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番外編:クラシコ村に帰る人々。

 もう一本おまけ。ガトランドさんちの父ちゃん兄ちゃんのその後、三人称。

 3話更新日(これは2本目)ですので新着からの方はもういっこ前からどうぞ。

 ハルマナート国の南西部、半島の真ん中よりほんのちょっと南側にあるクラシコという村は、普段は鄙びた漁村だ。その鄙びた漁村が、今日は何時になく賑やかだ。村民のほぼ全てが家を出、港に足を運んでいる。ある一隻の船が帰港する日であったからだ。


 晴天の昼下がり、満艦飾、とでもいうべき風情で大量の大漁旗を掲げて入港してきたその船は、暫く前に年寄り二人ばかりを客にして、タブリサに行っていた古い客船だった。普段はタブリサではなく、近隣の別の村々を行き来するのに使われているのだが、その依頼が来た時に、たまたまこの船しか条件を満たすものがなかったので駆り出された。余り大きな村ではないクラシコに、十人前後が乗り込める船というのは、余りないし、漁船は春のスタンピードが被害なく抑えられた影響で、どの船もフル回転で出漁しているから、そもそも空き船などない。

 ただ、今日は全ての船が港にもやわれている。何せ、村を上げての慶事を祝うべき日だからだ。港に集まった全ての村人は、大漁旗をはためかせ、一本の、祝・帰還!と書かれた横断幕を舷側に飾ったその船の着岸を、今や遅しと喜色満面で待ち構えている。


 ゆっくりと、空けてあった岸壁に、船が接岸する。その瞬間、わあっ!と大歓声が上がる。船上に居る集団は、面映ゆそうな顔で、軽く手を振るなどしている。


「ガルデマン!!まあすっかり頭まで真っ白になっちまって!!だが良く無事で帰った!十年ぶりか!」

 今の村長の父親でもある前村長、この村の最年長の老人が、まずは帰ってきた彼らがこの村を最後に出航した時の船長であるガルデマンに声をかける。彼の方は、頭はつるりと、陽の光を受けて輝いている訳だが、仕事としての船を降りてから伸ばしている顎髭は、これも見事に真っ白だ。


「やあバードナーさん、村長は引退したと聞いているが、健勝そうでなによりだ。それに皆も久し振り。ああ、十年も経っているから、新顔も結構いるもんだね」

 そう返事をして、まずは足早に船を降りるガルデマン。他の面々も続けていそいそと船を降りる。村から息子を迎えに出た二人の老人は、子供たちに気遣われながらゆっくりと。


 彼らが十年の間、どこで何をしていたかは、既に簡単に文書に纏められ、届けられているので、村人はもう皆知っている。それでも、その間の話は皆が聞きたがったので、村の広場に集まって、質疑応答などが繰り広げられた。とはいっても、彼らの十年の大半は、亡霊の影響下で自我も薄らいだ状態であったので、後から聞かされた亡霊側のからくりを簡単に説明する事しかできなかったが。

 ただ、その救出に至る過程の話、亡霊退治と、その後都合により赴いたトゥーレの話は、大変皆に喜ばれた。なお鬼神と少女のバトルは、彼らは目にしていないし、聞いてもいないのでそこは知らなかったリする。亡霊討伐は、鬼神が起こした落盤時の轟音に驚いて様子を覗きに行った若手二人が後ろの方から目撃していたので話が出来たのだが。


「トゥーレの話を直接体験した者から聞ける日が来るなんて、長生きもしてみるもんだなあ」

 年齢的に長老のバードナーはそう言ってうんうん頷いている。


「湯治は極楽だったが、原因の方はもう二度と御免だがねえ」

 そう言って苦笑するガルデマン。そりゃ違いないね、と頷く一同。


「ああそうそう、南の魚人のブレイザーって奴にも、だいぶんと世話になったんだ。俺らの救出には、何気に国が関わってるから上から謝礼位は出ているだろうが、こちらからも礼位は言わねえとなあ」

 そう言ったら、若い女衆から、えー?と何故か抗議の声が上がる。年配の女性はあらあらブレイザーってドンちゃんかい?という声が上がっているので、どうやらこの村でも散々ナンパするだけプレイをやらかしていたようだ。まあ南の魚人族の男はそれがデフォルトなので、年配になればなるほど、あれは挨拶みたいなもので、誰一人として本気で口説いちゃいない、くらいは知っているのだが、そこまで達観できない若い女衆にはウケが宜しくないらしい。


「違う氏族の魚人も一人途中で捕まっていたんだが、いい奴だったぞ?まあ野郎しかいなくてナンパ相手が居ない以前に、婚約者がいる間だけはナンパは絶対にしないって話だったが」

 治癒魔法が掛かってから再度取り憑かれるまでの短い時間や、解放されてからの僅かな間に多少の交流はあったので、その位の知識はあるガルデマンがそう説明する。


「いやまって、婚約者がいる間だけって、結婚したらまたやるってこと?」

 一人がその言葉にもっともなツッコミを入れる。


「そうらしいぜ?あいつらのナンパは挨拶同等で、それ以外の意味はねえらしいしな」

 魚人同士だと、自分か相手のツレに沈められるまでが挨拶としてのお約束なんだってよ、と回答するガルデマン。これは実際に救助隊にいた夫婦に聞いたので間違いない話の筈だ。


「そういやああの子達、ナンパしにきても、ちょっとした手伝いか、話し相手になるくらいの事しかしないわよね、いつも。うちはもう子供たちも家にはいないし、話し相手になってくれるのはほんとに助かるけど、あの子達それで楽しいのかしら?」

 年配の寡婦の、典型的な漁村の小母さん風の女性がそう言って首を傾げている。


「地上の情報ならなんでも楽しく聞けるから問題ないって言ってたぜ?」

 役に立つかどうかは関係ないらしい、とガルデマン。これもブレイザーに直接聞いたから、間違いないんだろう。あいつは特にそう言う無駄話を好む変わり者だ、とは他の魚人に聞いたから、全ての魚人がそういうわけでもないようだが。


 ちなみに結婚相手を決める際も、初手はいつものナンパでスタートするらしい。その後のフィーリングが大事なんだよ!と魚人男子たちには力説されたのだが、女子勢はそうでしたかねえ、と澄ましていたので、恐らく彼らの社会は女性側が男性を選ぶシステムになっているのではないか、と推定した当時の船の乗員たちである。



 冬の陽は南方のこの地方でも暮れるのが早い。わいのわいのと歓談していた広場も、一組ふた組と人が帰っていき、後はガルデマン一家と、その隣人たち数人だけだ。リベーレとゴンザレスは、年配の親を気遣って、先に帰っている。


「それにしても、こんなお祝い事でもガト坊はこっちには帰ってこないんだねえ」

 隣家のおばさん、いやもう年齢的にも孫の存在的にもおばあさん、がそう言ってため息を吐く。


「あいつはタブリサで散々もみくちゃにしてやったから今はいいさ。住み込みの庭師の仕事を置いてまで探しに来てくれたんだし、あんま雇い先に無茶も言えねえだろう」

 そう言ってガルデマンはニヤリと笑う。その雇い先が龍の王族であることくらいは知っているが、勤務地が国境の、国内で一番危険な城塞であることまでは、ここで更に心配まではかけたくない、と、ガトランドが関係者に口止めしていた為に、実は知らない。


「あいつ髭生やしてたなあ、俺らも剃るような歳じゃなかったかなあ」

「いやいや、人生まだまだこれからだって」

 兄と弟は、すっかり独り立ちした大人の男の風格を出してきていた末弟を思い出してちょっと溜息をついている。十年は、己の事すら余りよく判らない有様で過ぎるには、流石に少し、長かった。


 三人で連れだって、元の家に帰る。近所の人が彼らが帰還すると聞いてから掃除と片付けはしてくれたそうで、布団や食料を運び込めば、すぐに住めるようにしてくれてあるようだ。

 当面のちょっとした生活用品と食料はタブリサで買い込んできていて、それらは一行が広場で話をしている間に、タブリサに居る時や、航海中に話を聞いてるから俺らはいいよ、と言って、迎えの船の船員達が運び込んでくれていた。それらを取りあえず今日明日に使う分だけ開梱してそれぞれの部屋や台所に運んでいく男たち。

 家は、外見こそ過ぎ去った年月相応に古びていたが、中は思ったより彼らの記憶と変わっていなかった。ただ、ガルデマンの妻、そして兄弟の母であった人の部屋は、今も当時のまま、たまに埃を払っているだけだという話だったが、今はまだ、覗く気持ちになれない三人である。


 幸い、海賊の財宝の分与があったことと、国からの見舞金名目のあれこれで、当面どころか、十年くらいは質素になら暮らしていける財産は得ている。ガルデマンは流石に年齢的にも後は引退してのんびり暮らすつもりでいるようだが、兄弟はまだ独身でもあることだし、年齢的には充分働き盛りだ。当面はブランクを取り戻すべく雇われ船員でもやるかねえ、と、早速夕飯の席で相談を始めたりと、中々に逞しい。


 十年で色々なものを失った彼らだけれど、残ったものと、これからをまた、歩んでいくのだ。

もいっちょおまけがつづくよ!

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