229.舞台脚本からの手掛かり?
三人組のチート炸裂回。
舞台脚本なんかのコーナーに移動して、件の底本とやらを探す。そんなに古い本じゃないし、オラルディ以外では余り受けが良くないという話だったから、ないかもしれないけど……
《……ありますね……『コレットの息子たち』、恐らくその本です。予想以上にタイトルがどストレートですね……?》
シエラが見つけてくれた本をぱらぱらとめくって大雑把に確認……うん、偽書の底本で間違いなさそう。章立ては全く同じだ。流石に登場人物の名前は違うけど。
「うん?なんだって舞台脚本のコーナーに?」
ランディさんが不審げな顔でこちらに寄ってくる。
「直感的に?ほら、以前見せてくれた嬉しくない系稀覯本があったでしょう、勇者様偽書みたいな。あれの底本らしいものがあったのですけどね」
そう言いながら、主要登場人物の纏められたページを指し示す。
主人公の名は、ダーレント・コレッツェル。
「……なんと。いや、この本は随分と新しいね?例の偽書と変わらない時期に出たものだろう?それがなぜ……ああ、舞台脚本だから、史実から題材を取っているという事なのか」
それにしたって五十年程度だと、まだ生々しい気がしないでもないがねえ、とランディさんがぼやくように言う。彼は演劇には基本興味がないそうで、最低限の知識しかないし、演目の事はさっぱりだねえ、という話だ。
「一般的な寿命の人間だと完全に世代が変わる年数ですからね、この世界では。あと何となく、これはそう、直感というか、気のせいであって欲しい方の予想なんですが、あの王家、先代くらいまで、毎回こういうどろっどろの継承争いやってたんじゃないですかね……」
あーだめだ、言っててだんだん妄想が予想に、予想が確信になっていくわこれ……
「……あー、うん、ありそうだね……」
あの王家、初期に争いで王家の人数減らし過ぎて、逆にやたら子だくさんになったって聞いたことがあるし、とランディさん。何その嫌なお家芸。継承権のある兄弟が三人とかだと、少ない方なんだって。
劇脚本を持って、系図を閲覧していたブースに戻る。登場人物名は流石に半分くらいは架空の人名だったけど、関係図自体はほぼ丸写しといっていいレベルだった。大胆なことするなこの作家、と思ったら、作者名がミシェーラ・イーファリア……?本名なんですかねえ???
「なにこれ王族による先代のドロドロ愛憎劇の舞台化とかいう自虐ギャグ?」
流石に王族を詐称するのは外国でもダメだった気がするんですよねえ?
ついでの流れで調べたら、本当にサンファン王族出の劇作家だったよ……マジか……オラルディの公爵家に嫁に行って、そこで劇作の手ほどきを受けたらハマっちゃって、十作ほど書いてるんだそうだ……なお作家業はこの劇を最後に引退したそうだけど、今も婚家でご健在ですって。
なお自称勇者様偽書の方を書いたのは全くの別人で、内容が余りにもパクリだと激怒して、出版差し止め訴訟も起こしてさっくり勝訴したとかなんとか。なので例の偽書はランディさんみたいな奇特な人が所持してるごく一部を除いては完全に回収済みなんだって。
「へえ、劇の脚本?成程、歴史群像っぽいやつ……わー……」
渡されたサーシャちゃんが、内容を数ページ確認して、何とも言えない、本当に何とも言えない顔になっていく。
「ねーちゃん、いったい何をどうしたらこんなドンピシャ引き当てんの……?この主人公の名前、今海底にいる治癒師、って判定なんだけど……」
うわあマジか、ってことはダーレント公子、生きてるんだ。
あと名前が改変されてるっぽくて判定が甘いけど、この役の人が亡霊っぽいね、と指したのは、まさかのヒロインでした。劇脚本中の名前はロミレッタ、だそうだけど、史実でいうと、名前が伝わっていない、ダーレント公子の身分の低い側女的な女性だとかかな。
「そういえば、トゥーレで推定ダーレント公子が王に推していたのって誰なんです?本人が王になりたがったというニュアンスではなかったように思うんですが」
少なくともランディさんの口ぶりだと、王制推進派、ではあっても王位請求者ではなかった感じがしたのだけど。
「ああ、彼自身は外国人だから、自分にその資格はない、と言っていたようだからね。トゥーレの民、それこそ総族長などというまだるっこしいものではなく、国神を迎え、そこから現在の総族長辺りが王権を戴く国になればよい、という主張だったそうだよ」
なんでそんな発想になったのかは、誰も聞いていないそうで判らんままなのだがね、とランディさんは説明を終える。
「国神を新しく創れるかどうか、という実験」
サーシャちゃんから脚本を受け取ってぱらぱらと流し見ていたカナデ君が、ぼそりと突然そんな風に呟く。なんでそんな発想に?いやなんか凄くしっくりくるけど。
「根拠は?」
ランディさんの厳しい声。流石にそれは、ぶっちゃけここ、ハルマナート国以外で口にできる内容じゃないからね……いや、トゥーレも国神はいないんだから、大丈夫だったわけか。あとはそれができちゃったフラマリアとサンファンもいけそう、いやサンファンの新神はまだ国神ではないけども。
「サンファンの国神って昔から仕事しない駄神とか、最初にいた里ですら言われてたから。あんまり酷いから挿げ替えたかったんじゃないかなって。
でも神様なんていくらこの世界でも、そうそうそこらへんに転がってるもんじゃないんだろう?だから国神の影響のない土地で、迎えられる国神候補がいるかどうかの反応だけでも見たかった、んじゃないかな……って」
国神の恩恵を受けるつもりのない隠れ里のエルフにすら、駄神扱いされてたんかい、ランガンド……まあ実際ガチの駄神だったわけだけど……
あーでもそうか、駄神が代々の醜い王位争いに、一切手出しも助言も何にもしなかったから、ダーレント公子はランガンドに見切りをつけて、そして神の力の影響も、その立場を代行する者もないトゥーレに渡ったのか。
なおカナデ君がそんなことを知っているのは、彼が最初に落ちた場所がメリサイト国の国境の見える辺りで、あの強烈な神力による境界線の話をエルフたちとの話題にした結果だそうだ。そういえば隠れ里の場所自体もかなり国境に近いってティスレ君が言ってたもんね。
「成程、理屈は通っているな。というかあの駄神、隠れ里にすらそんな言われようであったか」
だろうなー、と、一転して軽い調子で頷くランディさん。まあメリエン様の力の一番よく顕れている部分をがっつり見た人たちからすりゃあねえ……残当というものです。
あとは大雑把に系図や関係図と脚本の人物紹介を見比べて、名前の一致している人だけでも覚えておく。サーシャちゃん達によれば、何人か名前を配役と入れ替えてあるらしい部分もあるというけれど、ある程度は同定ができた。まあ主人公とヒロイン以外は、彼らの単語翻訳に現状読み系のぶれが一切ないから、全員死んで、かつ亡霊化もしてないだろうという話だったけど。
しかしこれよくこんな脚本通ったな、というレベルで話がくどくて重くて酷いんだけど。と思ったら、どうもオラルディではゴシップ劇といって、一定のファンが付くタイプの作劇手法であるらしい。つまりこれあれか、昼のワイドショー兼ソープオペラか、ってサーシャちゃんが呆れてた。
そして図書館を辞したあとの夕方の港。やっと魚人男子たちが帰ってきていた。本体姿のイルルさんにデレッデレになって二人してフールーさんにどつかれてたけど。
で、魚人男子が増えていた。シュニールさんのツレだという、雰囲気もなんか共通点のある二人と、ブレイザーさんが連れてきた、シュニールさんたちより更に色白で、髪や鱗の色が青っぽい二人。いやまて、ブレイザーさんが連れてきたの、片方女性だな多分?
シュニールさん達は、イルルさんから伝えられた座標界隈を探索してきたものの、アプカルルの監視員さんに警告を受けたくらいで、余り大きな情報は得られていないという。
ただ、監視員が配備されたということで、彼らから伝言を預かってきていた。アプカルルの集落近くにあるのは吸い込み口とでもいうべき入り口トラップであって、憑依されたものが食料を得るために出入りしている出入り口は全く別の場所にあるのがほぼ確定、但し場所はまだ判っていない、とのことだった。
ブレイザーさんが連れてきた方の二人は、スレーミーという姉と、キシュノーンという弟のきょうだいだった。姉の方が囚われた北方魚人部族の人、タムワールさんの婚約者だという。
「部族の者は諦めろと言うのですけど、諦めるなんてできないのです」
なので囮でもなんでもやる、協力させてくれ、と続けるスレーミーさん。うむ、妊婦さんを連れて行くよりは安全な人選ができる気がするぞ!
「諦める必要はないわ。皆ちゃんと生きてるんだから、全員取り戻すわよ」
言葉にちょっとだけ力を込めて、言い放つ。言葉にだって、力はあるのだ。
まあ件の脚本、人名と台詞は改変されてるし二世代分の話が混ざってるけど、個別の事案は大体実話だとかなんとか。
著者の名前でも売れた系なので、ゴシップ劇が流行ってない他国だとイマイチだったとかそんな。




