243.一般魔法契約と進化ルート。
鶏、ついに進化する。
五分もせず戻ってきたランディさんは、巻いた羊皮紙をカナデ君に手渡した。
「随分早かったですね?」
「この種の書類は一般的な神殿なら常備されているからね。我が必要とする、という想定の方がされていなくて、持って来て貰うまでに三回説明しなおしたがね!」
これでも我の想定より遅い、とランディさん。なんか予想外の所で手間が掛かってた。フラマリアの神殿職員さん、すまぬ……
「契約は絆であり、楔ともなろう。今のうちに契約を整えてしまうがいい」
カナデ君にそう大雑把に説明するランディさん。
それやると あんていするのかな
ごしゅじんと いっしょにいたいのよ それだけ
鶏たちはランディさんの言葉に首を傾げている。理解していないというよりは、半信半疑といった感じかしらね?
「契約内容ってどういうのがお勧めですか」
カナデ君は真面目な顔でランディさんに尋ねている。
「可能な限り仲良くする、とかそんな程度でいいんじゃないかね。重要なのは魔法の介する契約を交わしている、という事実だけだからね」
双方に不履行が起こりかねないような重い内容を選ぶのだけは止めた方がいいが、とランディさんの気の無さげな解説。
いのちあるかぎり ともにいます
ずっとごしゅじんと いっしょがいいです
二羽の答えは極めて簡潔だ。意外なことに、ロロさんのほうが重いけど、ってロロさんの方が前のめりなのは最初からだね!
「じゃあ、僕はこの先、可能な限り、この二羽と共に歩みます、っと」
鶏たちの言葉を伝えたら、カナデ君は書面に契約内容を口にしながら書いていく。流石に文字を書けない鶏たちが契約主体にはなれないので、書面はカナデ君から見た契約内容という形で作成される。
かのうなかぎりは ちょっとうしろむきでは
あたしたちが どりょくすればいいのよ
内容の後退にやや不満げなロロさん、為せば成るのよ、とロロさんに言い放つココさん。
一人と二羽が契約書を確認して、同意すると魔力を流す。なんと、鶏たち、簡単な文章であれば、文字も読めるようになっていた。やっぱこれもう鶏からは中身が外れてるよ完全に!
契約が成立し、魔力の細い流れが形作られて、一人と二羽を繋ぐ。普通なら光がほんの一瞬瞬いて消えて、それで終わりなのだそうだけれど、今回はそのまま鶏たちが強く光り出した。
【おう、やっと進む気になったか】
様子を見ていた霊鶴さんが、鷹揚に頷く。なるほど、幻獣への進化の光か、これ。
光が収まったあと、鶏たちは……
特に、なんも、見た目は変わりない、ですね?しいて言えば、ふかふか加減が増したような気はしないでもないけど。
(よっしゃ問題なし)
(でも御神鶏ってなんぞ?)
あ、鶏たちの思考力が明らかに増している。下手な幻獣より思考がクリアだ。そして種族自認は御神鶏、らしい。いきなり名前が大仰だな?
【神鶏、いや違うな。御神鶏、とは……?】
霊鶴さんが首を傾げている。
「えぇ?御神鶏って……それってあくまでも神社で放し飼いになってる鶏であって、別にそういう種族じゃないのでは……?」
ワカバちゃんが首を傾げている。神鶏、だとランディさんの契約している聖獣にいるらしいけど、別種族だそうだ。ややこしいな!
「御神鶏?神様なのは遠縁の親戚であって僕じゃないんだけどな?」
カナデ君の方は、神の文字で真っ先に遠縁の親戚の方を思い出したらしい。まあ何らかの影響はしてそうよね、用意した書類、フラマリアのやつだしさ。
《ケンタロウ様から、因果が漏れたと謝罪が届いておりますわ……》
やっぱそこからかー!そんな気はしてた!親族効果やべえわ……
「ランディさんが調達してきたってことは、書類、フラマリアのでしょう?影響が出たんだと思いますよ」
内容は端折って、最低限の情報だけ伝えておく。あとは勝手に解釈すればいいだろう。そこまで重要な話では、ないはずだ。
「あー、失念して居った、すまぬ」
ランディさんが素直に謝ったけど、カナデ君も鶏たちも、いいよ別に、とさらっとしたものだ。
「おー、ココとロロの思考が言語として判るー!素晴らしいー!」
契約者同士は念話のような思考共有のような能力を任意で発揮できる。早速その恩恵を受けて喜ぶカナデ君。前からあたし経由はまどろっこしいし迷惑だよねーとしょんぼりしてたからね、しょうがないね。
とはいえ、以前からカナデ君って、鶏たちの考えてることは何となく察して動いてた感じだから、意外と今後も変わらないような、そんな気はする。
まあべったべたの、ラブラブってことだ。
【……なる、ほど?多段進化コース……鶏、奥深いのう……】
じーっとその様子を見ていた霊鶴さんが、そういう判定を下す。多段進化、そんなのも……ああそうだ、ゴブリンからのハイオークなんかも多段進化だね、そういえば。
【まあその契約があるなら、ある程度コントロールもできるじゃろう。といっても、この世界の鳥どものこれまで到達したことのないルート故、我には助言が出来ぬなあ】
「そのへんは我が見ておこう。まあこやつらの性分でなら、多少妙なことになったとしても、世界にとって悪しき例になったりはせんだろうがな」
霊鶴さんのぼやきを、ランディさんが軽く受け止めて答えている。そうねえ、カナデ君も鶏たちも、どっちかといえば光属性の強い感じはするし、最悪サーシャちゃんが抑えに回ってくれるだろうから、そこは心配しないでいいんじゃないかな。
改めて鶏たちを確認する。サイズも見た目も、ほぼ変わりはない。どうやら以前より汚れが付きにくくなっているような、そんな感じはする。そして、くちばしはなんも変わらないんだけど、足の爪がちょっと大きくなった感じもする。
《魔力が結構増えましたね。立派な幻獣ぶりですわ、見た目は前と同様に普通の雌鶏ですのに》
シエラの判定では、魔力が増えたという。ああうん、属性力もなんか増えてるね。光と土。
(大きさそのままなので、サイズ変更はなしです)
(うっかり次があったら判らないけど、多分だいぶ先の話?)
コココ、と相変わらず小さく鳴き交わしながら、そんな風に述べる二羽。うんうん、と頷きながら、二羽を撫でるカナデ君。
「おー、手触りが前より良くなった!おねーさんもきてきて」
呼ばれたのであたしも鶏たちを撫でる。ほんとだ、前よりふんわりさらりとしてるわね。
【ふむ、手触りが変わる、か。我と比べてどうかが知りたいな。娘、ちょっとばかり、撫でてよいぞ。そなた、先ほどから何やら我に触れたそうであったからな、許す】
まさかの!霊鶴さんから許可頂きました!やった!
早速近付いて、一礼してから胸元を撫でる。おお?鶏たちと感触が違う!ふんわりしっとりだ。ちょっと指を埋めると、ふかふかしたダウンに触れる。これは!手触り極上!
【む、これ、そこまでは、あ。あふ】
ついついもふもふと手触りを堪能してたら、霊鶴さんの声が怪しくなった、のを認識したところでランディさんに引っぺがされました。むねん。滅多に遭遇しそうにないから、もう少し堪能したかったんですが!
「君ねえ、ぶれないのはいいけど、相手の立場も考えてあげようか」
あ、そうだ、霊鶴さんには、隠蔽かかってないんでした……身もだえしかけてたところで止めて貰えたから、ギリギリセーフ、だと、思いたい。
「ご、ごめんなさい、余りに手触りが良くて、つい……」
謝りついでに正直に感想を述べておく。いやマジでダウン部分触らせてくれたのは今までハンサさんだけなんだけど、ハンサさんには申し訳ないけど、比べ物にならなかったんですよお!ふわふわで、でも弾力もあって、暖かくて、しっとりもしていて、えっと。最の高でしたのよ。あとなんか鳥なのにいい匂いがした。涼やかな、清涼感のある香り。
【そ、そうか……良いものであったのなら、よい。まあ陽も暮れる故、我はそろそろ去る。皆健勝でな】
照れ隠しのような雰囲気でそう言い残すと、霊鶴さんはばさりと翼を広げてそのまま飛んで行った。まっすぐ伸ばした首が綺麗だなあ。そして意外と尾が長い。鶴の尾は確か地上だと長く伸びた三列風切にまるっと隠れるくらい短い事が多いという話だけど、それぞれ同じくらいの長さだったっぽい。同色なので目立たなかっただけなのね。
「飛んでいる姿も綺麗ですねえ、さすが霊鶴」
「あまり褒めるとあやつは図に乗るから、程々にしておけ」
何の気なしに褒めたら、何故かランディさんから横やりが入ったんですが!いや機嫌が悪くなるよりいいじゃないですか!
久し振りに主人公、やらかす。