247.タブリサへの凱旋。
かえってきました。
その後は、マグナスレイン様の付き添いでタブリサまで一気に戻った。ここぞとばかりにカナデ君が張り切って〈複層詠唱〉まで使って爆速で船を走らせたので。そしてその無茶振りに一切影響を受けない船、あれ?
減速したところで聞いたら、ワカバちゃんが強化スキルを拡大状態でかけてたらしい。エクステンドをカナデ君より先にワカバちゃんが使いこなしてる?と思ったら、魔法じゃなくてスキルの複合作用を利用しているという話だった。サーシャちゃんがそれを聞いて、やっと謎が一つ解けた、と言っていたので、ゲーム中に編み出した、所謂秘技であるらしい。
「前からどこまで固くなる気なんだとは思ってたけど、ここまで出来るのか」
サーシャちゃんがちょっと引いたような顔で呟いている。
「リアルで昔家族を守れなかった、という記憶のせいですかね、ゲームでもつい盾系職ばかり選ぶようになったのは。今は皆さんを守り切れる実感があって、とても楽しいし、高揚しますね」
ワカバちゃんの回答が、地味に、重い。サーシャちゃんがごめん、と呟いて、いやだから高揚するって言ってるじゃないですか、と笑われている。
三人組は、それぞれが、どうやらそれなりに重い過去を持っている。ただ、三人ともそれは既に過去の事として消化しきってしまっている気配もする。まあそのへんはあたしも正直余り変わらない。世間様から見たらあたしの前の人生も充分悲劇的なものだった、だろうし……くらいは頭に置いておくようにしていたけど。今?誰もそんなこと知らなくていいよねー、としか思っていませんね。今のあたしとして生きていくのに、必要な情報じゃないからね。
《あなたの人格形成には多大な影響を及ぼしているはず、なのですけど……まあ、正直に言えば、わたしが知っていれば、それでいいですよね》
シエラは暇つぶしと称してあたしの記憶のアーカイブもあっちこっち見て回ってるから、フルにではないけれど、あたしの前の世界での過去もそれなりに知っている。とはいえシエラから他に漏れる事なんてそうそうないし、悪用するはずもないので、そこらへんは好きにしていいと思ってる。だから、今の問いの答えは、それでいいんじゃない?だけね。
タブリサの港近くになると、流石に漁船の姿などもちらほら見えるので、船は通常の速度にすうっと戻される。コントロールもしっかりできているわねえ、減速にムラがないし反動も一切出てない。船長さんたちが感心した顔になっている。
「坊主、お前一流の船乗りになれるぜ、この世界なら」
ガルデマンさんがそうカナデ君を褒めている。
「ありがとうございます。でも今のとこ目指してるのは普通の農家なんで!」
カナデ君の返答はこれだ。鶏たちがコココ、と鳴き声だけで追随している。いや、君たちの美味しいごはんの為に農家目指してるんと違……違うよね?流石にそうじゃないよね?
【では先に降りてくる、入港は港湾管理局の指示に従いなさい】
流石にレメレやタブリサ程大きな街だと、マグナスレイン様でも降りられるサイズの広場が存在している。どうやら先にそちらに降りるらしく、ずっとあたしたちと並走するように飛んでいたマグナスレイン様が速度を少し上げて離れていく。
丁度定期航路の船が入る時間だったので、少し待つように、と、港湾管理局から飛ばされてきたカモメの仲間の召喚獣さんが伝えてくれたので、了承の返事を持って帰って貰って、しばし待つ。再びカモメさんが飛んできて、上空から付いてこいと促されたので、指示通りについて動く。成程、普段の入港管理、こんな風にしてるのね。他にも沢山カモメがいるけど、一割くらいが港湾管理局で働いてる幻獣だと、後で聞いた。そっか、九割は野良カモメか。まあ幻獣は明らかに二回りくらい大きくて翼が白いし、おまけに仕事中の彼らは、大変目立つ色とりどりの胴着を身に着けているので、見間違えることはまずない。今あたし達を誘導してる子の胴着は鮮やかな黄色ですね。ライフジャケットみたいにも見えてちょっとカッコイイ。
「鳥用のジャケットってあるんだな、いいなあ」
それを見たカナデ君がお目目キラキラになっている。うん、君はそう言うと思ってた。
(流石にあれは我々には似合わないと思いまーす)
(登山とかの時なら着てみてもいいかも?)
鶏たちは意見が割れている。ロロさんは動きを阻害されると嫌だなあ、という感覚、ココさんは安全ジャケットとしてならワンチャン、らしい。
「あれ着て飛べるんだから、動きの邪魔にはならないと思うわよ、ロロさん」
取りあえずロロさんの疑惑にだけは答えておく。へー、と気のない相槌だけ返ってきた。
「流石にこの街の召喚獣洋品店に鶏用はないだろうから、作るとしたらオーダーだねえ」
ランディさんが要らん情報をくれる。多分それはお予算オーバーみたいな話ですね?
港に近付くと、誘導されていく船着き場の先端辺りには係員さんとマグナスレイン様だけが立っていたけど、陸地側辺りには、何人もの人たち。そして、そこ以外の、港の埠頭や岸壁のどこを見ても、ものすっごい人だかりができていた。なんだなんだ?将軍ファンか?
「あ、クララ!!」
メドラウドさんが愛妻を見つけたらしくそう叫ぶ。あ、ほんとだ。クララさんもガトランドさんも、ガーベラさんも桟橋にいるわね。あと、コルテックさん達のいた船団の人たちはそれより後ろに、船員さんたちの家族の、見覚えある人たちを先頭に並んでいる。二人ほど、見たことない年配の人がいるけど誰の家族だろう?
「え、かあちゃん、生きてたんだ……」
唖然とした様子で呟いたのはリベーレさん。どうやらもう一人もゴンザレスさんの身内の人らしくて、マジか、今いくつだよ、と呟く声。
ここまで爆速で戻ってきたのに、クラシコ村から出てきて間に合ったのか……天候に恵まれたのね、きっと。
「なんだあの横断幕?」
アンダル氏が群衆の方に掲げられている幾つもの横断幕を見て首を傾げている。漁港の街らしく、カラフルな横断幕の間に、大漁旗が紛れていて、見た目も大変賑やかだ。
「凱旋おめでとうとか遭難者の帰還万歳とか色々書いてるが、凱旋?」
サーシャちゃんがそれを読み取って首を傾げている。
「流石にレガリアーナ海軍とのいざこざまではまだ伝わっていないはずだろう?」
ランディさんまで首を傾げた。いやあれは凱旋とかそういうレベルの話じゃないよ!
「そのいざこざのほうはマグナスレイン様が口にしない限りは口外禁止でお願いしますね」
マグナスレイン様が隠さないなら、別に隠す必要はないと思うけど、そうじゃないなら、外交問題に発展しますからねえ。ただでさえダーレント元公子、なんて爆弾抱えてんですから。いやまあ本人に国に戻る気は絶無だから、爆弾というより不発弾だけどさ。
救出当初の元公子は、財産も何もないし、やることもないよなあ、という無気力に近い感じだったのだけど、海賊の財宝の第一所有権者はあなただよ、という話から暫くして、旅暮らしって今の物価だとどのくらいかかるのか、とランディさんに質問していたから、どうやら物見遊山の旅でもしてやろう、くらいにはメンタルが回復してきたらしい。よきかなよきかな。
財宝自体は相当ヤバい金額になるらしかったので、半分をダーレント元公子が、残りを長年収入がなかったり、今回船やあれこれを失った船員さん達とタムワールさんで山分け、という事に決まっている。アプカルルのブルガさんは辞退した。まあ救出計画に関わった方としての報酬は受け取ってもらう予定だけど。何せ彼がいなかったら、最悪全員助からなかったルートもあり得たので。
船が波止場に着岸した瞬間、港を埋め尽くす群衆から、わあっ!と、港全体を揺るがすんじゃないかという大歓声が巻き起こった。その全てが救出された者の無事を喜び、救出に尽力したあたし達を称賛し、そしてこの補修されたとはいえ、見た目はあんまり繕っていないオンボロ船、オプティマル号の『凱旋』を祝う声だ。
「随分とお早いお帰りで!それだけすっ飛ばしても船体に影響がないなんて、大した操船ですなあ!」
港湾管理員の人がそう声を掛けてくれる。
「只今戻りました。ご紹介頂いた船大工さんが本当にいい仕事をしてくださったからですよ」
船は一応あたしが船主として登録しているので、代表してそう答える。あの船大工さんは本当にめっけもんだったと思う。コンクリ床に強制着底させられても擦り傷だけだったのよ、凄くない?ガルデマンさん達の船は丁度遺跡に海水の入る時期だったので船は無事だったそうだけど、コルテックさん達の船は落とされて航行不能になったって言うし。
下船板を真っ先にメドラウドさんが駆け降りていく。クララさんも待ち人勢の中から飛び出してきて、しっかりと抱き合う二人。そして再びの歓声。あー、頑張って、良かった。
残りの人たちも、それぞれ知り合いたちの元に駆け寄り、抱き合ったり挨拶をしたりしている。無論ガトランドさんも、親兄弟にもみくちゃにされている。
それを暫く眺めることにするあたし達。
群衆の歓声よりも、その光景の方が、あたし達には何よりのご褒美、なので。
ワカバちゃんが咄嗟にスキルで船全体を強化してたという理由もないではないのですが。