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番外編 ちいさな決意

隠れ里エルフっ子達の話。三人称。

二話更新のふたつめですので新着からの方は一つ前からどうぞ。

 シェミルナージェとティスレカータは、同じ年にお隣同士に生まれた、仲の良い幼馴染だ。

 エルフ族であるふたりは、エルフの隠れ里と呼ばれる場所で生まれ育った。


 この里のあるサンファンという国は、亜人を迫害し、奴隷として使い潰す良くない国。国の神はそれを放置、どころか人族同士の争いなども全部ほったらかしの、駄目な神。ずっとそう言い聞かせられて、育ってきた。なら何故此処に住んでいるのか、と聞いたら、駄目な神より前から我々は住んでいるんだよ、という答えだった。


 彼らが植物魔法で厳重な隠蔽を施して暮らしている地は、隣のメリサイト国との国境が、とても良く見える。砂漠の始まりであることだけでなく、神の力による強力な境界線も、見下ろすことができるのだ。時折、サンファンの兵や傭兵らしき連中がやってきてはその境界線に挑み、為すすべなく、何の成果もなく追い返されるのを見るのは、彼らにとっての、少し趣味の悪い娯楽だ。


 ある時、シェミルとその姉、ファニヤレージュが行き倒れの黒髪の人族を見つけた。どうも着ているものからして、異世界人、という奴じゃないかと姉が判断して、一旦番小屋に収容したものの、言葉が判らなかったせいか、いきなり逃げ出してまた行き倒れる、などという愉快な事をしでかしていた。

 その後その人族の少年は突然言葉が通じるようになり、暫く里で暮すことになったのだが……


 ある日、隠れ里の存在が、ばれた。原因は――木の実の採取に出たファニヤレージュが、熊に追われた挙句、その熊共々、川に落ちた事だった。運悪く、その月は雨が多く、一人と一頭は、あっという間に流されて、行方が分からなくなってしまったのだ。そして、下流の人族の土地で、死体となって発見されてしまった。

 植物魔法による隠蔽は、隠蔽されている、ということに気付かれさえしなければ、まずばれはしない。ただ、魔法の根幹を為すのが植物であるが故に、火に、弱いのだ。

 植物系のトレントやアルルーナのような幻獣が手を貸してくれている地域であれば、その弱点も緩和されるが、生憎ここにはここ十年ほど、その系統の存在はいない。

 少女エルフの死体によって、山のどこかに隠れ里がある、と見当をつけた者たちが、火魔法をちらつかせながら山狩りを始めてしまえば、里の発見は、時間の問題だった。


 大人たちも、魔法を使える子供たちも、それどころか、異世界の少年までも、襲い来る暴徒に抵抗したものの、大半は捕えられるか殺されるか、してしまった。ティスレカータとシェミルナージェは捕えられ、異世界の少年は、彼らの視界の端で、槍に貫かれて倒れるのが、見えた。


 奴隷候補として連れていかれた先は、酷い環境だった。饐えた空気、汚れた床、鉄格子、色んなものが腐った臭い。仲間のうちでも体力のない幼いものはあっという間に死んでいった。ふたりは年齢の割に体力はあるほうだったが、それでも長期間の絶食を強いられたのは、堪えた。

 それでも彼らは運が良かった。新たに奴隷として捕らえられた狐獣人が、実は奴隷仲間を救出に来た人物だったからだ。この頃になると、もう辛うじて歩ける状態だったのはふたりだけで、彼らは手慣れた様子で脱走する狐獣人に、後ろ髪を引かれつつも付いていくことにした。

 それでも体力は殆ど限界で、狐獣人共々、倒れるか、追手に捕まるか、といった辺りで、更なる幸運。

 逃げる三人を助けたのは、少年。といっても、明らかに、人ではない、そんな気配。

 後でお礼を言おうとしたら、国境をちゃんと自分の力で越えたから生き残れたのであって、俺に礼を言う必要はないよ、と言われた。

 少年の仲間っぽい、きれいなお姉さんに甘い食べ物と水を貰って、どうも回復魔法まで貰ったらしい。お礼を言いたかったけど、その前に隣の国の難民保護の係だという人に引き渡されてしまった。


 けれど幸運は続く。難民保護施設というところで、里の子のうち二人ほどと再会し、それとは別の知らない獣人の子やエルフの子達と共同生活をしていたら、あのきれいなお姉さんがやってきたのだ。ずっと抱いていた、お礼を言いたい、という気持ちは、気が付いたら、また会いたい、という思慕の情にすり替わっていた。それほどに、なんだか、印象が強い人だったのだ。

 再会したら、もう離れるという事は思い浮かばなかった。一緒に、いたいのだ。

 だけど彼女は他国の人で、そのうち国に帰るのだという。それでも、諦めない二人。


 そんな折、例の異世界の少年が、行き倒れだと運び込まれてきた。生きていたなどと思ってもみなかった二人はびっくりだ。これは、誰の幸運なんだろう?二人はその日の寝床でそう囁きあった。


 その件は、思っていた以上に自分たちにとって、幸運だったのだ。彼が強く主張したお陰で、ふたりも少年共々、お姉さんと一緒にいられることに、なったのだから。

 自分達の行く先には、希望がまだある。そう、やっと実感できたのは、この時だ。


 その後は基本の勉強をしながら、交流を深めていったけれど、隠れ里でひっそり暮らしていた自分達は、自分たちの世界を、余りにも知らないのだと、思い知る。

 まあそれでも、生まれて初めて見る海は綺麗だったし、はじめての船は周囲の人になぜかちやほやされて、それはそれで楽しかったし、はじめての海のお魚は美味しかった。


 これから住む国はハルマナート、神様のいない、龍の子の国。

 例のサンファンのだめな神様はいなくなったんだそうだけど、この国には、はじめから、神様なんていないのだそうだ。

 あれ、でも、あの境界と同じ力が流れてるよね。ちょっと疑問は感じたけれど、王都観光なんていう楽しいことをしていたら、忘れてしまった。お姉さんがお仕事で一緒に居られないのが、ちょっと残念なふたり。だから、その残念を、めいっぱいの笑顔にして、仕事上がりのお姉さんを迎えてあげる。嬉しそうに笑ってくれたので、大成功だ。


 王都から、新しい家になる国境の方の城塞へ向かう。途中の村で、一緒に旅していた保護施設仲間とは一旦お別れ。でもこの村には学校があるというので、多分そのうち通わないといけないんだろうなあ、と思う二人。

 でも秋までは、結局生活に慣れる為、という言い訳で、皆で遊んで回ってしまった。王都にも二度程行って、博物館や歴史資料館に行った。海にも行ったし、キャンプ場というところでお泊まりもした。それらは当然いろんな勉強も含んでいたし、異世界人のカナデにいちゃんたちと一緒に、この世界の色んな勉強もしたのだけど。


 子供同士で遊ぶ時間も大事だよね、と、ベネレイト村のベッケンスさんちの子供たちや、フレオネールさんちに引き取られた四人組の所に、お泊まりで遊びに行ったりもした。

 遊び疲れた後の雑談で、村の子供たちは学校の話をしてくれる。それを聞いていたら、自分達もそういう環境に一度は身を置くべきなんじゃないか、という気になってきたふたり。



「ねえ、これまずいよね、知り合いが、大人ばっかり。多分、ほんとは、学校とか行った方が、いいよね」

 ティスレカータが、眉を寄せてそう呟く。増えた異世界人たちと一緒に勉強はしているけど、多分、それだけじゃ、足りない。そう感じる事も増えてきた。


「うん。で、どうせなら、立派な大人目指さないとだよね。カーラおねえさんに、褒めてもらえなくなっちゃう」

 シェミルナージェも、ちょっと眉を寄せてみせる。

 二人が今気にしているのは、この家にいると、同世代との交流が殆どない、ことだ。ベッケンスさんちの子供たちや、フレオネールさんちの子供たちとは付き合いがあるけれど、それもそうしょっちゅう会うわけじゃないし。

 人間、交友範囲が狭いとろくなことにならない、というのは大人にはちょいちょいぼやかれていた記憶があるふたりだ。その頃は、隠れ里なんだからそれはしょうがなくない?という気持ちで聞いていたのだけど。

 今の二人は、何処にだって行っていい、らしい。ここに至るまでに、何度もお姉さんからそう説明されている。本当はお姉さんの側が、今も一番なのだけど。うん、カナデにいちゃんは残念ながら、今は二番目だ。彼の場合、危なっかしい所があって、世話を焼かなきゃ、という気持ちの方が、ちょっとだけ、強い。


「そのためには、ちょっと会えないとか、がまんしなくちゃ、だわ」

 シェミルナージェがそう、気合を入れた声で。


「勉強して、友達を沢山つくって、お姉さんのために、役に立てるようにならなきゃ」

 ティスレカータがそう、決意を言葉に籠めて。


 二人のちいさな決意は、果たしてどんな風に実を結ぶのか。それはまだ、神様にも、きっと判らない。

前半がとにかく重かった……


次回から第六部です!

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