Side:異世界三人組 サーシャの場合。
というわけで、サーシャちゃん回ですよ。
最近の気に入りのVRゲーム、『5D』で息抜きに、俺を入れても三人しかいないギルメンとダンジョン攻略なんてしていた時に、変事は発生した。
世界が、急速に消失していくという、謎の確信と、脱出を促して送られてくる、俺の監視者のはずの奴らの、恐らくはほぼ全ての力。
ちょっと待て、俺の力は封印しておかないと世界にとって害悪になる、と言ってたお前らが何を!ああいや、そうか、その世界自体が喪われるのだから、封印など、最早意味がない、と?
だからといって自分達じゃなく俺を脱出させようってのはどうかと思うんだよ!俺が、この世界の滅びを齎す厄災だって言ったの、お前らだぞ!?俺の事を助けたって、お前らの代理復讐なんてやらねえぞ?!相手が判らんし!
今現在の俺は、VRゲーム中でギルメン二人とパーティを組んでいる。それを利用すれば、この二人も、俺の仲間として一緒に逃げられる。そう、突然それに気付いてしまった。
それならば。こいつらを連れていくのが目的だと思うなら?
それなら、封印なんぞ何するものぞ。全力で、こいつらを、救う!
監視者たる奴らの都合で、サーシャ・オンブルと名付けられたデザインチャイルドに降ろされて、あれこれ封印されて、なんだかんだでVR世界側の監視者みたいな仕事もさせられて。あんまり面白くもない生活の中の、たったふたりだけの、友達。
こいつらと遊んでる時だけは、俺は俺でいられるんだ。捨て去るなんて、こんなクソ世界と一緒に失うなんて、絶対に、だめだ。
本能に従うように力を開放し、繋がりを強化し、二人と、ついでに俺にも、ゲームでのデータを載せていく。理由は判らないけど、多分そうしないと生き残れない、と俺の中の何かが囁いたからな。
二人と俺の本体を失われかけた世界から手繰り寄せ、隠蔽し、それぞれ関連付けを整え、ゲームデータというチートを馴染ませたところで、世界が完全に消失した。
繋がった状態は維持してるから、次も同じ世界に落ちるはずだが、流石にこれ以上は運ってやつだ。
お互いの悪運が強いといいな、と思いながら、落ちていく。
ずざざっと樹冠に突っ込む。幸いあまり高い場所でもなかったから、そのまま手に触れた木の枝にしがみついてくるりと半回転し、その上に立つ。うん、リアルの身体も鍛えておいたのは、正解だった。
他の二人の気配は追えない。多分同じ世界に落ちた、とは思うんだが……あーこれラグってるな、きっと。俺が落ちたのが、多分、最後な気はする。最後の最後まで小細工を弄していたからな。
俺たちの世界を削り取り奪い去っていったものを、視てしまったからな。奴らに追跡されちゃ、困るんだ。幸い俺の特性は攪乱と扇動と隠蔽だから、まあなんとかなったと、今は信じる。
それにしても、あれだけの力を投げつけられたのに、今の俺、ほぼステ盛ったあいつらと変わらない気がするな……ほぼ人間じゃん。それだけあいつらへのゲームデータ特盛りは、存在としての無茶をしたってことなんだろうけど。その作業自体が俺に向いてない方向性だったしなあ。壊すほうが得意だ、って自覚はあるんだよ、俺だって。
とはいえ、今の俺はその壊すほうもあんまり向いてない感じ、まあ普通の人間からちょっとはみ出す程度の存在といっていいだろう。それがいい事か悪い事かは、まだ判らないが。
で、此処は何処か。まあ異世界って奴であることは、間違いない。暑っ苦しい森林、熱帯雨林の気配。咄嗟に隠蔽を発動させたからいいけど、そうじゃなかったら、周囲の魔物っぽい感じの連中に集られるんだろうな、これ。
取り付いた樹木に伸びるつる草に、赤い実が鈴なりになっている……おお、簡易鑑定の結果、胡椒じゃんこれ!異世界チートの定番だよね!採取採取。隠蔽しながら採取も、ゲームステ盛った今ならやりたい放題だ。
暫くマッピングも兼ねてうろついてみたけれど、一定距離を行くと突然気候や土地の状態が変わる、厄介な場所だという事が判った。収穫物は、胡椒とバナナとマンゴー、それに毒ではないっぽいけど判定できなかった果実がいくつか、あと蘭の仲間があったのでそれを丸ごと、数株ほど。
取りあえず勘で東に移動しているけど、魔物っぽい連中の気配が濃いなあ。人間には会いそうもない。それになんていうか、気持ちの悪い見えない気配が、ずっと纏わりついてくる感じがする。まあ俺の特性特質が邪魔をしているのか、俺の中に入り込む前に弾かれてはいるようだが。
今の俺はゲーム中のガチムチドワーフじゃなくて、身軽でマーシャルアーツの心得こそあるけど、十二歳の女児だ。なんで今回は女なんだよ!とは毎度思うんだけど、こればっかりは、相性問題なのでどうにもならない、らしい。
収納の武器が取り出せない現状では、魔物っぽい連中とのバトルは流石に無理だろうから、もう全力で隠蔽を展開して歩くしかないんだよなあ。まあ歩いているお陰で、色んなものを見つけることができたんだけどさ。
そうこうしているうちに、結構な距離を移動した。熱帯雨林を抜けたらいきなり極寒の氷原はちょっと勘弁して欲しかったかなあ。水資源としての氷は有難かったけどさ。砂漠と沼地は流石に回れ右して回避した。あれは隠蔽展開しながら移動するのは無理だ。沼に至っては、こういうもののお約束として、多分底なしだろうから、移動自体が無理ゲーだろう。
あいつらもこの世界に落ちてきたという確信だけはある。
チートはがっつり盛ってやったし、ちょうどアビリティを使ったところだったユークリッドは恐らく無事だろう。あいつ、自覚はないみたいだけど、あのゲームのプレイヤーどころか、NPCも含めてでも、一番固いって断言できる、至高の聖騎士様だからな……
ただ、スペルライクシンギング、シングの事は、ちょっと心配だ。あいつは魔王と呼ばれるレベルで魔法を極めちゃいたが、完全にキャスター一辺倒だったから、ソロ行動自体に慣れていないし、身体的にもそこまで盛られてはいないはずだ。
あ、でもあいつ、俺も持ってない〈HPMP自動回復〉持ってたな。俺のスキルが大体生きてるから、あのスキルも恐らく動いてるだろう。あのスキル、パッシブなくせに成長するタイプで、確かもうカンストしてたはずだから、あれがちゃんと稼働してるなら、シングも即死さえしてなければ、きっと平気だ。
小腹が空いたタイミングで、美味しく食べられると判定されたバナナを一本ずつ食べて、進んでいく。水は収納のが出せたので、ちびちび飲んでいる。ゲームのモンスター素材が使われてるものは出せないようだから、食い物は拾ったバナナが頼りだな。なぜマンゴーじゃないか?マンゴーは十個ちょいしかないけど、バナナは五百本以上穫れたからな!時間経過の設定が可能で収納量制限のない収納魔法って、リアルだとほんとに便利だな!
UIも一部は生きてるから活用している。オートマッピングが生きてるのは楽でいい。
まあこの森はマッピングしたところで、もう一度来る気にはとてもじゃないが、ならなさそうだがな!
その後も何度か胡椒や果物、香辛料判定の謎アイテムをゲットしながら進んでいったら、反対側から、突然白い髪の男が現れた。随分な美形だが、これ人間じゃあないな?そのくらいは今の俺でも判るぞ。
「おお、本当にいたぞ……相変わらずあの娘は底が知れぬなあ。ああ、我は怪しい者だが、君に危険を及ぼすものではない。というか取り急ぎここは脱出するので手を取り給え」
おいこら自分で怪しい者とか言うのかよそこで!
まあこれ以上此処にいてもな、というのは理解ができるので、頷いて手を取る。
うん、流石に相手がドラゴンだったのは想定外だった。人の姿と同じ、真っ白な身体に、優美な黒い瞳のドラゴンは、手を取った俺を掴んだまま森を飛び越え、一度海に出ると、しばし北上してから、誰も居ない海岸に近い場所に降り立ち、そこでまた人の姿に戻った。
「流石にあの姿で元の場所に戻るのは些か都合が悪い。で、物は相談だが、ちょっとした演出の為に、ちょいとこう、小脇に抱えられてはくれぬかね?」
……どうやら、随分お茶目なところのあるドラゴンのようだ。
「それは構わないが、この場所は?随分と、なんにもないんだな」
人の気配どころか、動く生き物の気配すら、どこにもない。僅かな草が生えるだけの荒れ地が、延々と広がっている。だというのに、なんだか微妙に、心を惹かれるのは、なんだろう?
「ここは最近滅びた土地だよ。その辺りは、後で教えてあげよう」
そう答えると、ドラゴンの兄さんは俺を宣言通り横抱きに抱えると、転移魔法を披露してくれた。こりゃまた随分便利だね。
そして飛んだ先で、無事ユーとシングにも再会できた。あと不思議な、絶対普通じゃない感じのねーちゃんがひとり。何だろう、俺たちの今後にとっても、大事な人間になる、そんな感じがするんだけど。
登場時にひとりだけお気楽だったのは、おぜん立てした本人だったから、ですね。
なおカーラさんそこまで三人組自身にとっては重要って訳でもなかったりするんですよね。
世界には関わるから必然的に重要なだけで。
え?バナナの数が多い?仮に野生種でも生ってる房三つくらい採ったらそのくらいは普通に行くと思うよ。栽培種だと1本の房で二百いくそうだし。甘いので良かったね。
本日はもう一本番外編、あります。




