314.人の手に負えないモノ。
連れてきたローリーポーリーを元の森に戻そうとしたら、施設の子供たちから飼いたい!という声が上がった。いや流石にこの生き物を飼う、ってのはなんか無理がなかろうか。なんせこの子、地面に生えている、それも柔らかい草しか食べない。そのくせ毒性は気にしないんだけども。
「個体ごとの寿命は一年あるかどうかという説が有力だ。死んだら数時間で茸が生えて途轍もない臭いを出すんだ、飼うのは止めた方がいいだろうね」
ランディさんがそう言い、トレッカーさんも例の古着の話をして、洗濯しても全然消えない臭いが付いて、倉庫ひとつ全滅したんだぞ、と脅かす。ってそんなに個体寿命短いの?ダンゴガラタケによる分解がかなり早くて、生えてる所に偶然遭遇するのが難しいとは、生態説明の時に聞いたけど。
「死ぬと即座にバラバラになってしまうし、バラけるまで死にかけているのすら判らない生き物ですからね、人の手には負えないのですよ」
ベレアルド副神殿長もそう説得しているけど、推定二人くらい、古着倉庫にこっそり隠した子供タイプの子がいるみたいで、頑強に抵抗の構え。いやあ、ほんとに男子ってダンゴムシ好きだなあ?あたしもこのおっとりした生き物はどっちかといえば好感あるけど。
件のローリーポーリーの方は、草を食べ終えて満足したのか、またくるんと丸まって、時折ころり、と動く程度に落ち着いている。一目散に森の方に逃げていったりしそうなもんだけど、そうはしないらしい。
改めてじーっと観察してみる。見た目はつるんとしたイメージの殻は、触ると案外ざらりとしていて、滑りづらい構造になっているのはさっき確認したけど……あたしの元世界の知識にもあるダンゴムシと、さほど変わりはない、大きさ以外は。流石にこんなでかいダンゴムシとか、元の世界には居なかった。少なくとも、生物図鑑の類には指先に乗るサイズくらいのしか載ってなかったはずだ。これは昨日寝る前にシエラと二人でアーカイブを確認したから、まあ間違いないだろう。
色合いは暗いウォームグレイ。元の世界のダンゴムシは濃灰色をはじめとして、白いのやら緑色のやらもいたらしいけど、このローリーポーリーはこの一色だけだそうだ。一応等脚類ではあるらしく、殻の節と脚の数が対応しているっぽい。元世界のダンゴムシと違うのは、でかいことと、頭を完全に隠せることかな?これは元世界のダンゴムシが防衛行動としてだけ丸まるのに対して、ここのは移動も丸まった状態で行うからだろう。頭出しっぱで転がったら、流石に痛そうだし。……いやでもこいつら、痛覚あるのかしら?
「ねーちゃんとこのダンゴムシ、でかいのいた?」
サーシャちゃんがそう聞いてきたので首を振る。
「流石にこんなデカいのはリアルじゃいなかったわよ。ゲームのモンスターでは居ないでもなかったけど、こんなにきれいに丸まらなかったわねえ」
そう言えばゲームで出てきたことはあったな、でっかいの。ただ、βテストだからって、普通のダンゴムシをスキャンしてデータぶち込んだらしくて、頭が隠せないタイプのモンスターになっちゃってて、速攻弱点見極められてフルボッコになった可哀そうな敵だったな、その時は……
「……やっぱダンゴムシはロマンなんだな?」
そう言うサーシャちゃんの元世界にも、やっぱりこのサイズはゲームの中くらいしかいないよ、という話だった。やっぱでかいダンゴムシモンスター、浪漫枠なのか。
ころり、ころり。
そうやって見ている間にも、ローリーポーリーは転がって少しずつ移動している。主に、あたしから離れようとしているように見えるのは気のせいだろうか?
ローリーポーリー自体は、全く思考していない。なので、これは偶然であるべき、なのだろうか。いや、でも他の場所から誘導式で動かされているなら?
じっと見ていたら、更に転がって離れるローリーポーリー。残念ですが、技能は視界内ならバッチリ有効です。魔力に限りなく近い、微かな繋がりがこの丸い生き物を動かしているのが、なんとなく程度に感じ取れるようになってきましたよ。ただ、その繋がる先は、正直さっぱり判らない。まあ今は判らなくても困らないんだけども。
これ以上見てるとまずいな、と何故か思ったので視線を逸らす。視界の端っこで、ころりころりとゆっくり転がって、あたしから、いや、誰の手も届かない程度の、微妙な場所に止まるダンゴムシ。
「「「「「「「「「あ」」」」」」」」」
見ていた全員の声が揃った。その場で、ぱりんと自壊するローリーポーリー。待てやこいつら自殺するんかい!いや自由意思でやってないからアポトーシス?トカゲのしっぽ切り?
バラけた殻から、すすす、と中身の神経系と思しきものが中の身に戻っていくのが見える。
そして、それでうっかり気が付いてしまった。これ、中身そのもの、本体がダンゴガラタケでは?トレッカーさんがトドメを刺して回ってた時と挙動が違う。中身がコントロールを失った状態で生成されるのが、ダンゴガラタケ?やはり茸じゃなくて粘菌、と呼ぶべきであるらしい。薬効があるのはダンゴガラタケと呼べる形状の時だけだそうだから、これがばれても殺戮には繋がらないだろうけども。そもそも出来るならとっくに誰かがやって規制されてるよね、多分。
神経索として張り巡らされていた細胞と思しきものを回収すると、ダンゴムシの中身はべたっと地面に張り付いて、そのまま粘菌としては異常なスピードで地面に潜って逃げていく。残されたのは、バラバラになった甲殻だけだ。
……あれ、甲殻が、何故か魔力を帯びている。いや、なんかこの世界の大体の地域では普遍的に、空気中にもある程度存在している魔力を、吸い込んでいる?
「……〈結界〉」
「あっこれやべえ」
サーシャちゃんも気が付いたようだけど、あたしが光以外は通さない結界を張るほうが早かった。あたしが張った結界の中で、ばふん!と音立てて粉々になる甲殻。黄色い、見本展示されていたダンゴガラタケや、例の中身と同じような色の粉末が、放って置いたら周囲一面に飛び散って、壮大な臭いテロをやらかされるところでした!!臭い爆弾にもなるとか、何だこの謎生物!
「流石裁定者様、反応がお早い……お陰で助かりましたが」
ベレアルドさんが真顔でこちらを見ている。
「魔力視があるので、異変に早く気が付けただけですよ。しかしこれ中身どうしましょうね。寝ないで結界を維持するのは現実的ではないので処分してしまいたいのですが、うっかり光以外は通さない設定にしてしまいました」
魔力を集めてたから、魔法攻撃の可能性を考慮して、魔法は通さない設定にしちゃいました!
〈私の力は入りますから、分解してしまいますわね。それにしても見事な結界術ですわねえ〉
地方とはいえ、系列神殿の敷地の中の事であるせいか、国神様が気安く請け負ってくださって、地面からにょろりと伸びた青草が、黄色い粉末を綺麗に吸い取っていく。黄色いのが見えなくなったところで、危険は感じなくなったから、結界は解除する。おおっと、ちょっと臭いが残ってた。でも染みつくような濃さではないから、恐らく平気。気になる人は今日はちゃんと入浴して頭も洗いましょうね、ってところだ。
「魔法に対する反応は一流の早さなのに、なぜ咄嗟の動きが素人以下なのか……」
ランディさんが失礼な感想を述べている。
「だってねーちゃん固定砲台タイプじゃん、カナデと一緒で」
あたしが口を開くより前に、サーシャちゃんに追い打ちをかけられる。
そりゃ病院育ちの生い立ちが似てるんだからそうなるわよ!と、開き直ったら普通に二人に納得された。
「帰ったらカナデ共々ちょっと特訓だな……」
サーシャちゃんが不穏な事を言いだした。あのね、あたしこれで普通のこの世界の人間女子の体力運動能力だからね?それ以上は別に求めてないからね?
「そういえばカナデ君は誘わなかったの?あの子も充分ダンスィ素質はあった気がするけど」
ちょっと気になっていたことを聞いてみる。ランディさんはそういうところで仲間外れは絶対やらないタイプだ。
「あいつ虫系基本苦手なんだよ、農民やるのに大丈夫か不安になるレベルで」
なので、ダンゴムシがでかい、というのを聞いた時点でリタイアしたそうだ。ああ、そういえば以前どこかで虫に遭遇した時も、ワカバちゃんが平然として、ビビリ散らかすカナデ君を庇ってたっけね……
カ「みみずとワラジムシは平気だから!!!」
なおぼふんしたのはサーシャちゃんがガン見の構えのままだったから。




