191.いざフラマリア入国!
昔の話を少し、そして。
翌日、とうとうフラマリア国入りだ。国境での審査は割とゆるめ。まああたしの肩書が相変わらず仕事するし、そもそもフラマリアという国は、異世界人に関しては、異世界人だと証明さえできれば、それ以外は殆ど無審査に近い形で入国可能だったりする。あたしは招待状でオッケーだったし、三人組は称号見られただけで入国審査が終わったよね。というのも、[漂流者]は、異世界からの人にしか付かない称号だそうだから。地元民が海で流されて、生きて帰れた場合は、[漂流からの生還者]っていう別の称号が、ごく稀に付くそうな。
なおランディさんはというと、なんと顔パスだった。ハルマナート国でも、フラマリア国でも、自国扱いで出入りする謎の男……いや多分これ、ハルマナート国は勿論、フラマリア国でもランディさんの正体は上層部には認知されてる奴だな……
例の人は国境手前で諦めて帰った。異世界と無関係、かつ商人ではない一般外国人がハルマナート国経由でフラマリア国に立ち入りすることは、実は厳密に制限されてるのよ。法の壁は分厚かった!
なんでハルマナート経由だとダメなのかというと、ハルマナートが人類圏南端だから、だそうな。何のために仕事でもないのに遠回りしてきたんですか?諜報活動ですか?って厳重警戒されながら聞かれる奴ですね!商人は事前に厳しめの審査を受ければ、専用の通行証が発行されるので問題ないらしいよ。
「あの人結局なんだったの?他国のスパイ?」
カナデ君が乗合馬車待ち中に首を傾げる。
「そんな大げさなものじゃないと思うわよ。行動がお粗末すぎるし」
なおあの人の本業は、文筆業ではあるのだけど、書いているのはラノベじゃなくて、随筆、所謂エッセイストとかコラムニストとかいう奴らしい。
まあ売れてた気配はないんですけどね、とシエラがやけに辛辣だ。
《だってあの人、思い込みが激しいから苦手なんですよ、子供の頃から》
人の話を聞かないタイプらしい。そりゃいかんわ……
「だが、何かの目的をもって接触してきたのは確かだな。警戒はしておいていいだろう。皆、ストーカー騒ぎなど御免だろう?」
ランディさんの言葉に、全員が割と真面目な顔で頷いた。っつかこの世界でもストーカー、おるのか……いや、思い込みの激しいタイプって時点で、そっちの素質あるな、あの人……
だけどまあ、フラマリア国にいる間は、そこまで心配は要らないはずだ。
とはいえ何も対策しないのは微妙な気がして、ランディさんにお願いして、ハルマナートの王城の方にこんな人が居た、という報告だけして貰った。
乗合馬車に乗って、丸半日ほど過ぎたところで、今日の終点の街、ディランカに辿り着く。
そこそこ大きな街に早めに着いたので、早速本屋に入るあたし達です。
全員がそれなりに買い物をして、宿に向かう。その道すがらにも、串焼き屋台で買い食いしてみたり、服屋さんをひやかしたり。いや服屋さんを見るのは割と大事なんですよ?服装は気候と関連してますからね。なお一応コートの類は持って来ている(三人組に預けてある)けど、今日の天気だとまだ要らないかなという感じ。
翌日も、その次の日も、乗合馬車の旅だ。うん、ハルマナート国縦断に二泊かかるんですよ、この世界の基本の交通機関。どちらかといえば縦長気味のフラマリアを半分縦断するのには、乗り継ぎに余裕を持たせると三泊ではギリギリ足りないのです。
フラマリアという国は、基本的に地形はハルマナート国とあまり変わらない。平坦でこそないけれど、低い丘が連続する地形が大半だ。もっと北の方に行くと山があるそうだけど、南部はほぼ丘ですね。あとは、イナメさん達が住んでいる、アスガイアに近いほうだけ、平原と湿地だと言ってたかな。
ところで、古い、高さのあまりない崩れた壁があちらこちらにあるのは、何の遺跡だろうね?
「あの低い壁ってなんなんですか?」
カナデ君が目を付けて、知っていそうなランディさんに尋ねている。
「今はあのサイズだが、建造当時はもっと大きかったんだ。自称勇者時代前期の遺構だね」
静かな声でそう答えるランディさん。流石に外の目があるところではケンタロウ呼びはしないらしい。
「へー、八百年くらい前、かあ!古いものが残ってるんだね」
カナデ君は少年らしいキラキラ目で遺構を眺めている。鶏たちも一緒になって眺めているのが微笑ましい。
実は、入国時に一番問題になったのが鶏だったんだけど、幻獣化リーチ状態と説明したらするっと入れました。リーチの段階で病気とかしなくなるらしいよ。
「戦争の遺跡だからね。もうやらないという意思を込めて、見えるように残してあるんだよ」
おおう、思ったより重い遺跡だった。
「実際この国ではそれ以来戦争や内乱の類は、一度もない。我らが自慢だね」
近くにいた知らない男性がそう口を挟んできたので、頷く。
「あたしたちは所謂異世界人なので、そこまでこの世界の各国史には詳しくないんです。でも平和を維持できているのは素晴らしいですね」
取りあえずこのくらいの回答が無難だろうか?と、口にした言葉に、男性はにっこり笑って、そうともさ!と答えてくれたので、正しい選択ではあったようだ。
「ねーちゃんの世界は、戦争、あったのか?」
あたしの答え方に疑問でもあったのか、サーシャちゃんが呟くように聞いてくる。
「ここ三百年くらいは大きな紛争すらなかったわね。ただ、各国とも抑止力と言いながら兵器の開発はしていたけど」
あんな、自分たちの世界を数十回殲滅できるような数の兵器、何のために作ってるんだろう、と子供の頃は思っていたけど、ああいうものの開発のおこぼれの技術であたし自身が助けられてきたから、それに気付いてしまってからは、それ自体が無駄という気持ちには、どうしてもなれていない。多分ああいう形が一番予算を引き出しやすいんだろうな、というドライな、冷めた心境だけだ。
まあ他にやりようはないの?という気持ち自体は、ないわけじゃないけどね。
「うちと大差ないなあ……技術的にも似たり寄ったりっぽかったのかねえ」
俺の存在とかは技術とはあんま関係あるんだか、ないんだかだったしな、とサーシャちゃん。
「この世界でも国同士の戦争なんてそうはないよ、何せ、やらかすと遅かれ早かれ、神罰を喰らうのが確定しているからね」
それは君も知っているだろう?とランディさんに問われて、頷く。最新事例から、まだ一年経っていませんものね。
「あー、なんか昔やらかしたアスガイアがとうとう国じゃなくなったって話を聞いたな、後はサンファンだっけ、そっちも割とひでえことになってたらしいなあ」
他所の国の事だからあんま知らねえが、と付け加える男性。どうやら、惨事だという話だけは既に庶民の噂にも流れているらしい。
その言葉にはそうらしいですね、とだけ答えて、話を終わらせる。実態はそれこそ目の当たりにして知っているけど、それを語るつもりは、毛頭ない。
馬車は高さは程々の、切り立った崖の近くを進んでいく。然程崖には近くないのだけど、珍しい場所を通るな、と思う。
突然、どかん!という大きな音が前方から聞こえてくる。少し遅れて、複数の人間の悲鳴。
「む、落石?」
ランディさんが眉を顰めてそう呟く。
此方の馬車が止まる。
「お客様、申し訳ございません。落石で道に障害がありまして!魔法師の方、撤去のお手伝い頂けると助かります!」
こういう時に出るのは基本風系の得意な人だ。落石を破砕してからどかすからね。
「人の悲鳴が聞こえましたが、対面で事故が起こっちゃいませんか」
さっきのおじさんがそう聞いている。
「ああ、かもしれません、私は攻撃魔法はてんでダメなんで、そっちを確認してきます!」
そういう御者さんについて、あたしたちも車を降りて現場に向かう。
現場は割と派手な事になっていた。どうも誰かが、落ちた巨大な岩を雑に割ったものが飛んできた、と言う感じじゃなかろうか。少しタイミングが遅かったら、喰らっていたのはあたしたちだ。
うん、対向方面から来た乗合馬車が大きな岩の破片にすっ転ばされている。牽いていたのは大蜥蜴さんで、こちらは丈夫なせいか、平然とした顔で馬車の整復を待っている。ただ、乗客が大なり小なり怪我をしたようで、まずは転がった車両からの救出作業からになった。
男性陣が引っ張り出した乗客に、カナデ君と二人で治癒をかけていく。上位が必要な人も二人いたけど、幸いなことに死者は出ていなかった。
「いやあ、治癒師の方がおられたのは本当に不幸中の幸いでした。有難うございます」
二体の大蜥蜴さんに怪我がないか確認だけしていたら、そうお礼を言われた。
こういう突発事故の際は、基本怪我人は被害者なので、料金を戴くことはない。お礼だけだ。
その代わり、自然災害なら国あたりから報奨金が出るし、事故の原因が人為的なものだった場合、やらかした人に対しての賠償請求権が与えられることが多い。
今回は落石の撤去作業をしていた人が賠償の責を負うことになるんだけども……
逃げましたね。崖の傍の、大き目の破片の近くにいた人間が、消えている。
まあ追跡と音声収集の魔法、俗称諜報魔法陣、つけてあるけどね!以前フェアネスシュリーク様が使ってた奴!
あとランディさんが誰か小さい召喚獣を飛ばしていた。恐らくこれも追跡用だろう。
ええ、逃がしませんよ?二人で目配せを交わして、頷く。
崖は採石場の跡地だそうですが。




