183.将来へのヴィジョン。
そろそろ休暇も終わりかな。
ココ、コココッ、と小さく鳴き交わしながら、鶏たちが庭先の青草をつついている。
草を食べているのではなく、草に着いた虫を食べているっぽい。
「……カーラ嬢、あの鶏たちは何処から?何やら、妙なのだが」
その光景を暫く眺めていたイードさんが、妙な事を言い出した。
「妙?キャンプ場の近くの村で貰ってきた、ごく普通の雌鶏ですよ……まあ随分聞き分けの良い感じはしますけど」
取りあえず知ってる事なんて、そのくらいだ。その程度には、あたしから見ると普通の鶏でしか……いや、待て?なんか、確かに、変だな?
「……魔力持ちの、鶏……?」
うん、確かに魔力の流れが見えますね、二羽とも。なんで気付かなかったのかって?魔力視はあたしの場合パッシブ技能じゃないんですよねえ!意識しないと!ちゃんとは!見えない!
あたしの呟きに反応して、頭をすくっともたげる鶏たち。そのままつつつっっ、と静かに駆け寄ってくると、あたしとイードさんの顔を見比べて、可愛らしく首を傾げてみせる。
あたしたちは にわとりですから?
たまごをうむしか できないよ?
そんな感じの思考が、スキルで把握できる。うん、今は魔力のある鶏、どまりっぽいね……?
「鶏としての自認はあるみたいですが、スキルへの反応は普通に動物枠ですね……いや、自認があるんだから、賢い狼さんズくらいの知恵はありそう……?」
この子達、単語じゃなく、ちゃんと言語として把握できる思考形態だわ。
「それは普通幻獣リーチと言わんかね」
イードさんが渋い顔だ。まあ気持ちは判らなくもないけど、でもそうだとしたら、この城塞に来たのは、必然ではなかろうか。
「多分カナデ君が貰って来なくても、そのうちここに持ち込まれたんじゃないですかね」
そう返事したら、そう言われてみればそうか、と納得された。ですよね。
でも、まほうをもらうまでは、ふつうのにわとりだったよ
鶏ズが聞き捨てならない事を言った。なんだって?確かこの子達に治癒をかけたのは……カナデ君のほうだな……だからこそ彼に懐いてたと思うんだけど。
いやでもあたしが魔法をかけた羊も懐いてきてたしなあ。初級の〈治癒〉はそれこそ研究しつくされた魔法陣だから、あたしも一切手を入れてない。所謂一般流通版で使ってる以上、魔力の込め過ぎ以外で挙動が変わることはないはずなんだけど……
あそこのいきものは だいたいそう まりょくをためちゃう
おいおいおいおい。場所柄?調査対象確定じゃん!
鶏たちの思考をイードさんに伝えたら、うわあ、って顔になった。久々の変顔!
「原因に心当たりはあるかね?」
鶏たちの前にしゃがみこんで、そう尋ねるイードさん。
んー わかんない たべるものかも
とちゅうのごはんは ちがった ここのは むらといっしょ
二羽がコココ、と呟くように鳴きながら、頑張って答えてくれている。
しかしそうか、イードさんの言葉もちゃんと理解してるのね。賢いな。
結果を告げたら、イードさんのうわあ顔が、さらにびっくり顔になった。
「ここも、だと?……いや、君の言うところの賢い狼ズの事を考えると、あり得るといえばそうなのか……」
まあ狼は虫は食べないだろうけど、そう言った要素を含んだものを食べた小動物を狩って食べている。なら、生物濃縮は発生しそうよねえ。
《カーラ、あなた、魔力を汚染物質と一緒にしないでくださいな……ああいえ、魔力そのものの話じゃないですわね、魔力を受けた時に蓄積する、原因になる物質があるというなら、同じこと、なのでしょうか……?》
シエラも文句を言いかけたところで、考え込んでしまった。
流石にこれは本格的な調査の必要があるな、ということで、イードさんが報告書を書きに部屋に戻る。
鶏たちはまたのんびりと庭をつんつんしはじめた。のどかだねえ。
そこにカナデ君がやってきたので、鶏たちはつつつっと駆け寄って短い翼をふわふわさせて挨拶している。カナデ君も背中を撫でてやったりしている。
「あ、おねーさん、丁度いいとこに」
ん?なんだ?カナデ君がそういう事を言うのは、割と珍しい。
「どうしたの?長話なら椅子を出すわよ」
うん、最初は通りすがりに鶏を見てただけだったから、イードさんとも立ち話だったのよ。
「いや、そこまでじゃないよ。ちょっとだけ聞いて欲しい事があっただけ」
ほう?なんだろう、一人で来て、あたしに言う事?
「そう?ならこのまま聞かせて貰うわね。で、話とは?」
カナデ君が相変わらず鶏を撫でているところを見ると、そんな重大な話でもなさそうなのだけど。
「うん、農業をちゃんと学ぼうと思うんだ。なんで、いずれは開拓村にお世話になりたいかな、って」
おやまあ、進路がそっちにいくんだ。正直、そういうイメージじゃなかったけどな。カナデ君は、エルフの隠れ里暮らしをしていたにもかかわらず、如何にも都市育ちの子、という感じの反応をするから。ワカバちゃんのほうが明らかに虫とかに慣れてるんですよ。あたしの、実物を知らないせいでビビるための素養がない(これはランディさんの評だ)、とは、二人それぞれに方向性が違うのね。
「農業かあ、機械の手助けはあまりないから、それなりに大変よ?もちろん、魔法で工夫できる部分もあるけれど、ね」
工夫というか、土魔法中級には〈耕転〉という、実質農家御用達みたいな魔法もあるよ。中級だから結構な魔力食いだそうだけど。この世界の魔法は、攻撃系こそ歯抜けで使いづらいけど、生活に必要なものは案外と種類が多い。
「それは判ってる。サーシャがさ、いつかアスガイアってとこに行ってみたい、なんか住むとこになりそうな気がする、なんていうから、判る範囲で現状を調べたんだ。だから、ちゃんとした農法を持ち込んでも最初はきっつい場所なのは判ってるけど、僕も地図で見る度、あの場所には、なんでか知らないけど、惹かれるから」
ええ……?それって、何かに誘導されたりは、していない?ちょっと心配になっちゃうわ。
いやでも、疫病や虫なんかの災禍は、アースガイン神が最期の力で片づけていったはずだから、問題になるのは地力の弱さと神力の加護がない、くらいではあるのか……そして後者がなくてもやっていけるのは、このハルマナート国が証明済み。
「だけど、多分それは、とても辛い道になるわよ。少なくとも、この世界の人たちは、あの土地には近付きすらしないでしょう」
む、巫女技能が勝手に喋った。この子に託宣……じゃないな、ええと、巫女の啓示、ということになるの?まさかね?
「多分だけどね、サーシャは、異世界人の、いや違うな、漂流者の為の居場所を作りたいんだよ。それには、神も居ない、現地の人間も寄り付かない、あそこが一番いいだろうって、思ってるんだ」
それを聞いたところで、突然謎の風景が浮かんだ。小さな畑を幾つも並べた、森の傍の小さな集落。あたしの知らない黒髪の人達がにこやかに、家畜たちの世話をし、鶏が高らかに鳴いている、そんな、只ひたすらに、平和な光景。
なんだこれは。今までこんなこと、あった?そもそもこれは、未来の光景?それとも、彼らが目指すべき姿?
「……あなたのやりたいことは、判ったわ。でも、それでいいの?自分の好きな道を歩むって選択肢も、今ならあるわよ?」
あたし個人はともかく、今の環境なら、それも多分、可能なんだけど……だめだ、全部さっきの幻影のような景色に集約されてしまう感覚が、離れない。
「ここでのんびりしてれば何か別の案も出るかと思ったけど、特に思いつかなかったんだよね。魔法も仕様が違い過ぎて、ちょっと大変だし、多分上級は余り使えなさそうだからね。
何より、サーシャがいなかったら、僕たちは多分生きてすらいないんだ。恩を返す機会は、失くしたくないよ」
ああ、たち、って事は、既にワカバちゃんも巻き込み済みなのか。何よ、これは、もう決めてしまってるんじゃないの。ただの事後報告じゃん。
さっきの幻視が巫女技能によるものなら、少なくともその試みは、最小限は成功するのだろう。
ただ、あくまでも幻視は幻視で、百パーセントを保証するものではない、らしい。
ただ、現在時点で一番可能性の高い未来を見せる物、であるようだ。いや待ってこの知識どこのだコレ。
《ん?さっきから幻視がどうとか、ってあら?これは何ですか?知らないアーカイブが、増えている……?》
シエラが検知できていない?という事はまたどこからか、干渉を受けている?いや違うな。なんだろうな、うん、修行不足だわ!
《修行でどうにかなる問題か、些か怪しい気もしますが……》
検知できなかったことに地味に凹んでいる気配のシエラの言葉だけど、そこは流石にやって見なくちゃ判らないと思うのよ!
「そっか。ならあたしには、止める理由はないわね。でもまあ、村の人に迷惑かけるようなことはしないでね?」
成程、あたしのこの子達への仕事は、この子達が独り立ちするまでの、最低限の庇護、か。
夏から秋まで、この子達に付き合って、遊んでるみたいな過ごし方をしていたけど、そろそろあたしも真面目にやらないと、かなー。
というわけで、今章は今回でおしまい。裏テーマはカーラさんの休暇、でした。いや二部からずっと働きどおしだったからさ……