297.気が付いたら一年。
あくまでも作中では。
そういえば、誕生日が過ぎて、完全に春になったという事は、この世界に召喚され落ちて来てから一年が過ぎたってことか。
あんまりいろんなことが詰め込まれすぎて、まだたったの一年?という気持ちの方が大きいけど。
披露宴という名の村総出の宴会で、ランディさんから三人組が預かっていた料理を堪能しながら、そんなことを思う。なお正確な日付で言えば一周年はちょっと前、本当に誕生日のすぐ後くらいに終わってる。別に祝うような日でもないしね……
「へーいカーラちゃーん、お手伝いお疲れー!一緒に飲みましょう!」
完全素面判定なのに、酔っ払いみたいな陽気な口調でサクシュカさんが構いに来る。なお乾杯で付き合いのように一杯キメただけなので、恐らく彼女的には飲んだうちにも入ってない。あたしは食い気を優先して誕生日の時の貰いもののエルダースパークリング、ほぼノンアルの炭酸水にしたんだけど。
「嫌ですよ、サクシュカさん全然酔わないから付き合い切れません」
一応成人を大っぴらにしたので酒は飲んでも構わないのだけど、生憎余り興味がない。食べ物のほうを優先したい。ちなみにサクシュカさんが酔わないのは、お年始の時に何故かワカバちゃんと飲み比べになってたので知っている。ワカバちゃんも意外と強かったので、見た目では勝敗はつかなかったのだけど、サクシュカさんは終始素面判定だった。ワク通り越して酔う機能がなさそうだよ、この人。
「そうは言うけど、お酒に慣れておくと、困った時の緊急カロリー補給には悪くないわよ」
最低限の酒量は確認しておくべきなのよ、とサクシュカさんは言うのだけど。
「酔っ払い治癒師とかイメージ悪くなりそう……」
「それを回避するための酒量確認よ!」
そう言うと、初心者向けだというやや甘口のスパークリングワインのグラスを押し付けて来るサクシュカさん。仕方がないので一口。ああうん、確かに飲みやすいし、美味しいと思う。
《お酒ってこんな感じなのですねー》
これまたお酒初体験のシエラも楽し気な声、気に入ったんですね?
あれもこれもと試した結果、予想外にザルなことが判明してしまったあたしです。いやこれ多分技能が魔力使って自動解毒してないか?段々お腹が空いてくる方が早くなってきたよ?
《あはははは、本当ですね、酩酊解除って技能がフラマリアの時に生えてたんですが、まさか自分に対してはパッシブだとは思いませんでしたあ!》
ちょ、シエラさん、酔っぱらってないですか?そんな笑い方普段しませんよね貴方?
「……むぅ、酔っ払い介抱経験が既にあるのか……」
サクシュカさんも診断系技能は持っているので、あたしが酔わないカラクリには気が付いた。サクシュカさんのはその技能も持ってるけど、多分もっと根源的な何かっぽいのだけども。うん、サクシュカさんのそれも、カラクリのある類だ。普通の酒への強さとは、別ね。
「ああ、フラマリアでドワーフの酒飲みが一杯いる村に行きましたのでね。エスティレイドさんの報告書あたりにその辺載ってないです?」
フラマリア国内での調査も、こちらの国に報告書を提出する許可は貰ってたはずだから、出していないはずはないのだけど。向こうで出された魔力たっぷり肥料っていう宿題の件もあるしね。
「あー、地名は伏せてあったけど、ヘレックに行ったのね……確かにあそこならエスティとムーレルさん以外は潰されるわね……」
ムーレルさんというのはハルマナート国から出向いていた調査団の副長さんだ。確かにあの人も自力で歩いて帰ってきてたな、ちょっとふらついてたけど。
「そうなんですよ。カナデ君と二人で治癒かけてまわったりして。でもカナデ君は多分この技能出てないと思うんですよね……」
魔法の挙動が微妙に違うんだよね、あの子の治癒。恐らく持ち込みスキルの影響だと思うんだけど。
「ああ、カーラちゃんみたいに素直に私達と同じような技能を取得するタイプの異世界人って意外と少ないからね。持ち込みスキルが多いと、技能は生えにくいし」
へえ、それは知らなかった。あたしは持ち込んだ技能って速読くらいで、後はあらかた後付けだもんね。
《ああ、貴方の巫女技能の半分近くは持ち込みだと思いますよー私が合流した時に、最初からありましたー。でないとあの聖旨とか説明つきませんしー》
なんだと?巫女業なんてバイトでもやったことないわよあっちでは。
《家系的なものじゃないですかねー私の血筋から継いだものと構成が似てますからぁ》
家系?家系かあ……そう言えばその辺はあまり知らないな。割と古い家柄らしいことはおじいちゃんに何度か聞かされたけど、どういう家だったのかは全く、ほんとに全然、聞いてない。
「では最後に出会いから約一年にかんぱーい!カーラちゃんに救われたのは、ほんと一生忘れないわ、私!」
サクシュカさんは最後にそう言って、最初のスパークリングワインをまたあたしに飲ませると、新郎新婦をからかいに行きました。そっか、海のスタンピードからも、一年経つんだ。
「酒ー……いいなー」
近くの席でチキンを齧りながらサーシャちゃんがふてくされている。
「流石にあと何年か待つしかないわねえ。まあ、案外あっという間なんじゃないかしら」
きっと今年も、色んな事があるだろう。冬の間だけでもトゥーレやらレガリアーナやら、あっちこっち忙しく行って回ったんだし。マッサイトにもなんかフレオネールさん達と行く話でまとまってるし、もうちょっと落ち着いたらサンファンの様子も見に行きたいのよね。
「だなあ、今年は畑もやんなきゃだし」
借りる予定の畑部分は、夏野菜を作付けするエリアと一緒に、一足先に堆肥などの基礎資材を投入済みだ。それ以外の土地は一旦土を肥やすタイプの牧草を入れて、夏頃に、月末までに来る予定の頭数と同程度の新たな家畜を導入するのが決定済み。去年はそこまで手が回らなかったから、僅かな生き残りの羊と鶏だけしかいなくて、村の近所の雑草だけで充分まかなえたとか言う話だ。
そういえば、城塞に一頭だけ連れて来られていた、魔力の付いた羊も、結局そこから特に変化がなかったので、この新しく作る、村の羊の群れに入れることになっている。ブラッシングとかちょっとだけ贅沢慣れしてるから、普通の羊と馴染めるかが心配だ。城塞ではユニコーンの群れと仲良くしてたから、大丈夫だと信じたい。
その一方で、賢い狼ズが、ついに幻獣化した。群れ全員が灰色狼から、コルモシオン族という新規の種族になったそうですよ。体格が一回り大きくなって、ブルーグレーの毛皮が綺麗な集団になりました。彼らの変化は本当に少しずつ進んでいたので、秋から冬にかけてのんびり変わっていった感じだそうです。挨拶に来てくれたので全員モフりました!いい手触りだった!
城塞といえば、ミモザも成獣といえる年になったけど、まだ念話がいまいち上手じゃないので、今は魔法共々特訓中だ。
ジャッキーの方は発話が随分上手になった。体格もまた一回り大きくなったし、角がまた少し伸びた。ただ、枝分かれこそしているけれど、どうも鹿のそれとは、やや趣きが違う感じだ。もう少し大きくなったら化身化もできるかもしれない、と言ったら、別にそれはできなくていい、なんて言っていたけど。化身化は聖獣種族でもできたりできなかったりだし、アルミラージがそもそも化身化をしない種族なので、彼らに普段の生活は混ぜて貰っているジャッキー的には、できなくてもいいや、という発想になるのは判らないでもない。
シルマック君は後輩が増えただけで、いつも通りだ。流石に最近は魔力も余り増えないので頭打ちという奴だろう。相変わらず思考はあまり言語化されていない感じだけど、出会った頃に比べれば、各段に判りやすくなったと思う。フラマリアに行った時もえっそれ野衾?何その魔力量?ってドン引きされたんですけどね。それでも、ミモザの半分もないくらいかなあ、魔力量。元々野衾の魔力って吹けば飛ぶようなレベルでしかないしね……
サイレンティ君は相変わらずランディさんの所とあたしの所を行ったり来たりしている。他の人の所にも出向いているようだけど。ちなみに複数の召喚師と契約している召喚獣の場合、他の人が呼びだしている間は新規に呼びだせないし、用事の途中ですと断られることもある。でないと話の途中や何かを運んでいる途中で呼びだされたりしかねないから、当然と言えば当然だね。召喚術が動いたのは召喚される側には伝わるし、一度召喚魔法陣を動かして、相手が呼び出し中、かつ呼び出しを断られていない状態だと、そちらで送還されたか、召喚者から一定以上の距離を離れた時にフィードバックがあるから、そのタイミングで再召喚すればいいという感じ。
さて、春の村での最大イベントも終わったし、久々に旅の支度ですかね。今回は三人組は来ないはずだけど、帰りをどうしようかな。
という訳で八.五部はこれにて終了。いやあ、思ったより村パートが長くてですね。
コルモシオン族はこの世界では新規に生えたフェンリルルートの初期分岐。




