはそこまで急ぎではない。何せランディさんの転移で帰宅できるのがほぼ確定していますので、時間に余裕が大分できている。それにお宿の値段には朝食がコミなので、食べない選択肢はないんですよね。ランディさんがお勧めする宿だから、当然出て来る食事は美味しいわけですよ。
サーシャちゃんも、もし預けた植物の事だったらいかんし、とついてきたので全員で移動だ。そういや面談も昨日の話ですもんね。
まあ実際には全然そんな話ではなかったのだけど。
「ローリーポーリーが、百匹ほど、先日とは別の森に居ることが発覚致しまして」
は?流石に増えすぎでは?到着するなり、挨拶もそこそこに発せられたそんな発言に、思わずベレアルド副神殿長をガン見するあたし達です。
「あと、昨日の森の禁令は、勝手に出した者が特定され、唆した者ども共々、国に捕縛されました。密猟目的のやくざ者に金と弱みを掴まれての犯行だったようです。全くもってお恥ずかしい限りで……ただ、ローリーポーリーの食害を受けたので、薬草採取禁令自体は継続です」
おう、マッサイトの官憲優秀ですね?採取禁止令の齟齬の件、速攻で解決してるよ。
「いえ、昨日の今日で捕縛とは、官憲が優秀だとは思いますが。で、ローリーポーリーの出現場所はもう一方の禁止エリアのほうなのです?」
一応感想は述べておく。元から色々怪しいところがあって、マーク中の人物ではあったらしいんだけど。
「いえ、イグサ栽培をしているゴブリン族が発見して通報してくださいました。フラマリアに近い方ですね。湿地帯と森林が入り組んだ地形をしていて、人間は猟に入る事もあまりしないのですが、小柄で身軽なゴブリン族と、これも小柄な系統のコボルト族が多く居住しておりまして」
成程、適材適所って奴か。
詳しく聞いてみると、フラマリアとの国境に近い辺りで、主にイグサとそれを使った製品を作っているゴブリン族の居住地、ボルガンという場所から少し北にいった場所にある森林で、ローリーポーリーの大発生が観測されたんだという。細い森林帯を湿地が挟む地形で、大型の獲物が居ないため、人族はあまり狩りにも利用しないけど、ゴブリン族やコボルト族が薬草や小型の動物を捕えるためにちょいちょい利用している場所だという。
この湿地帯というのは、フラマリアのトロット村のある辺りの東から、旧アスガイアの西部を渡り、マッサイトの西端に及ぶ広大なものだ。フラマリア側、トロット村から真北に進んだところに山地がある為、フラマリア北部に降った雨の半分ほどが、この湿地帯に流れ込むものであるらしい。
……うん、場所的に、あいつらが潜んでても全然おかしくはないですね!くっそまたライゼル案件の気配だよ!!はい!技能があたしが行くべきはそこですよってピン立てた!
「……ひょっとして、あいつらの気配でも感じるのかい?」
ランディさんもあたしの顔を見て、嫌そうな顔をして聞いてくる。
「ははは、御冗談を……と思ってたんですが技能が反応しましたわ……行こっか、ゴブリンさんとこ……ボルガンでしたっけ……」
ある意味予定通りだけど、こんな予定じゃなかったはずよね!?
「そうだな、君の技能がそう反応するのなら、ゴブリン族の安全の為にも、行かねばなるまいなあ……」
フラマリアでの出来事を思い返しているらしく、渋い顔ながらランディさんもそう宣言する。
百匹とか、そんな数のローリーポーリーに自爆されたら、一帯のゴブリン族、住む場所がなくなりかねない。あの悪臭、嗅覚の敏感な種族には毒にも等しい。ゴブリンやコボルトにわざと嗅がせたら傷害罪が成立するんだってよ?
「百匹があの自壊を行えば、ゴブリンどころか人間も住めなかろうな……
ただ、ローリーポーリーというのは、急激にそこまで増加する生物だとは考え難い。奴らが噛んでいるのなら、ローリーポーリーを寄せ集める手段を持っている可能性もあるな。神殿で、他の地域で減少していないか調査してもらえるだろうか」
ランディさんの予測はもっとえぐかった。そうか、人間も無理か……そして他地域のローリーポーリーの調査を神殿に託す。確かに国内を虱潰しに調べるには向いているよね、国神神殿って国内のあっちこっちに地方神殿や末殿持ってるもんね。
「そうですね、手配しておきます。結果は連絡鳥でお知らせ致しますよ」
ベレアルド副神殿長が請け合ってくださったので、ランディさんも頷いて、早々に出発と相成りました。って、その場で転移するとかちょっと行動が雑じゃありませんか?!
「いや待って、俺まで参加する必要あんの?」
そして、問答無用で転移で飛ばされた事にまずは抗議するサーシャちゃん。
「そりゃあ、場合によってはそのまま帰るからね」
と平然と答えるランディさん。いや流石にそのまま帰るのは……いや、あたしだけ戻るんでいいよなこれ……
「まあ報告に戻れって話になったらあたしが対応しておくから、そこは気にしなくていいわよ」
しょうがないので安請け合いだ。実際にはランディさんの手を借りる事になるわけだけど、そこはもう今更だ。
「おんやまあ、ヒトが急に現れただよ?あたらしい魔法かって、ああ!白い兄さん!」
近くにいた、緑色の肌で髪の毛のない、普通の人間サイズの、というか色と頭髪以外はごく普通の人間風、いや、耳が長くて鼻もちょっと目立つ感じ、そんな男性が声を掛けてきた。
「やあ、久しぶり。覚えていてくれて幸いだよ。ちょっと連れが複数いるけどいいかね?」
気さくに挨拶するランディさんの後ろで、
「小人系だっていうゴブリンにしちゃでっかいね?」
「彼はオークさんですね、ゴブリンの進化種ですよ、少し大きな集落なら、ひと集落にひとりふたりくらいは、意外といます」
と、サーシャちゃんとカスミさんがひそひそと話している。
「かまわねえだよ、ってあれ、そっちにいるのは狐の姐さんかい?そちらもひさしぶりだなや」
なんとオークさんはカスミさんも知っているようで、そんな風に挨拶してくれる。
「ハイお久しぶりでございます。ただ、あたくしがこちらに最後に伺ったのはもう十年は前ですし、貴方に見覚えはございませ……いえ、貴方、ガレック君ですね?前回お会いした時はまだゴブリンでいらしたような?」
カスミさんも流れるように挨拶をしてから首を傾げ、そしてややあってから相手を同定する。
「そうそう!おら、ガレックだよ!おかげさんで、運よく進化できただよ。でなきゃもう寿命で狐の姐さんには会えない所だったさ!そんじゃさ、みなさま、畳以外これって目立つモンもねえ村だども、寄ってってくんろ」
なんと、カスミさんが前回会った時のこのオークさん、ガレック氏は進化前のゴブリンだったらしい。そんなこともあるのねえ。
湿地帯の端を通る道を、オークさんを先頭にして歩くあたし達。道の右手は湿地帯、左手は草原からの、少し離れた場所に森林が見える。草原には所々に山羊の姿と、ちっちゃい緑色の人と、一緒に山羊を世話しているコボルトさんが見える。
「おぅーい、皆のもん、お客さんだーよ」
簡単だけどしっかりした木造の囲いを持つゴブリン族の村は、予想より大分広くて、建物は大小さまざまだ。囲いの入り口には一応門をつけました、という感じで、簡素な扉が開けっ放しになっている。
「「「ガレにーちゃんおかえりー!おきゃくさんいらしゃーい!」」」
ちっちゃな、ゴブリン族の子供達がわらわらと出て来る。おぉう、数が多い。普通の人間の子供よりちょっと頭が大きくて、身体が細いのが、普通の人族と同じような服を着てるから、ちょっと目立つかな。頭は子供でもつるっと毛がなくて、横に長く張った耳、飛び出して目立つ鼻、肌も緑色だけど、人間との差異はその程度だろうか。黒目がちの眼がキラキラとしていて可愛らしい。所々にふわふわのコボルトの子供が混ざってるのも可愛い。
その後ろからゆっくりやってくる大人のゴブリン族も、子供たちと余り変わらない。身長はサーシャちゃんより少し低く、子供ゴブさんよりは大きい。体格は子供に比べたらしっかりしているけど、手足の細さはあまり変わらない印象だ。
「思ってたより多い……」
サーシャちゃんがぽかんとしている。うん、気持ちは判る。彼らは種族としては短命で、世代交代が早いから、大きな村になればなるほど、子供の比率が上がると、物の本に書いてはあったけど、本気で多いなあ。
ちょっと試しに近くにいた子達に、ちっちゃい子一杯いるけど、兄弟どのくらいいるの?と聞いてみたら、十人兄弟が少ない方、だった。なんたる。
ゴブリンのかーちゃん大変そうだな……あ、方言っぽいのは特定の地域は意識してません。適当です適当。




