168.異世界なるものを学ぶ。
まあタイトル通りのお勉強回。
そこから数日は、三人纏めて、ついでにエルフっ子達ともども、この場を借りて学習する期間という事にした。
放流するにしても、一度ハルマナートに連れて帰るにしても、この世界の常識は一応覚えておかないとまずいからね。
まあ現状だと、隠れ里エルフっ子二人ともども、この三人はハルマナート国に連れて帰ることになりそうではある。カナデ君が妙に移住に積極的なのよね、ちびたちの面倒も見るって言ってるし。
世界地図をぺらりと机の上に広げる。この世界では、地図は真龍族謹製の、かなり正確な世界地図がベースとして提供されたうえで、各国で独自情報追加や何やと編集されたものが、それなりに出回っている。今回のこれは、最新版と称したランディさんの書き込み付きのシロモノだ。
「まず今我等が居るのは、マッサイト。この……サンファンの国境に近い場所、かつ内陸側だね」
ちょっとした魔法で、マップピンの形をしたマーカーを一点に浮かべるランディさん。
魔力を固めてピンの形状にしてるっぽい。
「カナデ君が居たのはサンファンのエルフの隠れ里、という話だったから……あれ、どこかしら。ティスレ君達、判る?」
流石に隠れ里のあった正確な場所は、聞いてない。西部南部ではないらしい、くらいしか判らない。
「えっとね、山の中だったから、このへん?」
白狼さんの塒のあった辺りから、更に北の、本当に国境ギリギリの山を指すティスレ君。
その指先辺りに、マーカーを追加するランディさん。
「私が落ちたのは真龍の島、というから……ああ、この丸いところね」
ワカバちゃんが指したのは、ちょっと太めの二十六夜月みたいな島が丸い土地を抱え込むような形の真龍の島、その丸い土地の方だ。
「よりにもよって、そっちに落ちたのか……」
落ちた現場自体は見ていないランディさんは、何故かややげんなりした声でそう言うと、そこにもピンを立てた。
「んで俺が落ちたのは、魔の森、えーと地形から見るとこれ?」
サーシャちゃんは、迷いの魔の森の、随分と南のほうを指さした。
「そこまで内陸だと、流石に我でも入り込めぬ。せいぜいこんな辺りだよ」
ランディさんは、それよりも大分東、海よりの場所にピンを置く。
「いや、あんちゃんに会ったの自体は確かにここだけど、俺確か東に向かって走ったから、エリア変化に土地ワープトラップでもない限りは、スタート地点はここだったよ」
どうやら自分の道中を正確にマッピングしていたらしいサーシャちゃんは、そう言うとマーカーを最初に自分が指さした場所に置きなおした。
「えぇ……魔の森で、その距離を踏破?我にも無理だぞ?」
ランディさんがドン引きした声を上げる。
「だって俺隠蔽は得意中の得意だもん。少人数ギルドで、人数の都合でマルチロールだけど、本業はスカウトだぜ」
ゲーム気分が抜けない様子で、サーシャちゃんは胸を張る。いや、実際に彼らがゲームで使っていた仕様や技術のあらかたは、今や彼らの心身に刻まれているというんだから、まあ本業という言葉に、偽りはないんだろう。
「じゃあ話を続けるね。で、フレオネールさんとあたしが住んでるのは、この、ハルマナート国。その中でも魔の森に近いとこね」
というか、ベネレイト村が本籍地のフレオネールさんはともかく、あたしが住んでる城塞は、魔の森との境の、正にど真ん中ですね。
ランディさんの真似をしてマップピンを作ってみたら、案外上手くいったので、そのまま城塞の場所に立てる。ベネレイト村はちょっと場所が判らないけど、縮尺的に無理に立てなくてもよさそう。
「ねーちゃん意外とヤバそなとこに住んでた」
魔の森の脅威を目の当たりにしているサーシャちゃんが引いている。まあね、気持ちは判らんでもないわ。
「そりゃまあ、あたしは今の本業、従軍治癒師だからね、非常勤だけど」
他に特に職業登録はしてないから、従軍治癒師は本業と言って差し支えない。ただあそこに住んでる理由と職業に本当は関連性はないんだけどね!
「非常勤なんて形態もアリなんだ……異世界も結構進んでるな……」
ワカバちゃんが呟く。
「そうねー文明的には魔法ありきだけど、文化的には進んでるわよ。国によっては本がペーパーバックだったりするし」
そう告げたら、三人ともびっくり顔になった。
「ああ、文字が読めるようなら、貸し出しますよ?何冊か持って来ていたのですが、全部読み切ってしまいましたから」
最近はこの施設の手伝いというアルバイトで出るお給金で、この国でしか出回っていない本を買っている、というフレオネールさんが請け合ったので、三人とも飛びついた。文字も翻訳で読めるのって便利そうねえ。いや、今のあたしには特に必要ないんだけど、多分。
「何この『自称勇者様の冒険 一』って、ラノベ?」
一冊を手に取ったカナデ君が微妙な顔になる。
「ああそれ、この世界でもベストセラーにあたるラノベですよ。国によって少し内容が違っていたり、また、実話も多分に含まれてるそうですが。それはフラマリア系の古典版一巻ですね」
フレオネールさんが三人が手に取った本をそれぞれ解説してあげている。
「むしろラノベで通じるのにびっくりだわ」
ワカバちゃんが自分の借りた本をぱらぱらめくりながら呟いている。
「古い作品ですと、異世界の方が書いた本も多いので、自然とそういう言葉も広まるのですよ。まあ我々は異世界とひとくくりにしていますが、実際には皆さん、出身世界自体がいろいろ別なのだそうですね」
そうよね、この世界庶民レベルで多次元概念が一般に認知されてるもんね……流石に研究は進んでないらしいけど。
「異世界人、そんなに沢山いたの?」
カナデ君が微妙な顔になる。
「歴史的に長い間、それこそ二千年以上、異世界人の召喚をしていましたからね、この世界は。色々あって、今もやっているのは一か所だけになってしまいましたが。
ただ、一つの国が異世界から何かを呼ぶのはだいたいの場合最低でも準備に十年、普通は三十年から、国によっては五十年はかかるといいますから、滅多にない、とも言えるのですが」
フレオネールさんが歴史的に長いから総数が多いというだけで、その時々ではそこまで多くはない、と説明する。
「じゃあ今異世界人が四人も集まってるのって、めっちゃレア?」
カーラねーちゃんも異世界人だっていうし、と、サーシャちゃん。
「そうね。まあ君たちは召喚者じゃなくて漂流者ということになるんだけどね」
頷いてから、そう答える。多分、現状だと、一番最後の被召喚者は、あたしだからね。
「そういえば、私たちがこの世界に落ちた原因って、何なんでしょう?」
ワカバちゃんが、やや不安げにその疑問を口にする。他の二人も、顔を見合わせる。原因が気にはなっているのね。そりゃそうか。
「生憎それは不明だな。漂流者に関しては、神々にすら、その回答を持つ者が、いるかどうか怪しいもの故な」
それに答えたのはランディさんだ。あたしは、実はその答えを知っているけれど……それを告げていいものかどうかが、判らない。
ううん、多分、カナデ君は伝えても大丈夫、なのだけど……他の二人がどうなのかが、今の所あたしには判断できないのよね。
なので、伝えるとしても、それはだいぶ先の話にした方が、いいような気はする。
「実のところ、なんか帰れる気がしねえけど、多分無理だよな?」
サーシャちゃんが首を捻りつつそんな風に聞いてくる。
「召喚者に関しては帰る手段はないらしいわね。漂流者は、召喚時の縛りがないから、そこは正直に言うと、判らない」
取りあえず一般論で答えておく。まあここのズボラでごうつくばりな創世神が一度世界に落ちてきたものを手放すイメージなんて、まるでないんだけどね。
「サーシャはなんで無理だと思ったんだ?」
当然のように、カナデ君から素朴な疑問が飛ぶ。
「ん?あー。勘、って訳じゃないんだが、ちょいと俺、ワケアリってやつでね?
実は、生まれた時から俺をずっと見守ってくれてた奴が居たんだけど、そいつとの繋がり、とでも言うのかな、そういうラインが、完全に切れちまってるんだ。
見守ってた奴は人間じゃねえし、人間よりずっと強い奴でさ……多分だけど、俺らの世界自体に、なんかあったんじゃねえかな。だから二人も、ここに骨を埋める覚悟、とまでは言わねえけど、当面平穏に居付ける程度には、馴染んだ方が良いぜ、あくまでも、多分だけどもな」
あら、思ったより神秘の存在してる世界だったのか、それとも?ともかく、サーシャちゃんは、自分たちの世界が恐らくはもうない、と確信してしまっているようだ。
そして、そうね、この子は見た目の年齢よりは、ずっと大人だ。言葉だけじゃなく、考え方自体が、そんな感じがする。
いやまあ、よく考えたら、あたしが世界の喪失の件を口にしたら、情報ソースの開示を求められそうだから、やっぱり今あたしからこの件を言うのはナシね……
但し内容的には双方向感が強い。




