253.鑑定完了と分配。
第八部にもなってやっと世界の通貨の話とかおまえ……
いやあ、まさか細かいものが多いからって、分類だけで二日かかるとか、割と想定外ですね!
とはいえ、例の微妙なアイテム一点以外は、全部分類と計数と価値鑑定が終わった。
ついでにサクシュカさんがレガリアーナから三百八十年前だかに届いた方の、当時の目録を探し出してきたので、それと突き合せた結果、例のバングルは、ほぼ同じものがもう一点作られ、現在もハルマナート国王城に存在することが確定した。というか、代々女王陛下が着用している品で、現女王陛下も正にご愛用中だったよ!
ちなみに着用して魔力を通すと形状が本人のサイズに合わせて変わり、着用者の一番強い属性に小花の部分の石が染まる。そして、ハルマナート国の女性王族にしか付けられない、自分の意思でなら外せる、生きている限り他人が外すことはできない、という仕様だそうだ。普通にいいものだった……
「……じゃあこちらも、ハルマナート国の宝物庫でいいんじゃないか……?」
ランディさんが妥協を求めたけど、いやうちはうちでもう貰ったんだから、二つも要らんでしょ、と、サクシュカさんにすげなく断られていた。
「うーん、女王陛下の着装品と同じものが別の所にあります、ってあんまりよくない気が、ちょっとだけするんですよね」
ハルマナート国の女王というのは、龍化できる女性王族じゃないとなれないから、僭称とかはぶっちゃけ実質不可能だけど、それでも、何らかのトラブルのもとになる可能性のあるものは、ないに越したことはない、という感じはするのですよ、ええ。
「それでも、この国に二つあるよりは、受け取れなかった方は送り返して、先方にこんなことがあった、という展示理由でもくれてやる方がいいと思うのよね、私としては」
サクシュカさんの意見ももっともだったので、バングルはやっぱりランディさんが春になったらレガリアーナに持っていく、という事で決まった。謝礼位は出すわよ、というサクシュカさんの軽い宣言が一応の決定打だった。まあ真龍ってお金には困ってないから、依頼という形の強制力が欲しかっただけなんだとは思うんだけどね。
「では後は残りの品を分配で終了かね?」
ランディさんが軽い調子でそう言いだしたけど、ちょっと待ったなのですよ。
「そうは言いますけど、この後の分配、物品のままだと困る人の方が多いですよね?」
何せ受け取る人はダーレント元公子以外、全員漁師さんだ。まあ宝飾品貰って喜ぶ奥さんも何人かはいるかもしれないけど、そもそも奥さんがいない人もいるしさあ。
「だから価値鑑定をしたろう?全体の概算金額をまず事前の取り決め通りダーレント殿に半分、残りを漁師勢で、三分の二がクラシコ勢、残りをタブリサ勢と魚人君にまずは金額ベースで分配してから、個別に希望する品があればそれだけ物納で、受け取り金額からその品の査定額分だけ差し引くという仕組みだよ」
ああ、一応記念品としてアイテムの形で欲しい人もいるぶんは、そうやって相殺で処理するのか、成程な。
なお、お金の方は実は一旦国庫から出る。個人が希望しなかった品は全て国が査定額で買い取って、後日改めてオークションにかけるそうな。
個人が全部アイテムで希望してもいいけど、この世界のオークションって大半が国営だから、自分で改めてオークションに出品したり売り払ったりするのは、実は手数料や在庫管理、商人セレクトのあれこれを考えると、割に合わなかったりする。そもそも今回みたいな場合、国庫の買い取り額は世間の一般商取引の査定額に、見舞金分が上乗せされてるのが普通で、絶対的にお得なんだって。
という訳で、お母さんや奥さんや婚約者のいる人達が数点の小ぶりな、庶民が持っても違和感のさほどないクラスの宝石やアクセサリーを選んだ以外は、魚人のタムワールさんも含めて全員が金銭での支払い希望だったので、分配もすんなり終わった。ダーレント元公子もこの二日ちょいの待ち時間を利用して口座を作ったそうで、金銭払いを指定していた。まあ彼の場合は、元々所持していた自分の貴金属も多少あって、非常用の手持ちは間に合っている、という事情もあるのだけど。あんな場所では使い道ないもんね……
「しかしこの点数だと、すぐにとはいかないですね」
直近のオークションの予定はもうあらかた埋まっていますし、と、鑑定士さん。普段はそういう国立オークションの出品物を鑑定するのが本業なんだって。
「コインは一旦国庫に入れとけばいいでしょう。大半は古銭というほど古いものでもないし」
サクシュカさんは雑にそんな判定をくだす。
「それはそれで手続きがややこしくなる。エスティレイドに年度末の仕事を増やすなと文句を言われるのは我なのだが?」
細かい作業は苦手だ、と分別作業は完全に見守るだけの人になっていたマグナスレイン様が異を唱える。そっか、エスティレイドさん、サクシュカさんに直接文句言えないのか……何となく気持ちは判る気がする……
「ああ、現行同等金貨と銀貨は額面価値で計算していますから、そこまでめんどくさくはないはずですよ。ただ、六百年程前の古銭が各種計とはいえ、一万枚近くあって、これは流石に不用意に流すと古銭市場そのものが荒れますね……」
地金の品質やら鋳造技術やらの関係で、四百年前までの古銭と、それ以後の現行同等貨幣とは、価値が全然違うんだそうだ。根本的な発行可能枚数自体が全然違うのと、古いものは交換時に回収された分は全て改鋳されたからなんだけど、切り替え当時は新貨幣の方が品位が良かったにも関わらず、えげつないインフレが起きそうになって、各国結構大変だったそうな。
まあ今は金融機関的なものが商工会中心に発達し始めていて、国内限定で手形振替とかは普通にやってたりするけども。あと流石に今の時代でも、金貨は庶民の生活にはあんまり出てきませんね……あたしも普段持ち歩いてるのは銀貨をちょこっとと、後はだいたい含有物で色を変えた銅合金貨が数種類、というところだ。秋に海岸から一人で戻るのに、泊りも挟んじゃったせいで結構ギリギリだったから、もうちょっと銀貨増やしてもいいかもなあ……
「どうもこの世界の普段使いの貨幣って、小さいから落ち着かないなあ」
カナデ君が前から時々ぼやいていることをまた呟いている。最小単位の貨幣が、彼らの言うところの十円玉の四分の一サイズだそうだからね、確かに小さいような気はする。なおでっかいのも高額金貨だけだから、貨幣は全体的に小ぶりなんですよね。
通貨単位は国ごとに呼び名が変わるけど、基本的に貨幣価値はメリサイト国以南の友好国家間ではほぼ一緒だ。地金品位とサイズと重さは同等で、各国ごとに刻印のデザインが違うだけなので、普通に運営されている大概の国や地域でなら、手持ちの小銭は普通に使える。これは昔貨幣改革を行った異世界人が、各国に鋳造設備を作って、維持管理を徹底的に指導して回った結果だ。なお例によってライゼルだけ、その恩恵を拒否したので、あの国だけは通貨が違うとか言う話だけど、ここ百年前後はほぼ鎖国してて、正直よく判らんのが現状ですね……
「俺らの国にも五万円金貨とかあったけど、完全にコレクターアイテムだったよなあ」
サーシャちゃんは大きな古銭組の金貨をつまみ上げて、そんな風に述懐している。文明と世界が違っても、案外と何処も似たようなものらしい。
「というか、この世界でもコレクターっていらっしゃるんですね」
ワカバちゃんは市場のほうが気になる様子。まあ国単位で経済がまとまり気味の所にコレクターってちょっと不思議な感じはするよね。
「異世界人が大抵の物は流行らせたからな。ほれ、船乗りの気付け用の酒瓶があるだろう?あれも昔は港ごとに形が違うものであったのが、あちこちの瓶を集めるコレクションが流行って、肝心の船乗りたちが入手しづらくなったせいで、国単位で徐々に規制が入り、各国ごと、多くて三種程までにまとめられてしまったんだよ」
実はハルマナート国の西岸でも、北のコロル村辺りと、南よりのクラシコ村辺りでは、百年程前まではデザインが別だったらしい。ただ、クラシコ側の業者さんがスタンピード被害で工場ごと壊滅したので、東西で違うだけ、という今のスタイルになったのだそうな。
そんな訳で、実は今回の収穫物に混ざっていたいくつかの酒の空瓶が、廃盤品でコレクター価格が付いていて、そのうちの一点なんて、現存する完品がもうないのだとかで、貴金属もびっくりな評価額になっていたりもした。
世界が変わっても、コレクターとは業が深いものであるらしい。
主人公の元世界はキャッシュレス推進が進んでたので主人公はリアル小銭の記憶自体があんまりない。